公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第二章

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 何も判っていないロイにオレは嘆息する。
 子供は無条件に親を愛するものだ、なんて本気で思ってるのか。それとも愛されたら愛し返さなければならないと信じているのか。子供を虐待する親だとて、真実子供を愛している事もある。愛は一方通行ではダメなのだ。それは単なる自己満足だ。
「あのさ、オレは依怙地になんかなってないよ。オレはアイツが嫌いでアイツになんか会いたくなかったから、愛情なんてそんなこたあどうでもいいんだよ。愛してくれなんて頼まないし……つーか、頼まれてもオヤジの愛なんていらない。一生会わなくっても寂しさなんてこれっぽっちも感じなかったよ。……けど、一緒に暮している母さんが事あるごとにオヤジがどんなに家族想いで立派な人間だったかを説くのを聞いて、本気で腹が立った。あの男は母さんの愛には値しないのに。オレはあの男の子供として生まれたから様々な物を奪われ、そして死してなお、アンタらのような第三者からいらない愛を押しつけられる。母に、アンタに、汝の父を愛せと。愛は強要できない。強要されたものを受入れた時点で、それはすでに『愛』じゃない。死んでまでオレを困らせる父親に理解を示さなきゃならないなんて、オレって聖女様? オレが自分の心を偽って慈悲垂れ流せばアンタらは満足か?」
「トリシャ様と公爵は愛しあっておられた。母親が娘に会えない父親の事を悪く言わない当然だ。君の父親像が歪まないようにトリシャ様は気を遣ったんだ。君は愛しあった夫婦から生まれ、親から愛された。それだけで充分幸福ではないか」
 他人から見ればそうなのだろう。オレは母親の愛を独占し、会えなくても父親から愛されていた。両親が死んでも愛された記憶だけは残る。親から愛されない者、親がいない子供にくらべればどんなに幸せな事か。両親は娘の為に心を痛め常に気を遣った。
 だがオレの心に染み付いた、オヤジを含む公爵家への恨みは生涯消える事がない。あんな父親ならいっそ始めからいなかった方が良かったと思うくらい。
 この手足が元に戻らないのと同じ事だ。真実は変わらない。
 あの時の苦痛は未だリアルにオレの脳に甦る。
 ロイが真実を知らない限り、オレ達の会話は平行線を辿る。
 だが真実を知らせて理解を得たいとは思わない。
「幸福? ああ幸福だった。例え手足がもがれて泥に埋まっても、機械鎧の手術の痛みに絶叫して泣き叫んでも、ものが食べられずに吐き続けても、長い間ベッドの住人で一人じゃトイレにも行けず恥ずかしく思っても、リハビリの苦痛に脂汗流しても、天候が変わるたびに接合部が痛んでも、機械鎧を指さされ奇矯な目で見られても、女の子なのにと憐れまれても、戸籍を抹消されて死んだ事にされても、男として育てられても、自分を殺し続けても……………………オレは幸福だった」
 母の愛はそれだけ大きかった。母さんさえ側にいてくれたならどんな事になっても大丈夫だと言えた。
 けれど母はもういない。我慢する必要はない。何の為の我慢だ?
 何の為に今まで苦痛を耐え続けたのか。
 オヤジがした事が無駄だったように、オレがしてきた事も無駄だったのだ。
 だから笑うしかない。憎むしかない。
 オレの嘲りをロイはどう思ったのか。
「……どうやら君には色々と秘密があるようだな。それに……言う事がいちいち子供らしくない。君はホーエンハイム公爵を嫌っているが、その手足の代金は父親が出したものだと判っているのか? 貧しい家庭では手だって装着できやしない。公爵がお金を出したから君は手足を手に入れられたのだぞ」
「ふん。この手足が無くなったのはオヤジの責任だ。暗殺者達を野放しにし、母さんを殺し……かけた。オレが母さんを庇わなきゃ母さんはとっくに死んでた。母さんの命の代償にオレは手足を無くしたんだ。オヤジが支払うのは当然でそれに感謝しろって言われてもなあ。……あのな、牧場で飼われてる牛が人間に感謝すると思うか? 綺麗な水と広い牧草地と安全があっても、行着く先は屠殺場だぜ。感謝しろったって言われて感謝する牛がいるか? それと同じ。さっきも言ったけど結果が全て。オヤジは何も守れずオレは一生この鉄の手足をつけて、痛みを堪えて生きていかなくちゃならない。公衆浴場なんかでギョッとされたりイヤな顔をされる一生をくれたオヤジに、どうやったら感謝できるか教えて欲しいぜ」
 服を着て手袋をつければ機械鎧は隠れる。しかしオレの手足が偽物であるという事実は一生変わらない。
「少女の君にはその鉄の手足は負担か? 平気そうな顔をしているから気にしていないのかと思ったが……」
「母さんの前でそんな顔見せられるかってんだ。機械鎧を繋ぐ苦痛は堪え難いぞ。平気な顔なんかできやしない。でもそんなやせ我慢する必要もなくなったんだし、これからは文句言いたい放題だ。我慢した分だけ本音ブチまけて何が悪い。嘘つけばアンタらは満足か?」
「そんなにその手足がイヤなのか?」
「イヤっつーか……やっぱイヤだろう。こんな身体じゃマトモな恋愛もできないし?」
 恋愛なんかするつもりはないけど。ただの嫌味。
「君なら『ンな事気にするケツの穴のちっせえヤツなんかこっちから願い下げだ』くらい言いそうなものだが。君も普通の女の子というわけか。そういえば年頃だな。そろそろ初恋の一つもある年齢なら、身体の欠損を気にするのも無理はない」
 しみじみ納得されてしまった。
 スラングがまんまオレの言葉っぽくて笑えた。この男はオレをよく把握している。けど女心は判らない。オレの未来を想像しない。
「いや、本当言うと男の事なんかどうだっていいんだけど。男の言う事にいちいち傷つくようなヤワい神経じゃないし。……ただ将来オレが赤ん坊を生んだとして……この冷たい硬い手じゃ、赤ん坊を抱けないかもって思って。この手は硬いから授乳の時に居心地悪いだろうし、冬は氷みたいに冷たいから温めてからでないと赤ん坊には触れられないし、乳房は半分鉄が食込んで見た目よろしくないし。傷だらけの身体を見て『お母さんの身体汚い』って言われたら一生立ち直れない。……そういう当たり前の未来を男は想像しないのか? ごく普通にできる予想だと思うんだけど。機械鎧がついたからそれで全てが解決ってわけじゃない。オヤジに感謝しろって言われても、醜い傷跡見る度に謝り続け泣く母親に心はささくれ立ち、感謝どころか恨み増殖コンチクショウって感じだ。あんたにそんな女心分かる?」
 そう言うとロイは黙ってしまった。
 ばーか。
「確かに……その………そういう点では困るかもしれないが…………その手足は親友が作ったものだと言っていたではないか。そんなに気に病む事は…………。確かに赤ん坊を抱くには……………不自由な手かもしれないが」
「別に。気に病んじゃないよ。どうせ子供なんて一生作らないし」
「そんな事を言っても、将来好きな男ができれば子供が欲しくなるさ」
 そう言うロイに冷やかな視線を投げる。
「阿呆か。オレの二の舞いになるかもしれないって判っていて簡単に子供が生めるもんか。弟に男子ができなかったらどうなると思う? 時期公爵の座を巡ってまた殺しあいだ。オレは前公爵の第一子だぞ。オレが子供を持てばその子は公爵の孫の筆頭だ。アルフォンスの子供が女子だけでオレが男の子を生んだら……。それが周りにバレたら……。死んだ事になっている筈のオレが生きていると判ったら……。平穏な生活が送れるとはとても思えない。オレがひっそり暮らすのは仕方がないとしても、子供を巻き込むなんて冗談じゃねえぞ。オレがした苦労を子供にはさせられない」
 事実なのでロイはグウの音も出ない。