「君の抱える真実とやらはそんなに高いのか?」
オレの哄笑にロイは半信半疑で聞いてきた。
「アンタは自分が見て聞いたものだけが全部正しく間違いがないと思っているみたいだけど、見えるモノが全部本物だとは限らないんだよ。オレのこの機械鎧みたいに」
自分の右手を叩く。絹のドレスを着て外見を飾っても、この右手が鉄である事実は変わらない。触れれば手に馴染まず冷たさを感じる。
こんなものが神経に直結している。
脳から出る電気信号でこの鉄の塊を動かしているなんて凄い。機械鎧技師万歳だ。
「君は自分の手足を恥じているのか? リハビリを一年で終わらせた気骨の持ち主なのに。しかし女性なら……当然か」
「勘違いしないでくれ。オレは何も恥じたりはしていない。この機械鎧はオレの幼馴染みがくれたものだ。金属だがオレの手足である事にはかわりない」
「なら私の見えてない、見えていても間違っているモノとはなんだ?」
「それは教えられない。真実が知りたければ対価が必要だって言っただろ」
「君が適当な事を言っているだけかもしれない」
「どんな物事にも必ず裏がある。オレが何言おうとそれだけは変わらない」
「ほう?」
「視点を変えてみた事ないの? 自分中心に物事を見るんじゃなくて、他人の視点を持ってみろよ」
「例えば?」
「あのさ、例え話をすると、羊にしてみればオオカミは自分達を殺して喰う悪魔のような存在だけど、オオカミからみれば羊はただのエサなんだよね。生まれた時から食べ物としてしかみなかった生き物に慈悲を掛ける事も憐れむ事もできないのは当然で、そういう風に作ったのは神様だ。けど羊はオオカミを敵だと認識し、悪魔のような生物だと思う。そういう自然界の取り決めを創ったのは神様であって、オオカミじゃない。オオカミが羊に慈悲の心を持てば、オオカミは飢えて死ぬ。死にたくなければ食べるしかない。食べる事は悪じゃないし、オオカミは何も悪くない。なのに羊からは恨まれ憎まれるんだ。一番判りやすい敵を憎むのは当然だけど、不条理だよな。羊を喰えっていう生存本能を植え付けたのは神様なのに。羊だって災難だ。肉食動物から一生狙われ続ける。羊もオオカミもワリを食い、勝手に摂理を決めた神様は誰からも恨まれない。……羊が恨むべきは神様? それともオオカミ?」
「……穿った見方だな。君は神を信じているのか」
「例え話だ。悪魔は信じても、神は信じない。神などこの世にいない」
「君は無神論者かい?」
「単なる現実主義者さ」
「それで、何が言いたいのかね?」
「今の話を聞いて判らなかった? アンタは羊の視点でオオカミを評している。悪いのは自分達を食うオオカミだって。もしくはオオカミの視点で、羊を食って何が悪いって不思議顔だ。双方の視点でモノを見ない。そして第三者の視点も持たない。自分の見えるモノだけが正しいと思い込んでいる。そこに何か別の要因があるかもしれないと、まったく想像してない」
「……………………………」
「大抵の人間がそうだからアンタに神の視点を持てと強要しないけど、アンタの狭い視野の思想思考に同調しないからって人を子供扱いしたりモノを知らないと侮られるのは不愉快だ。真実は一つじゃない。それを覚えておけ。自分が知っている事実だけを押し付けるな。それは物事の片面でしかない」
ロイは何事か考えているようだ。オレの言っている事を理解しようとしているのか。
子供の戯れ言と一蹴しないところは認めよう。この男は幾分まともな大人らしい。
しかし所詮は貴族。神の視点は持てない。
ロイの視線から演技が消える。
それがお前の素顔か。真剣になると案外年相応じゃないか。
ロイは何を聞かされても父親の評価の変わらないオレに、戸惑い疑惑を感じている。
せいぜい悩むといい。知っている事を教えず人を蚊帳の外に置いた罰だ。
例え今まで助けてくれていたとしても、それはオヤジの為であってオレの為じゃない。恩に感じる必要はない。
何をしてもらっても、母さんは愛する男に会えないまま死んでしまった。それが結果だ。
誰もオヤジを罰しないというなら、オレだけがオヤジを裁こう。失った手足の重み分、あの男を軽蔑する。
揺るがないオレの意志にロイは聞く。
「……君は……本当に何を知っているというのだ? ホーエンハイム公爵は本当に奥様と子供を愛しておられた。だから細心の注意を払いながら戦い続けたのだ。それは間違いない。最愛の娘にそんな風に思われたらどんなに哀しむだろう」
「戦いとは……勝利しなければ意味がない。オヤジは勝利しないまま死んだ。意味のない戦いを理由に母さんはオヤジから放っておかれた。それなのに誰もオヤジを咎めない。放置された母さん本人さえ。ならば流した涙を受けたオレだけでもアイツを咎めなければ不公平だ。アンタはオヤジの公爵としての一面しか知らない。……知っておけ。父親としてのアイツは最低だった」
「ホーエンハイム公爵は娘を愛しておられた。だが息子を公爵家から連れ出す事ができずにいた上に君達に危険が及ぶので、どうしても会う事ができなかった。判ってやれないのかね? 依怙地になるのは判るが、君は父親に愛されていた。父親を恨み続けても空しいだけだ」
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