「アンタも錬金術師ならワインくらい自分で錬成しちまえばいいじゃんか」
悪戯を考えているオレにロイは警戒するように言った。
「私が錬金術師だと何故知ってる?」
「ロイ・マスタングは一応有名人だからな。……四大公爵の一人で結婚適齢期、ハンサム----これは一般的な意見であってオレの見解じゃない----で独身。黒髪黒目。フェミニスト。裏を返せば女ったらし。頭脳明晰で十代で国家錬金術師の資格を取った本物の天才。……それが巷に拡がっているアンタのプロフィールだ。……童顔は噂になってなかったな」
「最後の一言は余計だが、そんな噂が広まっているとは嘆かわしい。プライバシーはどこへ行った?」
「ここが情報の集まるイーストシティだからじゃねえか? サウスエリアとも近いし。他の公爵家の当主の特徴はあんまり入ってこないな」
「北のアームストロング公爵家や西のヒューズ公爵家の当主の事は知らない?」
「ロイは面識は……当然あるか。その二人の公爵ってどんなヤツ? やっぱり白いヒゲの威厳と差別溢れるヤなクソジジイか?」
「……君の貴族嫌いは知っているから私は気にしないが、外ではその言動は控えろよ。……アームストロング公爵は……君の想像に近いかもしれないな。白ヒゲの堅物の老人だ。しかし跡継ぎのアレックス殿は………きっと君と気があう事だろう。彼は筋肉改造の好きなマッチョですぐに脱いで自らの筋肉を自慢するのが困った癖だが、中味は常識と誠意に満ちた善意の人だ。公爵家にいるがどちらかというと熱血教師のような暑苦しさがある。様々な慈善事業に参加している」
「良い人そうだけど……あんまり会いたくないかも」
暑苦しい人間は苦手だ。
まあどうせ北には行く事はないだろうし。
「西のヒューズ公爵は、私の幼馴染みだ。気の良い典型的マイホームパパで、家族自慢がウザイ。君も一度洗礼を受けるといい。生まれたばかりの愛娘自慢がしたくてウズウズしているから。会えば二時間は開放してもらえない」
「あんまり貴族っぽくないけど…まともな人なの?」
「公爵の中では一番まともかな。内外ともにバランスがとれている。気さくで平民にいてもおかしくないタイプだ」
「ふうん。……じゃあ、東の公爵は? オヤジが死んだけど、跡継ぎが十三歳じゃ公爵にはなれないだろう」
正面から切り込む。
そこが一番大事な所だ。オレの弟。たった一人で父親のいない公爵家でどうしているのか。
「その事も含めて、大事な話をしよう」
ようやく本題に入れそうだ。
「さて……」とロイがどっかの三流推理小説に出てくる探偵の謎解きのように前置きをする。
いちいち格好つけねば話ができんのか、コイツは。
「どこから話そうか。……始めから話していった方がいいか。君がどこまで真実を把握しているか判らないし」
「……真実?」
「君はホーエンハイム公爵……父親が妻子を捨てたと勘違いしているようだが、それは違う」
「……どう違う? あの男は母さんに一度も会いに来なかった。そして母さんは病気になって死んでしまった。それが事実だ。………母さんが死んだ事、あんたは知ってるんだよな」
「知っている。守る為に監視していたからな。暗殺者からは守れても病相手にはどうする事もできなかった。トリシャ様も公爵が長くない事を知って治療を拒否された。……葬儀に顔を出すとマズイので、離れた場所から見送らせてもらったよ。君の姿もその時に見た。君は前を睨みながら……泣いてたね。痛々しかった」
「……ああ」
来てたのか、コイツ。
見送ったのはオヤジへの義理立てか。御苦労な事だ。公爵っていうのは本当に暇なんだな。あんな田舎まで来るなんて。
オレの顔を知っていたくせにさも初対面の顔をしやがって。本当に気に障る男だ。
「実を言うとホーエンハイム公爵の葬儀やら後見問題で多忙で、トリシャ様への対処が遅れたのだ。トリシャ様も夫の葬儀にも出席できないのはお可哀想だったが、身体が弱っていたし姿を現わせばまた危険が迫る可能性がある。それにアルフォンスの事もあって、こちらも手が一杯だった。そうこうしているうちにトリシャ様はどんどんお加減が悪くなって…………。何を言っても言い訳にしかならないが」
「……誰も責任を感じてくれなんて言ってねえよ。母さんの病気は……天命だったと思うしかない。オヤジが死んだのを知って、母さんは生きる気力を無くしてた」
オヤジが死んだと知った後の母さんは一日も早く死ぬ事を望んだ。オヤジに会いたかったからだ。
残される娘よりも夫の方が大事だった母さん。それでもオレは母さんしかいなかったから、死なないで欲しかった。
「ホーエンハイム公爵もまた病気だった。あの方は命尽きるまで御家族の事を考えていたよ。本当に妻子を、君とトリシャ様を愛しておられたのだ」
「オヤジが? 嘘だろう?」
「君が信じないのは勝手だが、ホーエンハイム公爵は誰よりトリシャ様を愛しておられた。だからトリシャ様の為に戦い敵を葬っていたのだ」
「敵って誰?」
「君とトリシャ様の命を狙った……ゴミ共だ」
ロイの話は予想外の内容だった。
昔、公爵になりたてのヴァン・ホーエンハイムとメイドのトリシャ・エルリックは身分違いの恋に落ちたが、当然周囲の大反対を受け、二人は家を捨て駆け落ちした。
二人は結婚しトリシャの故郷の近くに小さな家を構え、二人の子を出産した。
貧しくても穏やかな生活。
しかし長くは続かなかった。
公爵家の追手に見つかり、下の子----アルフォンス(当時三歳)を盗まれてしまう。
妻と長女のエドワードを置いて、ホーエンハイムはわが子を取り戻しに公爵家に戻る。しかしアルフォンスを人質に取られ、ホーエンハイムは公爵家から出られなくなった。仕方なく妻と連絡をとりつつ機会を窺うホーエンハイム。
親族の説得に耳を貸さないホーエンハイムに過激派は原因を取り除こうと企んだ。
ホーエンハイムの未練を断ち切ろうと公爵家はトリシャに手切れ金を積み、それでも言う事をきかないと脅迫した。
妻子に危険が及ぶのを怖れたホーエンハイムは家族を安全な所に移し、連絡を絶つ。金銭的不自由がないようにロイを通じて生活費を届けさせた。
しかし公爵家の影はトリシャと娘の近くに迫った。
トリシャは友人を訪ね南に逃げ、夫と連絡を取り合う事もできないまま数年を過ごす。その間ホーエンハイムも親族相手に戦い続けた。
七年後、トリシャ母子はほとぼりがさめたかと故郷に戻ったが、反対派が差し向けた刺客に見つかり命を狙われ、当時十一歳だったエドワードは重傷を負い、手足を切断する事になった。
娘を殺されかけ、ホーエンハイムも本気になった。
トリシャ母子暗殺を企てた相手を次々と屠っていった。
いつかトリシャを家に迎え入れようと戦い続けたが病に倒れ、還らぬ人となった。トリシャも夫の後を追うように亡くなった。
それがロイが語った『真実』とやらだ。
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