公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第二章

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 頭の中が混乱した。どういう事か判らなかった。
 やつらはホーエンハイムの名前を利用するつもりではないのか?
 オレを守り、ホーエンハイム公爵家と接触させないようにしている?
 本当に味方なのか?
 それに聞き捨てならない事を喋っていた。
 オレが命を狙われて手足を失った?
 オレが事故で右手と左足を切断したのは十一歳の時だ。
 その時の記憶は曖昧だ。しかし……。
 自分と母親が事故に巻き込まれたのは覚えている。
 そして……。

 目の前が暗くなる。
 オレは吐き出しそうになる言葉を手で押さえた。
 ヨロリとその場に膝をつき、倒れそうになるのを防ぐ。
 過去の記憶----あの時の記憶は思い出すだけで吐きそうになる。
 手足が無くなって、持っていかれたのだ。
 雨が降っていた。
 暗い……暗かった。
 夜だったんだ。
 側に倒れていた母さん。
 動かなかった。死人みたいだった。
 声が段々小さくなって……。
 だけれどオレには何もできなくて。
 いや……。できる力はあった。
 だから……オレが……母親を助けだしたのだ。
 それを……誰も知らない。
 母親以外は。

 もしかしてオヤジは知っていたのだろうか。
 父親を問い質したいが、もうそれもできない。
 あれは事故じゃなかった……。
 オレ達が姿を隠さなきゃならなかったのはそのせいで。
 オレと母さんは命を狙われた。
 そしてオレは手足をなくした。そして戸籍も。
 オレ達を襲ったのは……ホーエインハイム公爵家の人間なのか。充分ありえる事だ。
 でもなぜそんな事があって父親は手をこまねいていたのだろう。あのオヤジの事だから知っていただろうに。
 そして……アルフォンス。
 ホークアイさんの口から出た弟の名前がショックだった。母さんが生んだオレの弟。
 顔もよく覚えていない家族。母さんはいつも気にしていた。
 弟は今どうしているのか。ホーエンハイムの家で幸福なのだろうか。
 判らない事だらけだ。
 これでは出ていくどころではない。
 今のところ(とっても気に入らないけれど)あの男は敵ではないらしい。事情を完全に把握するまでこの屋敷に滞在するしかなさそうだ。

 メイドの女性が入ってきて、食事前に入浴して正装しなければならない旨を伝えたので、オレは引き攣った笑顔で了承した。
 貴族は着替えないとメシが食えないルールらしい。
 タダメシなのだから代償だと思って、諦めて風呂に入った。
 ピカピカの浴室は落ち着かなかったが、気持ち良い事だけは確かだった。ライオンの口からお湯が出るのを見て、村に帰ったら自分の家の浴槽も錬成しなおしてみようと思った。
 しかし風呂からあがってクローゼットを開けた途端、その共感性も霧散した。
 ぎっしり詰まったウェディングドレス並のヒラヒラ服を見て引くオレを、二人のメイドとホークアイさんは有無を言わせない笑顔で押さえつけた。
 男物のシャツを強引に脱がされる。オレのトランクスをホークアイさんはこの世の終わりのような顔で見ていた。無理矢理全部脱がされる。
 絞め殺される鶏のようにコルセットをギュウギュウ絞められて身体に凹凸がつけられる。こんなんでどうやってメシを食うんだ。胃が押さえつけられて食い物が入らないじゃないか。
 コンチクショウ。後で全部の服を錬成し直してやる。
 ハイヒールなんて、拘束服とどう違うってんだ。こんなんじゃロクに動けやしない。ホークアイさんだってパンツスーツのくせに。差別だ。
 男に襲われた女がロクな抵抗もせず、あ〜〜れ〜〜たすけて〜〜と悲鳴をあげるしかない理由がよく判った。ドレスとハイヒールなんてまんま拘束服だ。走る事も蹴りもできないし、ひっくり返ってドレスのスカートを踏まれたら起きあがる事すらできなくなる。まるでいただいて下さいと言わんばかりだ。
 それともみんなスカートの下に鋼鉄の鍵付き貞操下着でもつけているのか。着替え終わったらホークアイさんに聞いてみよう。

 オレのドレスアップした姿に、ロイのやつ大仰に驚きやがった。どうせオレにこんな格好は似合わないよ。
 写真でしか見た事がないような豪華な皿にお上品に盛られた山海の珍味盛り沢山の食事を終えた後---出された分を全部平らげたら驚かれた。オレが何を好きか判らないので沢山量を用意したらしい----食後のお茶だと言って別室に案内された。
 食事もお茶もそれぞれ部屋が違うなんて、貴族っていうのは面倒だ。
 メイドさんが入れたお茶を前に再び説明(肚の探り合い)タイムに突入だ。
 食べ過ぎたオレは少々しんどかったが、気合で胸を張った。
 座っていられるのはありがたい。ハイヒールなんか二度と履くものか。躔足してんじゃないんだぞ。こんなもん毎日履いてたら外反母趾になっちまう。
 しかし機械鎧用のハイヒールなんて用意しているのだから、本当に用意周到だ。
「……しかし君はよく食べたな」
 ロイはオレの腹の辺りを見てどこに食べ物が詰まっているのか不思議がった。
 ドレスの腹部が盛り上がっている。あれだけ食べたのだから当然だろう。
 コルセットとドレスはホークアイさんの目を盗んで緩く錬成し直した。腹は膨れ上がってもすぐに消化するから無問題。
 オレは腹を叩いて言った。
 うえっぷ、振動で逆流しそう。
「オレはまだ成長期なんで三人分は入るぜ」
「曲がりなりにも女の子だろう、君は。その男らしい仕種はいただけないな」
「男女差別反対。あんたも人体の構造知ってるだろ。女だろうと男だろうと胃袋のサイズも伸縮率も性別によって変わりはねえよ。むしろ女の方が成長期が早いってな。女らしさが何になる。せいぜい男の気を引くだけだろ」
「私は女性があんなに食べるのを初めて見た。ワインは三本空けたし、うわばみかね、君は。未成年だろうに」
「蛇になった覚えはねえな。ワインはてっとりばやい栄養補給食品だ。リゼンブールのガキなら嗜み程度には飲めるぜ。小さなワイナリーもあるし」
 田舎の子供は強し。
 ロイは呆れて言った。
「末恐ろしい。私の家のワインは飲んでもかまわないが、ワインセラーの最下層にしまってあるビンテージものには手をつけるなよ。飲み頃まで楽しみにとってあるんだから。ケチ臭い事を言うわけではないが、値段もそれなりにする。味の判らない者に飲ませるのは勿体無い」
 自給自足がモットーなのでモノの値段を気にした事はない。都会は何かと面倒らしい。
 ワインか。ロイが高いというくらいだからきっと目玉が飛び出るような値段がついているんだろう。嫌がらせで中味を入れ替えてやろうか。