公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第二章

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 隙のない背中を見ながら聞いた。
「ここはどんな場所? マスタング公爵家の持ち物?」
 貴族の家にしては人が少ない。本宅はサウスシティにあるだろうが、マスタング家ならイーストシティにも、本宅に負けない家を所有してもおかしくない。
「この家はロイ様が幼少の頃に過ごされた屋敷です。ここを知る者はマスタング家に仕える者でも少数しか知りませんので御安心下さい」
「ふうん。……ロイの隠れ家ね。……どうしてオレをここに連れて来たんだ?」
「エドワード様の御為にございます。エドワード様の事は隠さねばならないトップシークレットでございますので」
「ホークアイさんはオレの事をどれくらい知っているの?」
「だいたいの事は。トリシャ様への送金の手続きは私がしておりましたので」
「ホークアイさんが?」
 ホークアイさんが足を止めて振り向いた。
「エドワード様。私の事はリザと及び下さい。名を呼び難いならホークアイで結構です。エドワード様はホーエンハイム公爵様ただ一人の姫君なのですから。敬称をつける必要はございません。私は使用人です」
 姫君ね。……ふざけた名称だ。
「……オレはその血の繋がりってヤツが大嫌いだから、それが理由でホークアイさんを呼び捨てにしろって言うんなら、聞けない。それに使用人って言ったってホークアイさんに給金を出してるのはアンタの主人であってオレじゃない」
「エドワード様はお父様がお嫌いですか?」
「子供を捨てた親だ。嫌う理由には充分だろ」
「お父上様は家族を捨てるような方ではありません。そうしなければならなかった理由があるのです」
「どんな?」
 この人は理由を知っているらしい。
 オレの事なのに部外者の方が事情に詳しい。
「それはロイ様にお聞きになって下さい。今晩お話がある筈です」
 言えない事を無理に聞き出す事はできない。
 だが自分の事なのに一番自分が情報から遠い所にいるというのは気に入らない。
「それからこの二人がこちらに滞在される間のエドワード様付きのメイドにございます。着替えや入浴の手伝いや日常の事は全てこのメアリーとキャシーにお言い付け下さい」
 二人のメイドを紹介された。
 頭を下げたメイドさんは二十歳くらいに見えた。
 メアリーが黒髪でキャシーが金髪。二人とも中の上くらいのそこそこの美人だ。
「いらないよ、メイドなんて。何で着替えや風呂に人手がいるんだ?」
「貴族の屋敷に滞在する女性は大抵世話をするメイドを伴います。エドワード様のお世話をするメイドはこちらで用意しました。なんなりとお言い付け下さい。生活に不自由がございましたら対応いたしますので、どうぞ御遠慮などなさらずお申し付け下さい」
「だからオレはメイドはいらないって」
 誰かに手を貸してもらわなくちゃ着替えも風呂もできないなんて面倒だし煩わしい。
「そうおっしゃられましてもそれが決まりですので。二人がお気に召さないようでしたらもっと古参の者に代わりますが。若い者の方がエドワード様も気楽かと思いましたので」
「んな事言われてもなあ。オレの何を手伝おうって言うんだよ。着替えなんて簡単だし、風呂だって一人で入れるし、掃除や洗濯の為? けどそんな長くは滞在するつもりはない。それに他人と四六時中一緒にいるのは気詰まりだ。知らない人間が側にいて物のように無視してくつろげるのは失礼な貴族だけだ。オレは知らない人間を側に置いておくのはいやだ」
 きっぱり断るとホークアイさんは「仕方がありませんね」と嘆息した。
「それではご用がある時はベルをお鳴らし下さい。夕食前のお召し替えには二人が参ります。それまでおくつろぎ下さい」
 一礼して去っていくマスタング家の使用人達にオレはとんでもない場所に来たと後悔しきりだが、ここで逃げたとて現実は必ず追ってくる。

 オレにあてがわれた部屋は豪華な客間だった。
 母さんと住んでいた家が入りそうな面積だ。
 二間続きの部屋はソファーとテーブルの置いてある部屋とベッドルームが分かれている。
 向こう側の部屋の真ん中にはでっかい天蓋つきベッド、鏡台、タンスが配置され、絹のシーツや刺繍の細工の細かさに口が空いた。
 手前の部屋には机にソファー一式と本棚がある。
 ベッドルームの奥にはもう一つドアがあり大理石の風呂とトイレに続いていた。絵本でも見た事のないような豪華さだ。どうせなので色々探索する。
 石鹸もシャンプーもバラの匂いがした。
 しかしオレは自分でつくった自然派石鹸が好みなのであまり嬉しくない。故郷は自給自足が基本なので石鹸もバターもチーズも自家製だ。オレは錬金術が使えたので一発錬成で何でも作れる。幼馴染み曰く、ズルイ、手抜き、だ。
 けど母さんと一緒に一から作業するのも好きだった。面倒だけどそれだけ母さんと一緒にいられたから。
 鏡台の前に並べられた化粧品は全て新品。化粧品には興味がなかったのでメーカーなど判らないが、銀のケースに入った中味が見かけ倒しという事はないだろう。
 一番興味があったのは本棚だ。錬金術の関係の本が山程ある。
「嘘だろ、何これ?……『パラケルススとセフィロト』それに『ダビデとソロモンの逆マトリクス』『右手の道と左手の道に在らざる第三の書』『エメラルド・タブレット解体新書』か。……すっげー。ありえねえ。手に入らない禁書ばかりじゃないか。……これもアイツの策略か」
 錬金術師なら、いや科学者なら涎を垂らしそうな禁書や絶版した本が並べてあった。素人なら何の興味も示さないが、ある程度のレベルの学者なら飛びつく内容だ。もちろんオレも飛びついた。
 オレが退屈してこの屋敷から出ていかないようなエサって事だ。用意周到だ。
「……この部屋は錬金術は使えるのかな?」
 誰にも見られていないのを確かめてパンと両手を合わせる。
 側に置いてあった花瓶の形を変えてみる。
「錬金術は使えるのか」
 錬金術を封じるような陣が部屋の中にあると思ったのだが、この部屋にはそういう用意はないようだ。
 錬金術師は科学者だが実情は魔術師に近い。理論立った条件で錬金術は発動するが、その発動のメカニズムは解明されていない。理論の全てを理解した時に錬金術は成るが、素人から見たらまんま魔法だ。
 ゆえに錬金術を嫌って、もしくは犯罪防止用に錬金術が使えない錬成陣が書かれている事がある。それもまた錬金術の一つなのだが。
 陣を理解していれば反錬金術の陣を解く事もできる。
 オレもそれは研究した事があるから解除はできる。
「そんじゃまあ……情報収集といきますか」