公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第一章

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 睨み合うオレ達の間に第三者が割って入ってきた。
「あのう……何か問題でもありましたか?」
 ここの警備員が騒ぎを聞き付けてやってきた。
 警棒を片手に勇んで喧嘩の仲裁にやってきたのはいいが、相手を見て困惑している。
 片方は一見身なりの良い紳士。対して紳士を仇のように睨んでいるのはこの場にいる筈のない場違いな子供。
 どちらをどう制すればいいのか、通報を受けた警備員達は咄嗟に判断できない。
 普通なら子供相手に喧嘩をしていれば宥めるのは大人の方。子供相手に喧嘩は大人気ないと諌めるものだが、ロイの胸元にあるダイヤの飾りピンが常識的判断を止めていた。
 ダイヤモンドの所有が認められるのは貴族----それも男爵以上の大貴族だけだ。
 貴族は持てる宝石によって身分を現わしている。誰がどの階級にいるか一目で判るように。
 貴族社会の身分制度は非常に厳しくて、下の者が上の者を見誤らないようにする為の目印として宝石を用いている。ロイの胸に燦然と輝くダイヤは小粒だが上質のもので、一目でそうと判る。
 さっきロイは上着を着ていなかったので判らなかったが、今はコイツがかなり上の貴族だって判る。
 しかしそんな事で怯むオレ様ではない。
 オレが怯まなくても、見ず知らずの警備員達は明らかに怯んでいた。
 お貴族様に何かあれば警備員達にとばっちりが行く。
 しかしロイと対峙しているのは明らかな子供。それも下町にいるようなストリートチルドレンとは違う。
 トラブルの原因が判らずどうしたものかと手をこまねいている警備員達に、ホークアイがズイと前にでた。
「何でもありません。ちょっとした身内の口論です。お気になさらずに。持ち場にお戻り下さい」
「しかし……」
「この方達のボディーガードの頭は私です。その私が問題ないと言ってるのですから、皆様方はお引き取り願いましょう」
 気がつくとそこかしこに黒服を着たガードのお兄さん達がいた。
 つまりロイは単独行動ではなく離れた場所にガードをつけていたわけだ。
 オレは気がついてたけど。
 戦闘訓練は一応受けている。気配には敏感だ。こちらの動きに注目しているのも判っていた。視線を複数感じればイヤでも気がつくって。
 あえて知らないフリをしていたのだが、オレがロイを攻撃してもホークアイさん以外仲裁に入らなかったところを見ると、待機の命令が出ていたのか、オレ一人なら女の子相手だしロイだけでも何とかできると見くびられていたのか、たぶん両方だろう。
 しかしオレがそこそこやるのに気がついてホークアイさんが仲裁に入った。そんなとこか。
「こちらの子供はお身内の方……ですか?」
 オレが何かされているのかと、勇気ある警備員のオジサンが尋ねた。
 貴族が平民の子供にイタズラ……なんて、あってはいけない事が裏ではまかり通っている。金と権力あるボンボンがロリコン犯罪者だった……なんて事はよくある事だ。
 大人がよってたかって子供を囲んだらそういう犯罪を疑うのは当然だ。
「違う」とオレが否定しようとしたら、ロイにセリフを奪われた。
「……娘だ」
「「えっ?」」
 オレと警備員との声がハモッた。
 この童顔、何を言い出すやら。
「女? あの……こちらはお嬢様なのですか?」
「失礼な事を言うな。色気のない娘だが私の可愛いベビーだ。無礼は許さん」
 どっちが失礼なんだか。平然と嘘ついて無礼はどっちだ。
 よくもまあそんな嘘つけるもんだ。
 よりによって親子!
 こいつの頭ン中覗いて見たい。
 オレとロイを見比べて警備員は「ああ……」と何かを納得したようだ。
 何故そこで納得する?
 オレ達のどこをどう見れば納得できるんでしょうか? 説明して欲しいんですけど。
 髪の色だって全然違うだろ。オイラ頭のてっぺんから爪先まで劣性遺伝子の塊のような外見なんですけど。優性遺伝子のロイとじゃ遺伝学的に違和感あるだろうに。
 しかしつい否定するタイミングを逃した。バカバカしさで。
「そうですか。……これは失礼致しました。裏口で喧嘩があると通報があったものですから」
 きっちり背を伸ばし頭を下げた警備員にロイは鷹揚に手を振った。
「……いや。久しぶりにあった娘が拗ねて暴れただけだ。大事ない。身内の喧嘩で周りを騒がせて済まないな」
「いいえ。こちらこそ。……なかなか闊達なお嬢さんのようですね」
「いやあ。仕事が忙しくて放っておいたらすっかり反抗期だ。この年頃の娘は難しいな」
 その気のロイはにわか父親になりきっている。
 何考えてんだ、コイツ。
 しかしいちいちロイの言葉を修正するのも面倒臭いので黙って三文芝居を聞く。
 呆れかえって、否定の言葉を言う気にもなれない。
 ホークアイさんも何とも言い難い顔をしている。
「いいえ。娘さんだってこうして会いに来てくれたお父さんの事を判ってますよ。難しい年頃だから素直になれないだけで、本当は父親が恋しい年頃ですよ。判ってあげなければ」
「含蓄のある言葉だな。君にもお嬢さんが?」
「はい。こちらの御令嬢のようにお美しくはありませんが」
 お世辞が上手だね警備員さん。
「そうか。大事にしてやりたまえ。…………エディ。お父様が悪かったから、機嫌を直せ。何でも好きなもの買ってやるから」
 胡散臭さ百パーセントのロイの笑顔に、オレは背筋が寒くなった。
 誰がエディだこのヤロウ。人を馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえっ。
「……子供の関心をお金で買う親なんてサイテー」
 オレのセリフに頷くギャラリー。
 カウンター喰らってロイパパ、咄嗟の反撃できず。
 しかししぶといロイは再び攻撃続行。
 端正な顔を悲し気に歪めて懇願する。

「お金ではない。どうすれば君に信用してもらえるか判らないから、判り易い形で愛情を示しているんだよ。君の関心をお金で買うような不粋な真似を私がするわけないだろう」
 ロイの父性攻撃。ヒットポイント五十。
 しかしオレ、エドワード。盾でガード。
「ふうん。愛情を形で示してくれるの? ……なら私のお願い聞いて?」
 自分でもキモイと思うブリッコ攻撃。
「お願い? 言ってごらん。叶えられるものなら叶えよう。天の月を取ってきてくれと言わない限り努力しよう」
 ノリの良い男だ。
 しかしなんでセリフごとにいちいちポーズとるのかな、この人。パフォーマンスとしては面白いけど、目の前でやられるとかなりウザイ。
 オレの攻撃。笑顔で百ポイントを使用。
「じゃあお父様、今交際中の愛人さん達と手を切って下さる? 黒髪のあの方と金髪のあの方とブルネットのあの方と赤毛のあの方と空色の瞳のあの方とそばかすの可愛いあの方と、きっぱり手を切って下さる?」
 周囲の目が関心と呆れと軽蔑と羨望と納得が混ざってロイの上に注ぐ。
 チャラリラッタラ〜〜。ロイのヒットポイントゼロ。
 アイム、ウィナー。
 オレのニヤニヤ笑いにロイは焦りの表情。
 自分で振った三文芝居だ。責任とって付き合ってもらましょう。
 さあ、どう切り返す?
「い……今は黒髪と金髪の女性としか付き合ってないよ。他は別れた」
「まあ、喰ってポイ捨てなさったの? 相変わらず酷いパパね」
 信じられないと口元に手を当てる。女らしい仕種は嫌いだが演技ならオッケーだ。
 ロイは本気で焦っている。
 自分で始めた三文芝居が止めるに止められなくなっている。ざまあ。
 試験を終えた人間が外に出てきて、ギャラリーが増え始めた。
「別れろと言っときながらどの口でそんな事言うのか、君は。じゃあどうすればいいというのかね?」
「そろそろ御自分の立場を自覚して、身分に相応しい結婚をして下さい」
「そ、そう簡単にはいかないのだよ貴族の結婚というのは」
「あら。おばさまに一言おっしゃれば、見合いのお相手から結婚まで全部手配して下さいますわ。お父様の結婚を手ぐすね引いて待ってらっしゃいますから」
「き、君の母親の事はいいのかね?」
「母は……草葉の陰でお父様の幸福を祈ってらっしゃいますわ。愛人を指の数より多く作られるより結婚して落ち着かれた方がお母さまも安心ですわ」
「……しかし」
「お約束して下さいますわね?」
「……善処しよう」
 嘘の約束でもしたくないと思っている結婚を承諾した事でロイがヘコんだ。
 独身っていうのはカケだがたぶんそうだと思った。
 この男には家庭の匂いがしない。指輪もしてないし、カンが当たった。
 周囲の生暖かい眼差しに耐え切れなくなったのか、ロイが目で『降参だ勘弁してくれ』と訴えてる。
 バカが。面白半分で嘘言うから収拾がつかなくなったんだろう。自業自得だ。
「そ、それじゃあ一緒に家に帰ろうか。今夜はひさしぶりに親子水入らずだ」
 ロイが引きつった顔で言う。
「お父様が愛人宅から帰宅なさればいつでも水入らずですわ」
 エネルギーチャージもままならないのにさらに攻撃されてロイ、深海に撃沈。
 しょーもない父親に愛想をつかしかけている娘を演じながら、結局こいつの思惑通りに事が運んだなと、悔しくなる。…ので、さりげなくロイの足を蹴飛ばす。
 何で見ず知らずの他人と親子ごっこしてるのか判らないけれど、全部この男のせいだと思うと更にムカついて、人目がなくなったらもう一回シバこうと拳を握りしめた。

「…………で、どこに行くって? クソオヤジサマ」
 ホークアイさんに誘導されて馬車に乗り、オレは向かいに座ったロイの足を蹴飛ばして聞いた。
「……誰が君の父親か。……私はまだ二十八歳だぞ。君のような大きな子供がいるように見えるのか?」
「アンタの外見はいいとこ二十一歳くらいだぜ。まさかそこまで年くってるとは……。童顔って侮れないな」
 本気で感心したのにロイは気分を害したようだ。生意気な。ロイのくせに。
「君も充分童顔だと思うが。あの警備員達は君の事を十歳やそこらだと思いこんでたぞ」
「何だって?」
「君は小さいからな。だから私の子供だと言っても通じたのだ。……こんなクソ生意気でも見た目はそれなりに整っているし、私の子だと紹介しても疑われん」
「それって自分がハンサムだと言ってるわけ?」
「私の子ならそれなりにハンサムか美少女だろう。気質が似れば生意気に育つだろうし。いやあ、条件ならぴったりだな、君は」
「…………もう一回本気で蹴っとばされたい? オレの『キング・オブ・ゴールドキック』は破壊力抜群だぜ」
「……頭はいい癖にネーミングセンスはリザと並ぶのか。同じ金髪だし、金髪って趣味が悪いのが揃ってるのか?」
 ブツブツ言うのが気に入らなかったので、ゴールドキックが火花を散らせた。
 勿論ホークアイ女史はオレの乱暴を見なかった事にした。
 人目がない狭い馬車の中なので、ロイの歪んだ顔がよく観察できた。合掌。