「……アンタ、一体どういうつもりだ?」
待っていたロイをオレを睨み上げた。
離れた所から見たロイは結構良い体格をしていた。立派とは言い難かったが少なくともヒョロヒョロのモヤシじゃない。スポーツで鍛えているのかそれとも格闘技でもやっているのか。
夕日をバックにオレを迎えたロイは御機嫌そうだ。
「どういうって……私は君に良かれと素晴らしい申し出をした親切なお兄さんだよ」
「自分で親切って言う奴は全員胡散臭いんだよ。本人が望んでもいない事を自己満足で押し付ける事をなんて言うか知ってるか? 『小さな親切余計なお世話』って言うんだ。覚えとけ。嫌がるオレを無理矢理引き摺って試験を受けさせといて、何が親切なお兄さんだ、この野郎」
「君は口が悪いなあ。素直に礼が言いたくても言えない性格なんだな。思春期の乙女の複雑な心の回路はよく判っているつもりだ。君の感謝の気持ちは私にちゃんと届いているから安心していい」
「……ポジティブシンキングの奴って本当にいるんだな。この性格なら、何を言っても全て自分の良い方に解釈するから多少キッツイ事言っても大丈夫か……」
「女性方からは親切で優しい紳士って言われてる」
「そして男からはキザったらしい嫌味な野郎って言われてるんだろ」
「モテない男は言動も独創性がないからな。十四歳のお嬢さんにまで見抜かれるようなセリフしか言えん」
どこまでも自信ありげなロイを、オレは警戒を解かずに見た。
本音としてはこれ以上関わりたくない。この男がオレをどうしたいのかまだ見えないし、この男がオレに干渉したがっているのが判るからだ。
「……そろそろ宿に帰るから、アンタも用が無ければ帰れば」
そう言って男から離れようとすると、ロイにまた手を掴まれた。
「……おい……」
本日二度目の接触にいい加減忍耐のストックが消えかける。
「離せ」
「まだ私の話は終わっていないのだが」
「離せ」
「だからもうちょっと人の話を聞きたま…」
『え』まで言わせなかった。
オレの左足がロイの向こう脛を蹴ったからだ。
「〜〜〜〜〜〜!!!!」
悲鳴を上げず表情をさほど変えないのには本気で関心した。
オレの左足は特別製なので本気で蹴れば人の骨など簡単に砕ける。
今は本気で蹴っちゃいないけど、かなり痛いはずだ。
しかしそれでもロイはオレから手を離さなかった。
ううむ。根性あるなあ。
「アンタ、反対側の足も蹴とばされたくなかったら、いい加減に手を離した方がいいと思うよ。オレ、こう見えても結構強いから」
「〜〜〜〜……し、知っているとも」
かなり痛いくせにロイは見栄と矜持で自分を律している。ええ格好しいの貴族様も大変だ。
「……知ってる?」
オレの事を?
ロイはまだ痛いくせに笑顔を崩さず言った。
「いや…………そんな事よりこれから食事でもどうかね。御馳走するよ。肉が好きかい? それとも魚? 食後のデザートはケーキがいいかな?」
「……なんでオレが見ず知らずの他人のアンタと一緒に晩メシ食わなきゃならないんだよ。見知らぬ他人とメシ食ってうまいわけないだろ。アンタのセリフってまんまナンパだぞ。いい年してみっともない。判ったら手を離せ。オレを怒らせると今度は足じゃなくてもっと上に足先がめり込むかもしれないぞ。オカマちゃんになりたくなかったら強引なナンパは止めとけ」
そういうとパッと手を離された。流石に急所への攻撃はたまらないのだろう。卑怯な手をつかわない限り接近戦で強いのは遠慮のない方だ。
人目のある場所で男が暴力をふるわないだろうと見越しての発言だ。
人目がなくなった途端豹変するかもしれないが。そういう人間は沢山いるので油断はしない。
「酷いな。暴力は振うし、親切な申し出をナンパなどと低俗な言葉に置き換えるし、君は一体どういう教育を受けているのかね? そんな事では御両親も笑われるぞ」
「生憎見ず知らずの男に触られて大人しく言う事を聞けという教育は受けてないんで。それに知らない男とメシを食いに行ったら軽率だって保護者と友達に叱られる。世の中物騒だからな」
「私がそんな怪しい男に見えるかい?」
「見える」
「………………反抗期の子供は扱い難いな」
「無条件に初対面の男に従うガキが好みならもっと小さい子を誘えば? もっともンな事したらオレが通報するけど」
「……君は私を何だと思ってるのかね?」
「ロリコンには見えないけど少女を強引にナンパする不審なオジサン」
「オジサン……。私はまだ二十八歳だ」
「十四歳違いか。思ったより上だな。童顔だって言われるだろ」
「私の若さを妬むオヤジ共にな。周りが皺くちゃのジジイになっても私は若いまま。二十年後の勝利者は私だ」
「本当にポジティブシンキングだな。プラス思考は嫌いじゃないが、強引と無理矢理を同居させるとただのイヤなヤツだと判れよ。子供扱いしろとは言わないが、子供が初対面のオジサンにのこのこついて行かないのは当然だと理解しろ。世の常識はそうなってんだよ。判ったらオレの前から立ち去れ」
「袖摺りあうのも縁と言うではないか。私が怪しく見えるのも用心深さゆえの猜疑心と譲歩しよう。しかし私と来なければ君は困った事になるぞ」
今度は脅しできたか。底が浅いな。
とうとう地を出したか、犯罪者め。
正直にそう言うとロイは渋面を作った。
「君は本当に口が悪い子な。……少しは子供らしい素直さを見せない。こういう風に言われたら『困った事ってなんだよ? 脅しには屈しないぞ』って返すものだ」
「アンタ流のマニュアル通りに返事しないからって文句言うなよ。……判ったよ。……『困った事ってなんだよぉーー脅しには屈しないぞぉーー』」
棒読みで言ってやるとロイは頭痛いという顔になった。
「素直でいい事だ。………話が進まないので続けるが、君は私と来なければ困る事になる。……というのは君の泊まっている宿はもうすでに引き払ってあるからだ」
「……はあ?」
ナニヲイッテルノコノヒト?
「私の使いの者が君の荷物を私の用意した場所に移動させた。宿も引き払った。だから君は宿に帰れない」
「……宿には前払いで支払いがしてある」
「それも返金してもらった」
「ドロボー!」
でっかい声で罵るとロイに口を塞がれる。
ニャニシヤガルコノヤロー…モガモガ………ガブッ。
「……痛っ!! ……人聞きの悪い事言うな。ちゃんと君に返すさ。お金も荷物も。ただちょっと君と話がしたくて預かっただけだ」
「……話がしたいだけの人間が人の宿を引き払って銭と荷物を取り上げるのか? そんな人間に誰がついてくと思ってるんだ。それでついてったら本物のアホだぞ」
「言われてみるとそんな気もしてきたな」
今気がついたというように言われ、本気で頭が痛くなった。
お前自分の行為の異常さに気付いてないの?
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