試験が終わって外に出たら外の景色が紅かった。
イーストシティの夕日もリゼンブールに負けないくらい綺麗だというのは驚きだ。建物を染める朱が都会の汚れを隠し、景色は幻想的な一枚の絵のようだ。
そしてロイが外で待っていたのにも驚いた。
「……どうだった?」
「んー、ぼちぼち、かな?」
二つの試験を終えたオレは流石に疲れていた。
ロイという男がオレに近付いた理由は----もう一つの試験の誘いだった。
ロイが受けてみろと言ったのは大学の〈錬金術学科〉の特別枠の試験だった。
大学のシステムの事は知らないが、人数調整の為にそういう編入試験が時期外れに行われているらしい。
(錬金術学科は難しく脱落者が多いからだそうだ)
それがたまたま今日の午後に同じ敷地内で開催されるとロイは言った。
違う試験が同日開催か。確かに広い建物だからそういう事もあるだろうし、受験生達も自分に関係ない試験なんかには興味がないから知らないだろう。
だからロイの申し出には驚いた。
そういう試験があるって事じゃない。なぜ自分にそんな話が突然出たかって事をだ。
「無理だろ」
ロイに言われた時にオレは一蹴した。
「どうしてだ? そっちは受かる自信がない?」
「そうじゃなくて……突然そんな事言われても、受験の申請だってしてないし、飛込み受験なんて無理に決まっている。第一まだ『大検』には合格してないから、オレには受ける資格がない」
「確かに。だが資格なら充分ではないのか? 『大検』の意味は大学を受ける為の学力があるかどうかの見極めで、君はそれをあっさりクリアしそうだ。二つの試験日が同じだという事は合格発表も同じ日だという事だ。大学入学の条件は『入学時までに高校を卒業している。もしくは『大検』合格者』だ。だから実は『大検』と大学入試を同時に受けるという事も不可能ではない。……ほとんど知られてない事だが」
意外な事実に唖然とした。言われてみれば確かにそうだ。理論上ではありだ。
「そんなの……誰も知らないだろ。普通、大学は入学資格を得てから受験するもんだ。資格を得る前に大学受験するなんて……考えない」
「そう、常人ではそんな事は考えつかない。だが自分に自信のある者ならその考えに行着いてもおかしくない。『大検』と大学入試の難易度はそう変わらない。同時受験も受験日によっては可能だ。受験の日程が重ならなければ問題はない」
「今日の二つの試験は受験日が同じじゃないか。時間も重なっている。同時に受けるなんて絶対に無理だ」
「そう、普通なら。……でも君は天才で、普通じゃないんだろ? 始めにある『大検』の試験を役三分の一の時間で終わらせている。ならば空いた三分の二の時間を他に当てても支障はあるまい。たまたま〈錬金術学科〉の試験の方は午後からだ。『大検』に合格する自信があるのなら、挑戦する事は無駄にはならない」
「でも錬金術学科なんて……。錬金術師でもない限り専攻が特殊すぎる」
オレは実は錬金術が使えたが、あえてそう言った。面白そうだと思ったし、もしかしたら合格するかもしれないが、勢いだけでは乗り越えられない事もある。
「そんな事はない。錬金術は科学だ。特殊なものだと思わずに論理立った科学だと思えばいい。それにもし、肌に合わず授業についていけなくても、一旦大学に入学してしまえば他学科への転向は普通の受験より遥かに容易だ。錬金術学科は元々が難易度が高いしな」
「……そうなんだ」
「だから……受けてみないか?」
ロイの申し出には興味が湧いた。確かにそれは面白そうだ。ダメで元々だし合格すればハクがつく。
しかし…だ。
オレの躊躇を自信欠如だと思ったロイが言った。
「……試験に合格した後の事を考えているのか? 君はまだ子供だし、御両親と相談したいと思っても当然だ。だが安心したまえ。一旦合格して入学の申請をすれば、いつ大学に通ってもかまわないのだよ。経済的な問題で学校に通う事ができなくなる者もいるからな。救済措置として申請から八年は休学扱いになる。合格後、成人まで待って通い始めても何ら問題は生じない」
「詳しいな」
そりゃいい事を聞いた。そうか。そういう手もあるのか。その辺のシステムとかもちゃんと調べときゃ良かった。大学受験して合格してもすぐには通わなくていいのか。
「この程度の事ならな。……と、いう事で受験しよう。……開始まであと十五分しかない。さあ立って、いざチャレンジだ。試験は一時開始だ」
脳天気に言われたが、根本的な所が抜けている。
「あのさあ……申し出は面白そうなんだけど……オレ、受験申請してないから受験できないよ。例え特別枠だとしてもそういう手続きが必要だってオレだって知ってる。フラリと試験会場に現れた子供が『あのう、暇なんで試験受けさせて下さい』って言って試験を受けさせてくれると思う? 常識考えてよ」
「その事なら心配ない。何故なら君には推薦者がいるからな。特別受験できるように計らってやろう」
ロイの自信に満ちた言葉にまたもウンザリさせられた。
「取り計らってって……何でアンタ、オレにそんなに受験させたいの?」
胡散クセエという視線を隠しもせずに睨む。
申し出も胡散臭いし、存在も何もかも胡散臭い。
初対面の人間に推薦者になると言われて誰がありがたいと思うだろうか。そんなおめでたい人間は、よっぽどの間抜けか白痴か善人だ。
そしてオレはそのどれでもないので、にこやかに立ち上がった。
「申し出はありがたいのですが、温情に預かる謂れもありませんし義理も関係もありませんので、御辞退させていただきます。どうぞその広い心と慈悲を他の人間に分け与えてやって下さい。オレは分不相応ですので結構です」
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