「君は……エドワードは……男性の名だが、……失礼だが…………」
「ああ……良く分かりましたね。オレは男ではなく、女です」
「女? ……本当なのか?」
「男の格好をしてるけど、一応女以外の性を持った事はない、です」
ロイは信じられないという目付きだ。
失礼な視線だがしかし怒りは湧いてこない。
こう見えてオレは女だ。元々凛々しい男顔で、ズボンを履くとまるきり男にしか見えなくても。
スカートを履いていてさえ男っぽいと言われてしまう。
もっと成長して身体に凹凸ができれば女性らしく見えるのかもしれないが、今はどちらつかずの中性的外見をしている。
初対面の人間がオレを男と間違えても当然だと思うし、今はわざと間違えられるような服装をしている。
治安が良いと言われるイーストシティだが、女の子の一人旅に危険がないわけない。少年と思われていた方が何かと都合が良い。
「……失礼。無礼な質問だった。許して欲しい」
我に返ったロイがハッと気が付いたように謝罪をしてきた。
年端もいかない少女に『アナタハ女ニハ見エマセン』と言ってしまった非常識さを恥じているのだろう。礼儀を重んじる紳士らしい律儀さだ。
野郎の中には『まぎらわしい格好をしやがって』と逆ギレする者もいる。
貴族は平民を同じ人と思わないから大嫌いだが、古き良き騎士道精神は嫌いではない。
平民でも貴族でもどちらにせよ男は嫌いなので、身分なんかどうでも良いのだが。
「別に。気にする事ない……です。わざと紛らわしい格好をしてるんだし」
あまり突っ込んで欲しくなくてぶっきらぼうに言ったが、ロイは気にした様子もない。それがますます胡散臭く見えた。
「どうしてまた? 年頃のお嬢さんなら可愛らしい服装をしたいだろうに」
「オレが? 似合わねえよ。それに動き難い服装は嫌いなんで」
思わず地が出る。女がみんなヒラヒラした服が好きだとは思わないで欲しい。
「そんな事は…………………ないと思うぞ。君みたいな綺麗な子が着飾ればさぞかし美しく映えるだろう。……たぶん。…………男装の麗人のように」
「そりゃ……どうも……」
返事のしようがないので適当に流す。
うーむ。正直な男らしい。上っ面の社交事例の美辞麗句をつっかえるとは。
しかし女らしい服装をした男装の麗人というのはどういう女なのだろう。変な表現だ。自分がそう評されると反応に困る。自分が女らしいと言えない自覚はある。
男から視線を外して溜息一つ。
初対面の男とつまらない話をしていると、ガラスの向こうの明るい中庭を眺めながら思った。
早くこの場を立ち去って欲しい。他人の好奇心を満たしてやる義理はない。この男が試験の関係者でなければ無視して立ち去るのに。
ロイはしらけた空気に、話の継ぎ目を探すように視線をくるりと回した。
「いや……………その、悪かったね。色々と……。くつろいでいる所を邪魔したかな。……そうだ、食事が終ったならコーヒーでもどうだ? いや、女の子だから紅茶かココアの方がいいか? それとも冷たいミルク?」
オレの返事も聞かず席を立つロイに「……できればココアがいい」と言った。
謝罪代わりに奢ってくれるというなら奢られましょう。ココア一杯なら恩に着せられるという事もないだろうし。
前に置かれたココアと、そしてまた同じように前に座るロイ。
つまりコイツはまだ何か話があるという事か。ココアを飲みきる十分くらいは相手をしなければならないらしい。……別にいいけど。
「もう少し君と話がしたいのだが、時間は大丈夫か?」
こちらに確認はとっているが、前を動くつもりはなさそうな静かな強引さ。有無を言わせない空気が何となく気に触るが、反発するのも面倒なので頷く。
「メシは食い終わったし……やる事もないからな」
礼儀を払わなければならない理由もないので、いつのまにか敬語も消える。気にするようなら席を立つだけだ。
ロイがコホンと咳をして諭すように言う。
「こう言ってはなんだが……女性が『メシ』などと言わない方がいいと思うぞ。できればもう少し女性らしい言葉遣いをした方がいい。今は良くても将来困るし、家庭での育て方が疑われる。君が良くても親御さんが貶されるのはイヤだろう?」
「女の格好をしたら言葉も変えるさ。男の格好をしている時は男になりきる事にしている」
親の教育方針を持ち出されると痛い。これだから下賤の者(平民)は……と見下されるのは腹が立つし、母の教育が悪いなんて言われた日には絶対キレる。
しかしこいつは余計なお世話という言葉を知っているのだろうか。何故初対面の男にこんな事を言われなければならないのか。礼儀に口煩そうなジジイならともかく、まだ若そうなオボッチャマにしたり顔で礼儀を説かれるのは甚だ遺憾だ。
もしかしてコイツはどこぞのお嬢様学校の礼儀作法の教師でもしているのだろうか。そうは見えないが。
余計なお世話だと言わないだけ自分的には礼儀を払っているつもりだ。
将来は田舎にくすぶる孤高の天才偏屈錬金術師を目指すのだから、言葉遣いなどどうでもいい。……という本音をわざわざ言う必要もない。
スカートをはく気も、ピンクの服を着る予定もない。恋愛も結婚も自分とは縁のない言葉だと思っている。だってオレは男も『恋愛』も大嫌いだ。
大体なんで初対面の男に判ったように将来の心配をされねばならないのか。オレの将来の心配なんぞしてくれって頼んだ覚えはない。
ロイのしたり顔がムカついたのでジロリと睨むが、男は気にする風でなく優雅にコーヒーカップを持ち上げた。格好つけた態度がカンに障る。
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