第三章
セントラルに着いた二人はそのまま中央司令部に行く予定だったが、エドワードの「臭い」発言により、ひとまずホテルに入って身支度を整えてから行く事になった。
エドワードは一分でも早く司令部に行きたがったが、一時間遅れようと大した違いはないと宥めて、二人はシャワーを浴び、中央司令部に顔を出した。
「おー、ロイ。チビッコ。元気だったか? オレは元気だぞ。グレイシアの写真見るか? 妊婦になってますます美人になっったからまるでマリア様だ。こんな美女はセントラル中を捜してもいないぞ」
出会い頭ヒューズに肩をバンバン叩かれてエドワードは「誰がチビッコだ! 痛いってば」と抵抗するが、肩を抱かれて胸ポケットから出した写真を目の前に突き付けられ、否応もなしにヒューズのペースに巻き込まれる。
「ほら、見ろよ。グレイシアの美しいマタニティードレス姿を。オレもとうとうパパだぜ」
「……グレイシアさん、妊娠したんだ」
「おお、もうすぐ出産だ。ちょうどいい時にセントラルに来たな。赤ん坊の顔見てけや。エドは急いで帰らなくていいんだろ?」
平静を保とうと思ったエドワードだが、グレイシアが妊娠していると聞いて素で驚いた。
(忘れてた。そういえばエリシアが生まれたのは今年だ)
未だ見ぬ子と母親の写真を何枚も見せるヒューズに、暖かい気持ちになると同時に、暗澹たる気持ちも這い上ってきた。一方で頼りがいのある父親になる男と、いずれ娘を合成獣にしてしまう男が近くにいる。
「ヒューズ中佐。グレイシアさんの写真はもういいから。あとで本人に会っておめでとうを言うよ」
そう言うとやっと開放された。
「しかし何でロイとエドが一緒にセントラルにいるんだ? お前らいつからそんなに仲良くなった?」
出張の予定など聞いていないヒューズは首を傾げた。
「急な出張だ。ハクロ少将の命令だ」
「うわ。ハクロのオヤジも嫌がらせだけは上手だな。確か東方司令部は事件勃発続きで、かなり大変だって聞いてるぞ。まさか仕事を放っぽり出して来たのか?」
「ちゃんと事件は解決してきた。報告書はまだだが、私がいなくても何とかなる程度には片付いた」
「へえ。じゃあ仕事量は大した事なかったのか? 死ぬほど忙しいっていうのはガセか?」
「いいや。私も部下も殆ど寝ずで仕事の鬼だった。仕事というより奴隷の強制労働のようだったが、人間頑張れば何とかなるものだと言う事がよく判ったよ」
遠い目になるロイ。
「へえ。そんなに大変だったのに、仕事を終らせてきたのか。そりゃ御苦労さん」
「尤も……鋼のがいなければ到底終らなかっただろうがな」
「へ? エドが?」
「鋼のは頭脳だけではなく、実務でもとびきり優秀だぞ。鋼のの協力で、絶対終らないと思った仕事を無理矢理二日で全部をやっつけてそのまま汽車に乗ってきた。……というより奇跡的に短時間で仕事が片付いたので機嫌が良くなった中尉に屠殺場に売られる家畜のように連行されて、有無を言わせず乗せられた。仕事の片付き方は殆どミラクルだったぞ。椅子に座った途端、ブラックアウトだ。車中ずっと寝っぱなしで腰と背中が痛い。睡眠不足は解消されたが」
「エドってそんなに優秀なのか?」
「鋼ののやり方はヒューズと同じだ。情報を集めて有効的に活用する。鋼のが強盗犯やテロリストの正体をつきとめた。本人が名前を出したくないと言うのですべて私の手柄という事になる。……鋼のは私が思っていた以上に有能だ。頭でっかちな学者バカではない実践派という事が証明された」
滅多に他人を褒める事のないロイの手放しの賛辞に、ヒューズは驚く。
「そりゃまあ。エドも手伝い御苦労さん。お前さん、錬金術だけじゃなく手広く優秀なんだな」
「礼を言う事はないぞ。鋼ののせいでセントラルくんだりまで来るハメになったのだから」
「どういう事だ?」
「鋼のがハクロ少将を動かした。お陰で私は鋼のの付き添いでこうして無理矢理セントラル出張だ」
「なんでエドがハクロ少将を動かしてお前と同行するんだ?」
「それがよく判らん」
「は? ……どういう事だ、エド」
ヒューズに聞かれたが、エドワードは固い顔付きで異なる返事をした。
「中佐。国家錬金術師資格取得試験の結果は出た?」
「国家錬金術師資格取得試験? なんでエドがンな事聞くんだ?」
「それが出張の目的だからだ」とロイが代わって言った。
「ヒューズ。お前、グラン准将推薦で国家錬金術師資格取得試験が行われたのを知ってるな。受験者の名前はショウ・タッカー。……タッカーの試験の結果はどうだったんだ? 本人にはどこに行けば会える?」
「なんだよ二人して。いきなりどうしたんだ? 国家錬金術師の受験がどうかしたのか? タッカーはおまえらの知り合いなのか?」
「知り合いではないが、私達はその為に来たのだ。タッカーの情報を寄越せ」
「ああ」とヒューズは納得したように頷いた。
「お前らも評判を聞き付けて来たのか。さすがに情報が早いな」
「評判? ……何の事だ?」
「タッカーの合成獣の事だろ。同じ錬金術師としちゃやっぱ気になるのか。でもロイの専門分野とは全然違うだろ」
「タッカーの錬金術は生体錬成だと聞いたが、何が評判になっているんだ?」
「知らないで来たのか? タッカーは、なんでも人語を話すキメラを作れるらしい。前評判を聞いて大総統まで見学をするって話だ」
「人語を話すキメラ? 嘘だろ」
ありえないとロイが首を振る。聞いた事がない。
「眉唾じゃないらしい。グランのおっさんが自慢げに言ってたって話だから」
「グラン准将がそんな事を? ……ほう。それは見物だな。ここまで来たかいがあったと言うものだ。なあ、鋼の。…………鋼の?」
エドワードの顔色が青を通り越して白くなっている。
「どうした? また気分でも悪くなったのか?」
ロイが伸ばした手をエドワードは掴んだ。
「大佐っ……。タッカーに会わなきゃ……でないと……」
「鋼の? また過呼吸か?」
「タッカーが! ……間に合わなくなる!」
体ごとぶつかるように縋るエドワードに、ロイは戸惑い慌てた。
「鋼の、落ち着け。また気分が悪くなったらどうする。冷静さを取り戻せ。君らしくないぞ」
ロイに掴んだ手を弾かれて、エドワードは一瞬反発しかけたが、憤りを飲み込んで深呼吸し、震える声で言った。
「……説明する、けど………誰かに聞かれたら困る」
「なら人の来ない場所に移動すっか。どっかの部屋に入ろう」と、ヒューズが言った。
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