モラトリアム
第ニ幕


第二章

#14



 アルフォンスの語るエドワード像にハボックとロイは顔を見合わせた。
 エドワードがどんな人間だがおぼろげながら知っているつもりだったが、おぼろげにしか知らなかったエドワード像がハッキリしてきて逆にエドワードがより判らなくなる。確かにあれで十三歳はないだろうと思う。
 アルフォンスの語ったエドワードはまるきりその辺の悪ガキだった。ハボックも田舎の子供だったので判る。だがそのガキがある日突然国家錬金術師になり、病気の母親の命を救いました、となるとさっぱり訳が判らなくなる。エドワードが天才だとしても極端が過ぎる。
「弟に理解されない兄貴は可哀想だが、兄貴が理解できない弟も可哀想だなあ。お前ら兄弟、一度ちゃんと肚割って会話した方がいいぞ。このままいくと増々兄貴は訳判らない人になると思う」
「鋼のは肚を割らんから弟が悩んでいるんだろう。もっと役にたつ助言をしろ」
 と、ロイが冷静なツッコミを入れる。
「じゃあ大佐がその役に立つ助言とやらをして下さい。オレの頭じゃこれが精一杯です」
「私が?」
 ロイはふうむと上を向いて、下を見て、左右斜めを見てから「鋼のが肚を割らなかったら、力づくで口を割らせなさい。腕っぷしは君の方が強いんだろ?」とあまり役に立ちそうもない助言をした。
 ハボックはフーと煙を吐き出した。
「……それが役に立つ助言っスか? 結局は力づくって事じゃないスか。それじゃあガキの喧嘩とどう違うんですか? ベコベコに殴ってもエドは言いたくない事は吐きゃしませんよ」
「世の中は弱肉強食だ。力づくは太古から現代まで続く常識だろうが。ガキの喧嘩と言うが、実際ガキなんだからいいんだ」
「またそういう屁理屈を言う。エドがガキ臭くないから困ってるんでしょうが。上官なんだからもっと気の効いた事言って下さいよ」
「うるさい。対犯罪者ならともかく、子供の悩み相談は得意じゃないんだ。ガキの扱いが得意な貴様がやればいいだろう」
「ガキの扱いは得意ですけどエドはあんまりガキ臭くないし、一応上官なんで」
「こんな時ばかり階級を振りかざすな」
「いつも上官命令と言って部下に無茶を強いる人のセリフとは思えませんね」
「なら上官命令だ。鋼のを捉まえて弟と体面させ、本音で会話させて家族の憂いを晴らす手伝いをしてやれ」
「……無茶言いますね、大佐も」
 それができないからアルフォンスは悩んでいるんだろうに、とハボックは呆れる。
 普通の兄弟喧嘩ならともかく、国家錬金術師になった兄の秘密主義をどうこうするなんて難しい事、ハボックにはできそうもない。
「オレには手が余るから大佐がやって下さい」と言うと。
「力になってやりたいが、お兄さんの事が判らないのはこちらも同じなのだよ。鋼のが喋らない限りアイツが何を考えているのかちっとも判らん。上昇指向があるわけじゃなし、名誉や権力を望む訳ではなし、研究バカかと言えばそうだが今一つ目的が不明だ。何が楽しくて一人で暮らしているのかちっとも理解できん。あの年頃なら異性に興味があったりやたら大人ぶったりと思春期らしい動きがあって良さそうだが、中味はまるで隠居寸前のジジイだぞ。ハボックを見習って女の尻を追っかけでもすれば可愛げがあるだろうに『女? 興味ないね。もっと大人になったら考える。金……はあるし、権力もある。体は鍛えてるし……何か問題あるか?』とあっさり流しおって。私も一度アイツの頭の中を覗いてみたいぞ」
 ロイが思いきり本音を言うと、ハボックもああ…と頷く。
「大将って、そういうとこガキらしくないっスよね。まだガキだから女に興味が湧かないのか、それとも他に好きな女がいるからそういう話題にのらないのか。いつも本ばかり読んで真面目だけど、辛気臭いっつーか。若さが足りないんスよ。引きこもりくさいっていうか。でもアウトドア派の一面もあるし、身体はちゃんと鍛えているみたいだし、自己管理ができている以上文句も言えないし」
「辛気臭いだなんて、そんなの兄さんじゃないですよ。村の友達にそんな事言ったら笑い飛ばされます。辛気臭いひきこもりの兄さんなんて、誰も信じません」
 アルフォンスがフッと溜息をつきながら言う。
「エドはガキ大将だったんだろ。……今のエドからじゃとても想像できないが。人は変わるもんだな」
「変わりすぎです。頭を打って人格変貌したわけじゃないのにできすぎですよ。九歳で国家錬金術師になって新薬の開発や次々に新しい研究を発表し、名実共に一流の錬金術師と評判になり、十一歳で独り立ちして家まで構え研究に没頭の毎日、だなんて。誰それ? って感じです。捏造八十%以上の軍の誇大広告みたいです。我侭甘ったれの兄さんは何処に行っちゃったんだろう」
「だから…きっとお前の兄ちゃんはアルフォンスの知らない所で成長したんだって」
 ハボックはそれしか言えなかった。
 エドワードが自分の弟だったらアルフォンスと同じように訳が判らないと嘆いたと思うが。
 運ばれてきたパスタを食べる上官と子供を見ながら、ハボックは自分はつくづく平凡で良かったと思った。
 上官のように出世はしたいと思うがこうなりたいとは決して思わない。ジャンルが違いすぎるのだ。
 ロイ・マスタングはイシュヴァール戦争の英雄で、優秀で国家錬金術師でタラシでいい加減で苛烈で容赦がない。その大佐と五分に渡り合う気骨溢れる齢十三歳の国家錬金術師もまた別世界の人間で、理解不能にカテゴライズされる。
 ロイの事はなんとなく共感できてもエドワードの事はちっとも判らない。
 なのに気安くなれたのはエドワードの側にハボックに対する垣根が低いからだ。他の軍人に対するような障害が低い。どうして懐かれたものだが知らないが、元々子供に馴れたハボックは悪い気はしないのでエドワードとは友好関係を築いている。
 ……にしてもエドワードは何処に行っているのだろうかと首を捻った。
 今日は誕生日だと聞いた。一言言ってくれれば食事くらいは付き合ったのに。
 大人になった自分でさえ誕生日を祝ってもらえれば嬉しい。いわんやエドワードはまだ十三歳だ。国家錬金術師でも上司でも高級取りでも、子供である事には変わりなし。独り寂しく誕生日を誰にも知られる事なく過ぎていくなんて、そんなのあっていいわけがない。
 こうして弟も訪ねてきているのだ。
 しかし肝心のエドワードはいつものように図書館か買い物らしい。全くスカしたガキである。
 ハボックがタバコの煙をぷかりぷかりと吐き出してまったりしていると、上官は何やら子供相手と会話が弾んでいる。珍しい事もあるものだと思った。
 ガキなど煩くて嫌いだと言って憚らないロイだが、アルフォンスは別らしい。そういえばエドワードとも結構会話をしている。ロイ・マスタングが子供嫌いだというのは建て前なのか、それとも賢い子供は別なのか。エドワードはともかくアルフォンスは万人に好かれそうな性格だし。
 健気、純粋、家族思い、努力家、可愛い、温厚誠実(エドワード談)……と美々しい形容詞キラキラだ。
 家族の贔屓目もあるだろうが、自慢したくなるエドワードの気持ちもなんとなく判る。確かにアルフォンスは性質まっすぐで性格の良い子供だ。
 しかし上官とアルフォンスの会話は専門擁用語が多くてよく判らない。アルフォンスも錬金術師らしい。ロイの口から出る専門用語に戸惑う事なく答えている。