第二章
恐縮そうに肩を丸める子供にハボックはイヤイヤと手を振る。アルフォンスが悪いわけではない。
それにエドワードは無茶苦茶なところもあるが、基本は常識な子供だ。軍の高官の子供の中には、相手が自分の親の階級より下ならば敬わなくてもいいと振る舞う腹立たしい無礼者のガキもいる。働いてもいないガキに見下されるのはムカつくが、将軍の子供だの元帥の孫だのには逆らい辛い。
だがエドワードは幼くして国家錬金術師になったというのに年齢にそぐわず、権力に依存せず、自分を律していた。利用できるものはとことん利用するが、必要以上に周りを見下したり上にもへりくだったりしない。自分にとって何が必要かを判っていて常識的な価値観を持っている。ハボックはエドワードの歪みのないところを気に入っていた。
「そんなに気にすんな。エドはガキくさいところがあるけど、年を考えるならもっと幼くてもいいくらいだ。階級に準じて老成してたらそっちの方が恐い。あいつまだ十二……じゃなくて十三歳だぞ。多少イラズラが過ぎるくらいの方がガキらしくて安心する。そうでなくても頭の中味が突出していて考えている事が訳判んないんだから」
「ハボック准尉は……兄さんと親しいんですか?」
そうだったら少し安心するとアルフォンスは思う。こんな都会で子供が一人でどう暮らしているんだろうと、心配していたのだ。田舎と違って都会では人の助け合いがないと聞く。それでなくてもエドワードは人に気を遣うという事が少ないので、周りとうまくやっているのかとても心配だった。
ハボックは下を向いた時にタバコの灰が落ちないように気をつけた。
「エドとは……まあ仲が良い方かな? エドは年が年だし、なのに階級がアレで、周りもどう扱っていいか判らないんだ。子供扱いするべきか、上官として命令を受ける立場でいるべきか。軍は厳しい階級社会だからな。お前さん達が思っているよりよっぽど階級の壁は厚い。オレはエドの事情ってやつを知ってるし、アイツが本当は階級なんかどうでもいいと思ってるのを知ってるから普通に話せるけど、他の奴はなあ……」
「……つまり兄さんは持て余されているんですね」
「……身も蓋もないけれど、一言で言うならそうだ。エドが天才児にありがちな傲慢で嫌味な性格なら周りも態度を決められるんだろうが、そういうとこは無頓着というか自己顕示欲は薄いからな。外見がもう少し大人になればこっちだって戸惑わずに済むんだが、今はまだ幼すぎてどう扱っていいか判らん。ガキでもエドには少佐相当の権力がある。ヘタには扱えない。取扱い要注意なんだ」
「兄さんはそんな難しい性格してませんよ。頭はともかく、性格は普通です。村では大人の言う事はちゃんと聞いていました。そりゃあ、あの正格ですから悪戯なんかしょっちゅうで叱られてばかりでしたけど。怒られても自分が悪いの判っているから最後は大人しくゲンコツを受けてましたよ」
「オレの田舎でもそういう悪ガキは沢山いるが。オレもそうだったしな。……しかし肩書きがつくとそうもいかないんだよ。エドは今や押しも押されぬ一流の国家錬金術師様だ。エドの開発したっていう薬はあちこちで使われて高く評価されてる。天才少年の国家錬金術師様は軍の広告塔だ。目立つし大総統の覚えも目出たい。そんなガキを容易くは殴れないっしょ。第一、上官に手をあげるなんて事は絶対にできない。軍人ていうのは一般常識より軍規を重んじるんだ」
「でも兄さんはそういう権威主義が嫌いな筈ですよ。権力を行使するのは好きでも行使されるのは大嫌いだから、あまり偏った事はしない筈です。理不尽が許せないから、自分も理不尽な事はしません。でも兄さんだって子供だから間違える事はあります。ちゃんと叱ってくれる大人は必要だと思います」
「ンな事言われても、エドより階級が上なのって、東方司令部ではトップの将軍か、マスタング大佐だけなんだけど……」
「大佐」
ジッと部下と子供に見られて、ロイはイヤそうな顔になる。
「私が鋼のの親代わりか? あんなガキの面倒は見きれんぞ。私は忙しいのだ。鋼のは一人で楽しく錬金術ライフしてるんだし、ヘタなポカしない限り放っておけ。第一、私が保護者ぶって意見しようものなら、あの可愛げのない顔で『オレは真面目に研究しながら自立している。何が不満だ?』…って言われるのがオチだぞ。鋼のは私の世話を必用としていない。あれは天才児の仮面を被った……変な子供だ」
ロイは他人事のようにそっぽを向いた。
ロイは女性と部下の使いには長けているが、子供の世話係としては不適当だと自分で思っている。(周囲も認めている)
だが現状、エドワードを教育監督できるのは東方司令部にいる限り、階級上、ロイしか適任者がいないのだ。
「セントラルにでもニューオプティンにでも行けばいいものを。なぜあの子はイーストシティにいるのだ」
ぶつぶつ文句を垂れ流すロイに、ハボックが言う。
「仕方がないっスよ。ニューオプティンもセントラルもリゼンブールと遠いんだし。イーストシティ辺りが丁度いいんでしょ。トラブルを起こしているわけじゃないんだから、そう目くじら立てなくても」
「誰が目くじら立ててると? ただ私は面倒事が嫌いなだけだ。ただでさえ鋼のがこっちにいるとハクロ将軍が色々言ってくるし、鋼のが事を起こせば後始末は私に廻って来るし、大総統からは鋼の錬金術師が次に何をするのかと問い合わせがあるし、仕事の息抜きすれば中尉に殺されかけるし」
「……最後のセリフは全然関係ないっつーか自業自得っスよね。中尉が恐いのは大佐のせいでしょ」
「ハボック。……貴様は誰の部下だ?」
「勿論大佐です。だからこそ上官がもう一人の上官の的になるのを見るのは堪え難いというか、とばっちりでこっちまで脅威に晒されるのは勘弁して欲しいっつーか、エドの事を言えるんスかアンタ、とか思うわけでして」
「……ハボック、貴様鋼のの言い方に似てきたんじゃないか? あのガキも人と顔を合わせる度に『また仕事をサボってホークアイ中尉に迷惑かけてんのか? 女性に苦労をかけちゃ駄目だぞ』なんて偉そうな事を言いおって。中尉には『いつもお疲れ様です。何かお手伝いできる事はありますか?』などとしおらしい態度でいるくせに。女にばかり好い顔を見せるなどイヤな奴だ」
「それをアンタが言うんスか。……大将も本当の事とはいえ大佐は上官なんだから、一応敬ってあげなきゃ。東方司令部の真の実力者が中尉だとはいえ、大佐は一応直属の上官なんだから」
「一応とか、敬ってあげなきゃとか言うな。それに中尉が真の実力者というのは何だ? 中尉は私の副官だぞ」
ムッとするロイにハボックは平然と言った。
「皆が思ってる事っス。中尉がいなけりゃ東方司令部がまわらないって。子供は目敏いし、正直っスから。サボってばかりの大佐と綺麗で真面目な中尉じゃ、エドがどっちを尊敬しているのか丸判りっスよね。中尉もエドを可愛がっているっぽいですし」
「……あの二人は仲がいいのか?」
「エドは美人で仕事のできる中尉の事をカッコイイと言ってましたよ。ホークアイ中尉は優しい女性ですから、素直に自分を慕う子供には甘いですよ」
厳しい副官が子供には優しいのだと聞かされて、ロイは面白くない。長い付き合いなのにロイはホークアイ中尉に優しくされた事などないのだ。
「……中尉はなんであんなに私にだけ厳しいのだ?」
「大佐にだけじゃないと思いますけど。怒られる要素がなくなれば大佐だって叱られませんよ。エドは叱られる要素がないし、たまに叱られる時だってシュンとして可愛いもんじゃないスか。耳垂れた子犬みたいで。大佐みたいにふてぶてしくないし、真面目で仕事はサボらないし、上官命令を連発しないし、女遊びより仕事の方が楽しいって言うし」
容赦なく上官をぶった切るハボックにロイは不機嫌な目を向けた。
「さっきから貴様は私に対して無礼すぎるぞ。私はここのトップ2だぞ」
「ならそれらしくして下さいってば。ホークアイ中尉に叱られる事がなくなれば皆が大佐を尊敬しますよ」
グウの音もでないロイは苦い顔でハボックを促した。
「それよりさっさと車をまわして来い。ぐずぐずしていると中尉に見つかってしまう」
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