第二章
その日、ロイ・マスタングが少年を見つけたのは偶然だった。
仕事の息抜き(サボりとも言う)に外出しようと表門を出ようとした時に、門番と話している子供がいた。
一般人が東方司令部を訪問する事は珍しく無い。軍に陳述や密告などをしようとする人間は頻繁にいて、だが部外者にはボディチェックのついたそれ専用の出入り口が設けられていた。
しかし子供が一人で軍を訪ねる事はまずない。軍人の子供が自分の親を訪ねてきたり、悪戯好きの子供達が忍んでくる事はあるが、堂々正面からの訪問者は少ない。
子供が保護者も連れずに軍司令部に来るなどろくな用ではないだろう。あのチビの国家錬金術師ではあるまいし………と考えて、おや? と思った。
クソ生意気な国家錬金術師の顔が頭にあったせいか、チラリと見た子供の顔に共通するものを見つけてしまった。
「おい……何事だ?」
門番と押し問答している子供に目を向けて説明を求める。
「は……それが、このガキ……いえ子供が国家錬金術師のエドワード・エルリックを訪ねてきたと言うのですが、あいにく本日は来ていないと言っても、では何処へ行けば会えるのだとしつこく聞いてきまして」
ロイ・マスタングに問い質された門番はしゃちほこばって応える。
「エドワード・エルリック? ……君は彼とはどのような関係だ? 面会の目的は?」
視線を下にやると茶金の髪の素直そうな子供と目が合った。小奇麗な服装と荒みの欠片も見えない外見から判断すると堅い家庭の子供だろう。裕福ではないが貧しくも無い、平凡な家に育った子供に見えた。裏路地にいるストリートチルドレンとは違う。
少年はまっすぐにロイを見るとペコリと頭を下げた。
「こんにちは。初めまして。ボクはアルフォンス・エルリックと申します。突然押し掛けてすいません。兄のエドワード・エルリックを訪ねてきたのですが、こちらには来ておりませんか?」
「君があの鋼のの弟か。……そういえば写真を見た事がある。……ヒューズが持っていたものだ。……ああ、間違い無い。本人だ。……初めまして、ロイ・マスタング大佐だ。君ら家族の事はヒューズから聞いている」
「ヒューズ少佐ですか? じゃあアナタがこちらで兄がお世話になっているマスタング大佐なんですね。いつも兄がお世話になっております」
「お世話という程互いに顔を合わせているわけじゃないがな。世話でいったらヒューズの方だろう。ちなみにヒューズは昇進して中佐になった」
「そうなんですか。知りませんでした。ヒューズ中佐には母が入院中お世話になりました。今でもグレイシアさんと時々電話で話をしています」
「鋼の母親がセントラルに入院していた頃、ヒューズ夫人がミセス・エルリックと親交を深めていたそうだからな。君の事も御存じなんだろう」
「はい。セントラルに母と兄を訪ねた際に泊めていただきました」
「ヒューズ家はアイツを筆頭にお節介やきだからな。グレイシアも結婚して夫に似たのか。……まあ、それより君は兄を訪ねてきたんだっけな」
「はい」
「しかし鋼のは……エドワード・エルリックはここにはいない。彼は軍属とはいえ軍人ではないから用事が無い限りこちらへは毎日来ないのだ。自宅か図書館に篭っている方が多い。国家錬金術師は査定時に結果を出せればそれで済む自由の身だからな。自宅にはいないのか?」
「それが……」
アルフォンスは困った顔になる。
「兄さんは家にはいませんでした。外出中だそうです」
「誰がそんな事を?」
「兄さんの家にいた家政婦さんです」
「君は兄に連絡してこちらに来たのではないのか?」
「いいえ。実は兄さんには内緒でこっちに来たんです」
「まさか一人で?」
少年の側にある大きな荷物を見て判断する。
「はい。ボク一人です」
「親御さんは?」
「母さんは家です。イーストシティにはボク一人で来ました」
「まさか家出か?」
「いいえ。ちゃんと母の了承は得てきました。母さんに心配かけるなんてできませんから」
利発そうな目をしてきびきびと答えるアルフォンスに、ロイはさてどうしようかと思った。
「鋼のが家にいないとは……。こちらに来ていないとなると図書館にでも行ったか、もしくは買い物にでも出ているのかもしれない。だがその買い物が遠出なら今日中に帰ってくるか判らん」
「そんな……」
アルフォンスは増々困った顔になった。
エドワードは研究に必要な材料を購入しているが、配達に時間が掛かったりするものだと自分で取りに行ってしまう事がある。遠出などしょっちゅうだ。
自由勝手がきくせいかフットワークが軽く、しかも短気ときている。
何日も家を空けるようなら一言司令部に伝言がある筈だが。エドワードは未成年なので、一応建て前としてその所在は掴んでおかなければならない。イーストシティにいる限り、エドワードの上司はロイ・マスタングなのだ。だから遠出の際は伝言が残っているはずだが、今日はそのような伝言は司令部にはなかった。つまり近場にいるのだろう。
「鋼のに会えないと困るのか?」
「いえ、待つだけなら大丈夫なんですけど。兄さんの家にいた人も中で待てばいいと言ってましたし」
「連絡も無しに来て、鋼のがイーストシティにいない事を考えなかったのかね?」
「はい。……たぶん家にいるだろうと思いまして。今日は母から連絡が入るはずなので、兄さんも夜には戻ると思います」
「母親から? 何故?」
「今日は兄の誕生日なので、母が電話してくる事は判っている筈です。だから忙しくても連絡もなく留守にはしないと思います。兄さんは我侭な人ですが、母さんとの約束はちゃんと守りますから」
「鋼のが誕生日か。……じゃあ鋼のは今日から十三歳か。早いものだ。あれから四年近く経つのか」
「だから今日は絶対に家にいると思ったんです。夜には帰ると思いますから、きっと図書館かどこかにいるんでしょう。近所を探していなかったら家で待ってます」
軽く頭を下げて踵をかえそうとしたアルフォンスの背をロイが止める。
「待ちたまえ。良ければ私も一緒に行こう」
「大佐が? ……いえ、それには及びません。お忙しい大佐の手を煩わせてしまっては兄に叱られてしまいます。一人でも大丈夫です」
「いいや、別に君に気を遣ったわけではない。私は昼食がまだなのだ。良ければ付き合っていただけるとありがたいのだが」
ロイの申し出にアルフォンスはキョトンとなった。
「それはいいのですが……。軍にも食堂があるんじゃないんですか?」
見事な切り返しにロイの言葉が詰まった。
「……ランチタイムが過ぎると食堂もメニューがなくなるのだ。息抜きもかねて外に出ようと思っていた所だ。遠慮はいらん。ついてきたまえ」
さっさと歩き出したロイにアルフォンスは慌てて付いて行った。
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