第四章
「……するってえとなんだ? テメエらは未来の世界からやってきたって事か?」
グリードはらしくなく珍妙な顔をした。
「嘘は言わねえって言っただろ? 同じ事を何度も言わせんな。言葉の真偽が分かるってぇんならさっさと信じて話を進めろ」
「…………ほー……んな話、初めて聞いたぞ。そりゃ面白ぇ。……へー、じゃあアンタら二人はこの時間の人間じゃねえって事か。……ふへーなんかスゲエなあ。だから鎧君は身体がねえのか。……そうか」
エドワードの話をにわかには信じられないが嘘ではないと感じ取り、グリードは素直に驚嘆した。
「長く生きて色々なモンを見てきたが、ンな話は初めて聞いたぞ。……いやあ、スゲエスゲエ」
グリードの目が蛇のように光る。
「んじゃあ、テメエの錬金術を使えばオレも過去の時間に戻れるって事か?」
「理論上では……な」
「なら、物に魂を定着させて永遠の命を得るよりも過去の時間に戻った方が面白いじゃねえか。都合の悪い事が起こったら過去に戻ってなかった事にすればいいんだし。究極の反則技じゃねえか。最高だぜ」
「そううまくいくなら…な」
「うまくいかねえのか?」
「当たり前だろ。時間移動の錬金術は人体錬成より難易度が高い。成功する確率は限りなく低いし、仮に成功したとしても移動できる時間は特定できない。一年前に戻るのか、十年前に戻るのか。……それに移動できる時間幅はオレが錬金術を使う場合、たった十五年だ」
「どうしてだ?」
「オレが生まれる前の時間には戻れないんだよ。錬金術の基礎は理解にある。オレはオレの肉体が構築されて魂が発生する前の時間の流れは理解できない。つまりは十五年以上前は遡れないんだ。あんたにとって十五年なんてほんの短い間だろ。そんなんで過去に戻る意味はあるのか? それに過去に戻るのは魂や精神だけだ。肉体は元の時間に置いていく。つまりは死ぬって事だ。失敗するかもしれないのにリスクは高い。そこまでするメリットあるか?」
「そう言われりゃあんまり利益はねえな。……けどテメエらはやったんだろ?」
「オレ達は瀕死の状態だったからな。他に選択肢がなかった。肉体を代償にしてオレは時間移動を成功させた。だがその際に弟の魂はオレの中に取り込まれ、うまく移動できなかった。だから弟は今の時間の弟の身体には入れなかった」
「へえ。……色々面倒なんだな。しっかしするってえと、要は未来から来た自分の魂が過去の自分の身体を乗っ取るって事だな。……じゃあ過去の自分の魂はどうなるんだ? 追い出されるのか?」
「一つの身体に二つの魂の同居は可能だが、その際どちらかの魂は後ろに引っ込まなければならない。魂は同じものだからどちらが強いとは言えない。オレの場合は事情があって未来のオレの魂が表に出てるが、他の人間が時空移動した時には過去の自分に取り込まれるかもしれない。どっちが主導権を握るかは自分自身との話し合いによるな」
「なんでテメエは主導権を握れたんだ? この時間のテメエはどうして自分の身体を未来の自分に譲った? 普通は譲らないもんだろ?」
「オレ達の母親は病気だった。助けるには未来のオレの知識が必要だった。魂同士は一々説明する必要がない。互いの考えは入った瞬間すぐに分かる。過去の時間、つまり『この時間のオレ』は未来に何があるか瞬時に悟って眠る事を選んだ。家族を護る為には本来の『オレ』ではなく未来のオレが必要だった。『オレ』はいつでも最善と思う策を選ぶ」
「へえ。だからテメエは表に出る事ができたのか。……じゃあオレが過去に戻っても主導権を握れない可能性の方がデカイって事だな。オレはオレ自身であっても自分のモンが捕られるなんて我慢ならねえからな」
「アンタは強欲だからな…グリード。アンタがそう選択しないって分ってるから時間移動の事を話した。絶対に他のホムンクルス達に知られるわけにはいかない。知ればホムンクルス達は……いや『お父様』は必ず錬金術師達にその原理を解きあかさせようとするだろう。あれは禁術中の禁術だ。絶対にやってはならない事だ」
「テメエはやったじゃねえか」
「そのせいで『この世界』だけ他の時間軸と離れてしまった。……この世界は本来ある世界とは違い、独立している。歴史が変わったからだ」
「……そういう事はよく分からんが、オマエらがオレの事を知ってる理由は分った。……未来の世界のオレとオマエは出合ってたんだな?」
「まあな。テメエはアルフォンスの身体の事を知って、アルを攫った。永遠の命を得る情報を知る為に」
「それでどうなったんだ? オレはその情報を手に入れる事ができたのか?」
エドワードは言い難そうに声を絞った。
「いや……オレはキング・ブラッドレイ、この国の大総統にあとをつけられていた。アンタの存在を知った大総統は軍を動かし、デビルズネストの連中を……皆殺しにした」
「おい……嘘だろ?」
「本当だ。……ここの連中は……誰も生き残れなかった。全員……死んだ」
グリードの目が厳しいものになる。
「兄ちゃん、嘘言ってんじゃねえよ。うちの連中は軍の精鋭部隊にだって負けるような連中じゃねえぞ。なぜなら…」
「特殊工作部隊にいた元軍人で、キメラとしての能力も手に入れた戦闘能力の高い人間達だから…だろ?」
「それも知ってんのか」
「アンタが説明してくれたんだ。……未来のな」
「納得いかねえ。オレがいながらそんな真似をさせるわけがねえ。……一体未来で何が起こった?」
「オレも現場にいたが……アンタが倒されるのを見たのはオレじゃなくアルだ」
「そうです。突然ここに軍隊が入ってきて制圧が始まって、皆は殺されて……グリードさんは大総統に……斬り刻まれました。再生の能力もおいつかないほどのスピードで斬られて。……ボクは縛られていた上に身体の中でマーテルさんを殺されたショックで意識を失ってしまって……。最後はどうなったか分かりません」
アルフォンスの説明をグリードは信じられないという顔で聞いた。
「マジかよ……嘘だろ? オレが大総統にやられたっていうのか? ホムンクルスのオレがたかが人間ごときにしてやられるわけねえっ」
「大総統は人間じゃねえよ。アイツもホムンクルスだ」
エドワードが更なる爆弾を落とす。
「ホムンクルス? ……大総統が?」
「そうだ。グリード、テメエの兄弟だよ、大総統は。………アンタは兄弟喧嘩に負けたんだ。……たぶん」
「大総統……キング・ブラッドレイがオレの兄弟? 嘘だろ? だってアイツ、普通の人間だろ? 軍で下からのしあがってきた叩き上げの独裁者だって聞いてるぜ。ホムンクルスは年をとらない」
「ホムンクルスの中には成長し老いる者もいるらしい。……よくは知らないが、大総統はホムンクルスだ。隻眼の隠された目にウロボロスの印がある」
「成長するホムンクルス? ンなのありか?」
「『ありえない』なんて事はありえない。……その台詞を吐いたのはアンタだろ、グリード。この世界はなんだってアリだ。賢者の石を核に動くホムンクルスもいれば、国を陰から何百年も動かしてきたバケモノもいるし、時間の移動を成してしまう錬金術師もいる。人間のように成長するホムンクルスがいてもおかしくない」
「……それもそうだな」
エドワードの説明にグリードは素直に頷いた。国と軍を動かしているのが『お父様』とホムンクルス達なら、大総統がホムンクルスでも何ら不思議はない。
さすがに未来の自分が殺された事はショックなのか、顔付きが真面目になる。
「今回はつけられてねえだろうな? 特にホムンクルスの中には自在に姿形を変えられる奴もいる。うっかりオレの事が知られたら面倒だ。ここでのんびり暮らしてんのに、また姿をくらますのはしち面倒臭え」
「それは大丈夫だ。オレだって用心している。エンヴィーの能力はやっかいだからな。あの変身能力だけは用心してもしきれない。細心の注意を払っている」
「お前、エンヴィーと会った事あるのか?」
「未来の世界で何度かね。……元の姿も知っている」
「へえ、あの姿をねえ。あれを見られて、よくエンヴィーがテメエを生かしといたもんだ」
「オレは人柱だからな。痛めつける事はできても殺す事はできなかったのさ」
エドワードは細かい説明を省く。グラトニーの腹の中に吸い込まれた説明をする必要はない。
「人柱か。お前、扉を開けたんだよな。人体錬成をこんなガキがやっちまうなんてな」
「だが失敗した」
「ガキのくせに大胆な事してんな」
「おかげで手足を失って……それを取り戻す為に軍に入り、ホムンクルス達に目をつけられた」
「軍に入ったんだよな。……それでヤツらの目に留まったのか。テメエから虎穴に入るとは失敗だったな」
エドワードは頷いたが内心喋りすぎたと思った。軍に在籍している事が分かれば身許は容易に判明する。故郷に母と弟がいる限り、なるべく正体は秘密にしておきたかった。
「……オレは情報を提供した。……次はアンタの番だ。協力するか否か。……決めろ」
「決めろったって……すぐに返事ができるかよ」
「先に未来のアンタがオレ達に取り引きを持ちかけたんだ。オレ達は急いでいる。ちんたらしてたらアルの事まで嗅ぎ付けられちまう。中身のない鎧なんて軍に知られたら面倒な事になる」
「オマエらはオレの賢者の石を使って何をしようっていうんだ?」
グリードの問いにエドワードは初めて笑顔を見せた。
「それは…………」
エドワードの答えを聞いて、グリードは身体をのけ反らせ、大笑いした。
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