第四章
「……じゃあそういう事で。近いうちにまた来る」
「約束は守れよ。錬金術師」
「アンタが約束を守る限り、こちらも裏切るような事はしない」
「等価交換か」
「ああ」
エドワードは最後まで友好的とは言い難い態度だったが、グリードは最後まで楽しげだった。予想外の話が聞けたからだろう。ホムンクルスの度胆を抜ける話題はそうそうない。
「もう、兄さん。どうしてそう喧嘩腰なの? 協力し合うんだからもうちょっと仲良くしようよ」
アルフォンスの方がハラハラしている。
「はん、オレ達は協力者じゃなくて共犯者だ。仲良くする義務はねえ」
「そっちの兄さんと違って、鎧君はイイ子だなあ。兄さんもちょっとは見習えよ」
「うるせー。アルはお人好しなんだよ。アンタらみたいなあからさまな悪党にまで友好的になりやがって。誘拐されて情が湧いたか? でもそりゃ錯覚だぞ。誘拐犯と人質の間にわく共感性は一種の自己防衛本能だ。シンパシーを感じる事で一方的な被害者にならない為のな。……って聞いてんのかよ?」
マーテル達と仲良く別れを惜しむアルフォンスに、兄が怒る。
「あの弟君も大物だなあ。昨日突然ここにやってきたと思ったら、いきなり『あー、グリードさんだ。こんにちはーお久しぶりです、じゃなくて初めまして。ボクアルフォンスと言います』とか言って一方的に喋り始めて、いつのまにか交渉に入ってるし。その上『明日兄さんが来ますので、詳しい事は兄さんと詰めて下さい。今日はここに泊まりますね』と言って居座りやがった。図太いというか図々しいというか、ありゃすげえな。中身空っぽのくせに堂々としすぎだ。いくら元いた世界のオレ達と仲良くやってたからって、オレらにとっちゃ初対面なんだぜ。肝が座りすぎだ」
「アルは押しが強いからな。…それにアンタらはアルを知らなくても、アルは未来の世界でここの連中とそれなりに馴染んでた。生きてる姿を見れて嬉しかったんだろ。死んだ人間ともう一度会えるのが過去移動の最大の利点だ」
「本来ならみんな殺されてたなんてな。信じ難いが、本当なんだろ?」
「嘘は言わねえ。軍はアンタらの事を知れば確実に消しにかかる。……あんま浮かれて軍に目をつけられるような事をするなよ。……本当ならアンタらは殺されてる筈なんだ。オレは過去を変えちまった。それがどう作用するか、誰にも分からない」
「それはこっちの台詞だ。軍につけられてこっちを巻き込まないように気をつけろ。……なあ、オレがオマエらに会った事は運が良いって事か? 死ぬはずの命を拾ったんだからな」
「それはどうかな? 今の時間、オレ達がここに来なければアンタとオレの接点はなかった筈だ。それをあえて会いに来た。ホムンクルスに見付からないように気を付けてはいるが、危険だ。会うのは必要最低限にしといた方がいい」
「ああ……エンヴィーは馬鹿だが変身能力があるし、ラストは頭がまわりグラトニーは鼻がきく。確かに面倒だ」
「自分が可愛いんなら頼むから大人しくしててくれよ。アンタが捕まったらオレ達の情報も漏れる。一蓮托生なんてゴメンだ」
「危険はお互い様って事だな」
「オレ達はグリードと違って永遠の命も再生できる身体もない。ホムンクルスと正面きってやり合いたくない。殺しても死なないなんて反則だぜ」
「やりあって死にかけたらまた過去に移動すりゃいいじゃん」
「簡単に言うな。成功率は限り無く低いんだぞ。命綱無しで濁流に飛込むようなもんだ。それに代償に肉体を捨てなきゃならねえ。同じ事もう一度繰り返すなんて、やなこった」
「兄ちゃんは面白いねえ。弟君も楽しいが、オレはオマエが気に入った。……また来いよ。次に来る時には手土産くらい持ってこい」
「アンタらにやるもんなんて…………無くもない、か」
エドワードはゴソゴソと懐を探って小さな布袋を取り出した。
「……ほら、やるよ」
「なんだこれは?」
グリードが中を開けると小さな石が出てきた。
「これは?」
「…なんとかっていうダイヤだ。軍の金庫から強奪した」
グリードがダイヤを光にかざす。一目で分る品質と大きさに警戒する。子供が持つような物ではないし、人に簡単にくれてやれる物でもない。
「これどうしたんだ? どうやって手に入れた? 泥棒にでも入ったのか?」
「違う」
「じゃあどうやったんだ? こっそり摺り替えたとか?」
「いや。……今セントラルでは軍関係者を狙った幼児連続誘拐事件が発生している。これはその犯人に身代金として奪われた物だ」
「テメエが取り返したっていうのか?」
「違う」
「じゃあなんでお前が持ってんだ? それに軍の所有物なら勝手にくれちまうのは不味いだろ」
「誘拐犯に強奪されたって言っただろ。それを持ってるのは誘拐犯だ」
「じゃあ誘拐犯から取り上げてネコババしたのか?」
「違う。……察しが悪いな」
「ちっ、面倒だな。分りやすく説明しろよ」
「オレ達が誘拐犯だからだ」
「へっ?」
「アルとオレが子供を誘拐してそれを軍から奪った」
「……嘘だろ?」
「本当だ」
エドワードの仏頂面を見て、グリードは「やるじゃねえか」とゲラゲラと笑った。
あまりに予想外の言葉に笑うしかない。目の前の子供はビックリ箱より面白い。ここまで興味を引く人間に出会ったのは生まれて初めてだ。
「くははは。なんか楽しい事してるじゃねえか。なんでお前ら誘拐なんてしたんだよ。金目当てか、違うよな?」
「錬金術師がそんなもの欲しがるかよ。犯罪犯すなら金でもダイヤでも作っちまった方が早え。錬金術師はその辺の石ころを簡単に宝石や金に変えられんだぜ」
「そういやそうか。じゃあなんで宝石なんて欲しがったんだ?」
「欲しいのは宝石じゃねえ」
「じゃあ何が目的でンな事をした?」
「一時軍の目を眩ませたかった。今軍は誘拐犯と国家錬金術師殺人犯を追うので忙しくなっている。軍が慌ただしい方がオレ達は自由に動ける」
「その為だけにガキを攫ったっていうのか? らしくねえな」
「それだけじゃないが…。グリードには関係ない話だ。……それやるからさばくなりなんなりすればいい。……けど軍は血眼になって証拠品を追ってるからそのままじゃヤベエ。裏に流すんなら砕いて加工しろよ」
「オレにくれちまっていいのか?」
「構わない。宝石が必要なら自分で作るって言ったろ。オレはいらねえ。持ってるのも邪魔だから捨てようと思ったくらいだ」
「いらねえ物をわざわざ軍から奪ったのか」
「身代金に現金は重いし邪魔だからな。宝石は軽くていい。それは用済だ。オレらはいらないからアンタにやる。用心の為にちょこっと色を変えてあるけど、見る人間が見れば盗まれた物だと分かっちまう。いらないなら返せ」
「それなりに価値ありそうだし、とりあえず貰っておいてやるよ。……しかしつくづく面白えガキ共だな。もっとゆっくりしてけよ。色々話をしようぜ」
「アンタと話す事なんてない。時間もない。悠久の時を生きてるアンタらと一緒にすんな。人間の時間は短いんだ」
「やだねえ、ガキは余裕がなくて。……まあいい、また来いよ。歓迎すんぜ」
「一ヶ月以内に来る。……じゃあな」
エドワードは名残り惜しげなアルフォンスを引張って店を出た。
エドワードとアルフォンスは周囲に気を配り、自分達を見ている人間がいないか用心しながら、イズミの店とは反対方向の道を歩いた。カーティス精肉店へ戻るのだが、用心の為だ。ぐるぐると回り道しながらゆっくりと夜道を歩く。
「……これでまた一つ計画が進んだ」
エドワードはポツリと呟いた。
「今のところ順調に進んでいるね」
「ああ」
「……あんまり遅く戻ると師匠に怒られちゃうんじゃないの?」
「言うな、弟よ」
エドワードはグリードには見せなかった情けない顔で背後を振り返った。後ろから誰もつけていないのを確認して、道を曲がる。イズミには迷惑を掛けられない。エドワードの向う先を知られるわけにはいかなかった。
天上に浮かぶ満月が再び同じ形になるまでの間に、全てを終わらせなければならない。
「アルフォンス」
「なあに?」
「サテラさんの赤ちゃん、ちゃんと生まれたぞ」
「わあ、良かった。リドルさん達元気だった?」
「ああ。オマエが医者を呼んだんだろ?」
「うん。そうした方がいいと思ったから。……余計な事だった?」
「いや。アルは正しい事をしたよ。オレが始めからそうすべきだったのにな」
「兄さんは悪くない。歴史はなるべく変えない方がいいよ」
「ああ」
エドワードは手を伸ばしてアルフォンスの手を握った。
「兄さん?」
「誰も見てないからこのまま帰ろうぜ」
「うん」
弾むような弟の返事に、エドワードは握る手を強くした。
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