第弐章
「オマエ、セントラルで噂になってるぞ。最年小国家錬金術師だって?」
「最年少だっ! さりげなく意味を取り違えんな!」
ホーエンハイムを中央駅で見つけた兄弟は強引に父親を隠れ家まで引張っていった。
ホーエンハイムは突然現れたエドワードに驚き色々話し掛けてきたが、アルフォンスに言い含められていたエドワードは口数少なくホーエンハイムの手を引いた。
辺りにホムンクルスがいないか確かめ何度も道を変え、グルグルと歩き回り、ようやく隠れ家に入る。
エドワードは父親が逃げないと分かると手を放した。父親であれ男と手を繋ぐ趣味はない。エドワードの手を握っていいのはアルフォンスだけだ。
もう片方の手はカエルのアルフォンスを抱いていた。
アルフォンスは家に入るとピョコンと兄の手を離れ、トコトコと父親の前に来る。シュールな光景だ。
ポカンとするホーエンハイム。
「……父さん、驚かないでね。ボク、こんな姿をしてるけど、アルフォンスです。あなたの息子です。あの……お久しぶりです」
緊張しながらアルフォンスが言うと、ホーエンハイムはマジマジとヌイグルミを見た後「オマエが……アルフォンス?」と緊張感のない声で聞いた。
「はい」
アルフォンスの方がドキドキしていた。
「アルフォンス……。本当に? 何故そんな姿に? 人間? ……オレの息子はいつのまにぬいぐるみになったんだ?」
「こんな姿を見て急に納得しろって言われても難しいだろうけど、本当なんです。ボクはアルフォンスです」
「……赤ん坊の時はトリシャに似てると思ったんだが、成長すると変わるんだな」
「んなわけあるかぁぁぁっ!」
エドワードの突っ込みとホーエンハイムの天然ボケに、アルフォンスはこれが自分の父親かと兄の苛立ちをホンの少しだけ理解したのだった。
「ところでどうして俺があそこにいると分ったんだ? 誰かに聞いたのか?」
ホーエンハイムは突然現れた長男の姿に不思議そうに聞いた。
目的の為に各地を放浪し、家族と疎遠になっていたのに、成長した子供が突然現れて「クソ親父、久しぶりだな。オレが誰だか分かるか?」と睨みつけてきたのだから、大抵の事には動じないホーエンハイムもさすがに驚いた。
「家族の事で大事な用がある。……ついて来い」と再会の挨拶もそこそこに手を引かれ歩き回され、知らない家につれてこられた。
ホーエンハイムは人の住んでいる気配のない家を見回す。
「この家は誰のものだ? 家の人は?」
「この家はオレのもんだ。二年前に買った」
「エドワードが? 金持ちだな。……の割に使ってないようだが」
「隠れ家に使ってる秘密の場所だ。名義も変えてあるからオレのだとは誰も知らない」
「隠れ家? 子供の秘密基地にしては遊びの範疇を越えてるなあ。最近の子供ってみんなそうなのか?」
「誰が秘密基地だ! オレを幾つだと思ってるんだ、このいい年したピーターパン感覚の家出親父がっ!」
「ええと……エドは今十二歳くらい……か?」
「十五歳だ! アルフォンスは十四歳!」
ホーエンハイムはエドワードを上から下まで観察した。
「……十五歳? …………小さいのはトリシャの遺伝かなあ?」
「ンギャーーッ! だーれが遺伝子に刻まれた運命的なチビだ!」
「顔は俺に似てるのになあ」
「似てねえっ! オレは髪の色こそこれだが、母親似だ!」
「トリシャはもっと優しい顔立ちだぞ。エドは若い時の俺そっくりだ。ほら、後ろ毛の感じもよく似てる」
「真似すんな、クソ親父!」
「お前が真似したんだろエド。子供はなんでも親の真似をしたがるなあ」
「誰がテメエの真似なんかするかーーっ!」
二人の会話が途切れないのでアルフォンスは中々口を挟めない。
喧嘩腰のスキンシップを見ながらアルフォンスは、兄さんと父さんは距離がなくて羨ましいなと思った。会話はズレているが二人の間に遠慮はない。
しかし家族の再会を懐かしんでいる暇はない。
アルフォンスはボケとツッコミで会話している家族から離れると、感傷を捨ててヌイグルミから魂を抜き、元の鎧の身体に戻った。
「兄さん。そんな事を話してる場合じゃないでしょ。まず父さんにこれからの事を説明しなくちゃ」
「アル……」
後ろから三つ編みを引張られ、エドワードも我に返る。
「父さん。ボクらは父さんに頼みがあるんだ。話を聞いて」
ホーエンハイムは突然現れた巨大な鎧と床に転がったヌイグルミを比べ見た。
同じ声に呆然と見上げる。
「お前……もしかしてこっちもアルフォンスなのか?」
「やっぱりすぐに分かるんだね。凄いや父さん。そう、ボクはアルフォンスだよ。ヌイグルミじゃなく本体はこっちなんだ。驚いたでしょ?」
「……驚いた。でっかくなったな。十四歳には見えないぞ」
「……父さんの驚きって何処に照準が合ってるのか分からないねえ。…とりあえず落着いて話し合おうよ、ね」
アルフォンスはそう言うと、有無を言わさず二人の首根っこを掴んでリビングルームに引き摺っていく。
「口調は柔らかいけど、有無を言わせない雰囲気…………トリシャを思い出すなあ……」
しみじみしたホーエンハイムの声。
「うるせー。母さんは優しい女神みたいな人なんだよ」
エドワードはアルフォンスに持ち上げられたまま父親を蹴飛ばした。
「まず、どこから話そうか」
エドワードとアルフォンスが並んで座り、その向いにホーエンハイムが座る。
ホーエンハイムは並んだ息子達を不思議そうに見比べた。
父親が何を聞きたいのか分かる息子達は、互いに横を見て目で会話する。
説明しなければならない事が多すぎ、そしてそのどれも言い辛い事ばかりだ。
「……とりあえず親父。……信じられないだろうけど聞いてくれ」
「うん、聞いてるよ」
「途中口を挟みたくなる事は沢山出てくるだろうけど、まずは全部聞いて欲しい」
「聞いてるから早く言え」
「そんな事あるわけないとか、デタラメだとか、夢でも見たんじゃないのかとか、気がおかしくなったとか、偽物だとか、アンタを嵌めようとしてんじゃないのかとか、色々と言いたい事があるだろうけど、まずは聞け」
「だから聞いてると言ってるだろう」
「じゃあ……とりあえずこれを見ろ。まずはそうなった原因から話す」
「どれだ?」
エドワードは右にいるアルフォンスを見た。
「アル」
「うん。……父さん、驚かないでね」
アルフォンスは兄に頷くと、ゆっくりと鎧の頭部を外した。
「………………………………………………ほう」
ホーエンハイムは頭部を外し鎧の内部が空である事を示した自称息子を見て、感嘆の息を漏らした。
「中身がないな」
「親父……アルは今こんな状態だが、間違いなくアンタの息子だ。……オレの弟だ。信じろ」
「エドワード」
「……なんだ? 何を聞きたい? こうなった原因か? それはこれから話す」
「アルフォンスは…………何処に身体を落としてきたんだ? そんなものまで忘れてくるなんて、アルのうっかりさんはトリシャ似なんだなあ」
「んなわけあるかーーっ!」
目を剥いたエドワードに、隣で緊張しながら聞いていたアルフォンスは、会話が進まないのはエドワードだけの責任じゃないなと、自分の父親像が崩れていく音を聞いた。
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