第弐章
アルフォンスはヌイグルミ姿なので他の人間に聞かれないように用心しながら小声で話し掛ける。
「でもさあ。なんでわざわざヌイグルミを店で買ったの? 錬成しなかったのはなんで?」
「ばーか。万が一見咎められたら、どこで手に入れたのかちゃんと説明できる方がいいだろ」
「兄さんは国家錬金術師なんだから、錬成したって言っても誰も変に思わないよ。どうせ使い終わったらエリシアちゃんにあげるんだし、お土産だって言えば誰も不審に思わないのに」
「………………細かい事にこだわるな、弟よ。金は使ってこそ流通は成り立つのだ」
「…………そういう事にしとこうか」
たぶんエドワードの頭の中では錬成した人形=犯罪(悪巧み)使用目的、となっているのだろう。分りやすい。
まあ兄の趣味はアレなので、エリシアにプレゼントする事を考えると市販の物を使う方が無難かもしれない。
今アルフォンスは全長四十センチのカエルのヌイグルミの中に入っている。
カエル。少女が貰って悦ぶだろうか。微妙だ。
アルフォンスはそれを選んだ兄のセンスの微妙さに感想を控えた。
玩具屋にはウサギだのクマだの女の子の悦びそうな色とりどりの人形やらヌイグルミやら沢山あったのに、なぜエドワードは緑鮮やかなカエルを選んだのか。
「だって、カエルってカエル色じゃん」
「緑色って事? それが選んだ理由? 兄さんて緑色が好きだったっけ?」
「考えても見ろよ。ウサギがピンクなのはおかしいだろ? クマがあんな犬くさい顔付きなのは変だよな? リアリティーがないぜ」
「リアリティー……」
確かに本物のクマは顔も恐いし色も黒っぽく可愛げがない。リアルなクマのヌイグルミがあっても絶対売れない。ウサギだって本物は無彩色か茶色だが、女の子をターゲットに売るなら、パステルカラーが無難だ。
それをおかしいとエドワードが真実を追求した結果らしい。
「カエルはどう見てもカエルだからな」
まごうことなきエメラルドグリーンのカエルのヌイグルミのアルフォンスは、やっぱり自分が作れば良かったと思った。
セントラル中央駅で待つ事三時間。エドワードとアルフォンスは退屈しながらもそれなりに楽しく人間観察をしていた。
目的は父親を見つける事だが、兄弟が揃って外に出られる機会はなかなかないから、目的は目的として、いい気分転換になっている。
全体が見渡せる位置に立ってエドワードは目を凝らす。
アルフォンスは小さな声で言った。
「兄さん。父さんに会っても喧嘩腰にならないでね」
「それは……なるべく努力する」
「努力じゃなく約束して。私情を挟まず冷静に対応しなくちゃダメだよ」
「うっ………だって………条件反射で身体が反発しちまいそうだ」
「抑えてよ。ここで冷静に話し合えなかったら父さんに会う意味ないじゃないか。全部がパーになるかもしれないんだよ。父さんに協力してもらわなきゃ、ボク達は動けないんだから」
「分ってる、アル。だからあのクソ親父を掴まえようと見張ってるんだ。首根っこひっ掴んでふん縛って絶対に言う事を聞かせてやるぜ」
「だから……なんでそう喧嘩腰なの? 兄さんが冷静に動けないんだったら、父さんに再会した後ボクが話を進めるよ?」
「でもアルはその格好じゃ……」
「そうなんだよね。この姿でボクがアルフォンスだって理解してもらうのは時間がかかるよね。でも兄さんが父さんを力づくでどうこう、っていうより遠回りじゃないと思うけど?」
アルフォンスの嫌味にエドワードはわざとらしく顔を逸らす。
「とにかく、兄さんは父さんを見つけたら声を掛けて自然に誘導する事。怒るのも話し合いも、まずは人のいない場所で落着いてからね」
「分ってる」
「本当に? 父さんに小さいって言われても絶対にキレないって自信ある?」
「だーれが豆粒並のドチビだってぇぇぇっ!」
「…………駄目だこりゃ」
アルフォンスはカエル姿でがっくりと肩を落とした。
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