第弐章
「……それで、次の誘拐はいつにするの?」
セックスの甘い空気など微塵も感じさせない雰囲気で、二人は次の計画を話し合った。
連続幼児誘拐身代金強奪事件の犯人は、エドワードとアルフォンスの兄弟だった。勿論ヒューズの娘エリシアを誘拐したのも彼らで、一連の事件の全てはエドワードが考えた。
計画を立てたのはエドワードだが、実行したのはアルフォンスだ。エドワードは事件への関与を疑われない為に、実行には加わっていない。
「次で最後だ。……でもちょっと時間を置くつもりだ」
「どうして?」
「他にやる事がある。それに模倣犯が出てきたからな。少し時間を置いて様子を見たい」
「やる事って?」
「言っただろ。あのクソ親父がセントラルに来る。師匠からの情報だから間違いないと思う。明日か明後日辺りに現れるはずだから、明日は駅を張る」
「いいな。ボクも早く父さんに会いたい」
「オレは会いたくない! あの野郎の顔を見たら殴らずにはいられない。……けど今回の計画にアイツは絶対に必要だ。ムカつくけど見つけて連れてくる」
「ボクも行きたいなぁ」
アルフォンスが羨ましげに言ったが、エドワードは首を横に振る。
「駄目だ。オマエの外見は目立つ。今アルの事が外に漏れたら計画がブチ壊しになる。今は大事な時だ。ここに連れて来るから大人しく待ってろ」
「兄さん。分ってるけどさ………それでもやっぱりボクも行きたい。だってボクが父さんに最後に会ったのは赤ん坊の時なんだよ。一緒に探したい」
アルフォンスが寂しそうに言うのでエドワードは可哀想になった。アルフォンスは誰とも会話する事なくこの家に隠れている。エドワードと一緒に外に出たいという気持ちも分かるのだ。
それにアルフォンスはエドワードと違い父親を嫌っていない。嫌うほど覚えていない。エドワードがホーエンハイムを嫌うのは、振り向かない父親の背中を覚えているからだ。
「オマエな……オレが好きで親父を探すと思ってるのか? オレは用がなかったら会いたくねえのに。できるなら代わって欲しいくらいだ」
「じゃあ代わって」
「無理言うな。真っ昼間の駅でその姿を見せるのは不味い。何の為にここに隠れてるんだよ。それにその姿で親父にアルフォンスと名乗ってすぐに信じてもらえると思うか?」
「…………やっぱりこの姿じゃ駄目かな?」
大きな身体でしょげる弟に、エドワードは懐柔される。
「うーん……会わせてやりたいけどその格好じゃマズイしなあ……。あ、そっか。『例の仕掛け』で行けばいいんじゃないか」
「例の仕掛け……ああっ」
アルフォンスもエドワードが何を言いたいのか分った。
「そっか。その手があったか。兄さん、頭良い」
「褒めるなそんな事で。じゃあそゆ事で、明日は一緒に行くか」
「うん!」
アルフォンスの喜びようにエドワードはホッとした。
ずっとこの家に閉じ込もりっぱなしのアルフォンスが心配だったので、気分転換させてやりたいと思っていたのだ。
しかし。
「ヌイグルミを抱えた男という方が逆に目立つかも…」
自分の発言を早くも後悔するエドワードだった。
「兄さん、重くない? 邪魔?」
「重くはないが……。周りの視線が重い」
エドワードは恥ずかしそうに下を向いて足を早めた。
「大丈夫、兄さん可愛いから」
「嬉しくねえよっ。それ褒めてないからっ!」
エドワードは走って人の気配のない場所に行くと建物の陰に隠れた。
「おいアル。やっぱりオマエ家にいろよ。これじゃあ目立ってしょうがない。つか恥ずかしい」
「えー。何の為にヌイグルミを買ったのさ」
「後でエリシアのお土産にする為だろ」
「もう魂移しちゃったから、しばらくは駄目だよ。諦めて運んでよ。大丈夫、兄さんはまだ子供だからヌイグルミを持っていても不自然じゃないって。プレゼント用のリボンもついてるし、兄さんがヌイグルミを手放せないファンシーな少年だなんて誰も思わないから」
「こん畜生っ! 誰がファンシーだ!」
エドワードは地団駄を踏んだが今更遅い。
アルフォンスの鎧姿は目立ちすぎるため、外出時は別の姿をとる。どうするかというと、それは。
物質への『魂の移植』……だ。
アルフォンスは無機物に魂の欠片を移動させる事ができ、そしてその物体を動かせる。
アルフォンスにしか使えないレアな錬金術だ。
アルフォンスは長い時間肉体を離れ鎧に魂を定着させていたせいで、魂が剥がれやすい状態になっている。それを自分で切り張りし、コントロールするのだ。
短期間なら鎧に限らず他の物質に魂を定着できる。
六年も人(エドワード)の中に潜んでいられたくらいだから、魂の移動は容易い。
基本的には鎧に定着された魂をそのままに、欠片だけを他の物体に移すのだ。
これが誘拐のカラクリでもある。
鎧のアルフォンスは外に出ないで、ずっと家に閉じ篭っている。代わりにアルフォンスの魂の欠片を定着させた人形達が外を歩き回る。
だからアルフォンス自身は家から出なくても割合自由だった。
子供は人には警戒しても愛らしい人形には警戒しない。アルフォンスの声は子供のそれだし、歩いて喋る人形に子供は好奇心を抑えられずついてくる。
小さなヌイグルミや人形の姿で「一緒に遊ぼう」と誘うと、子供は警戒心を無くす。躊躇しても、好奇心の方が勝る。アルフォンスは何一つ強制しない。可愛らしく首を傾げて子供を見ると、それだけで子供はまいってしまうのだ。
適当に遊んだ後、子供は出されたお菓子やジュースに警戒なく手を伸ばす。それらには子供でも大丈夫なように、微量のベンゾジアゼピン系の睡眠薬を混入してある。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は毒性が低い上に、入眠前後の記憶の健忘を引き起こす事がある。結果子供達は自分が眠る前後の事を半分忘れてしまう。
睡眠薬は長く眠る為の薬ではなく、入眠を促す役割だけの為に使われる。遊び疲れた後にお腹いっぱい食べればたいていの子供は翌朝まで目を覚まさない。
その間にアルフォンスが軍に電話を掛け、身代金の受け渡しを行っていたのだ。
魂の欠片を移す錬金術は便利で、一度に何体もの物体に魂を移動できる。一方で子供と遊び、一方で身の代金を強奪し、一方で軍を撹乱する。一人で何役もできるアルフォンスだからこその誘拐計画だ。
アルフォンスは始め、この計画を兄に提案された時にそんなにうまくいくかなあと半信半疑だった。こうもうまくいくとは思わなかった。今ではエドワードの策略を凄いと感服している。
子供を運ぶ時には大きな人形に、細かく動く時には小さな人形に。魂の移動は長くて一日くらいしかもたないが、それで充分だった。
アルフォンスは現在ぬいぐるみに入り、兄に抱かれて運ばれている。今日は姿を見られても困らないし兄も一緒で誘拐とは関係ないので、気持ちが楽だ。
誘拐に使う人形は足がつかないように全て錬成して作ったものだ。使い終った人形は再錬成して他の物質に変えて証拠を残さない。
エドワードの立てた計画はおおざっぱで一見杜撰だが、全ての基本と応用が軍や警察にある犯罪マニュアルと当て嵌まらず、軍も犯罪心理学者も対応しきれず真相の欠片にさえ気付けないでいる。
犯人(アルフォンス)は動く時に人形以外を使わないし、用済みになれば人形は素早く材料に戻される。子供に姿を見られても構わないから口止めも必要ない。傷つけないように優しく接し長く留めないから、子供も恐怖を感じない。
実際に子供が家に帰りたいと泣けばアルフォンスはすぐに子供を開放するつもりでいる。しかし子供というのは遊びに夢中になると日が沈むのさえ気付かない。我に帰ってそわそわし出した子供に食べ物を与えれば、お腹が一杯になった子供はすぐに寝入る。人間は満腹になれば自然に眠くなるし、ごく微量の睡眠薬が引き金になって子供は朝まで熟睡する。
身の代金の引き渡しも簡単だった。郵便で宝石が運ばれる時には荷物の中に同じ郵送物として紛れ込み、偽物と宝石を摺り替え本物を持って脱出した。
引き渡しの場所が工場ではもっと簡単だった。人形工場だから何百もの人形があり、そこに紛れた。
軍は人間には警戒したが並べてある人形に警戒する者はいなかった。
攫う子供はエドワードが調べ上げた。国家錬金術師の力を使えば簡単な事だった。一日くらい攫っても問題ない健康で疾患のない子供を選んだ。
エドワードは奪った身の代金の使い道もちゃんと考えていて、アルフォンスは兄の計画に感心するばかりだ。
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