第弐章
「…っあ…………アルッ…………」
エドワードの身体が痙攣した。
達した兄が吐き出した白濁に、アルフォンスは目眩がするような気がした。鎧の身体は一瞬でも意識を失うという事がない。なのに兄の痴態を見ているだけで目の前がクラクラしてくる。
エドワードの情欲のしるしの粘っこい液体が傷のないすべすべした股に落ちて流れる。
魂を鎧の身体に再び定着され兄との関係を再開した時から不思議だった。
今のエドワードは機械鎧を付けていない。その健全な肉体は美しい。
だがアルフォンスは、昔の傷だらけのエドワードの肉体を覚えており、そのギャップにまだ慣れず違和感を感じる。
アルフォンスが以前抱いていた兄の身体は傷だらけで、特に金属と肉の接合部は直視するのがいたたまれないくらい酷く引き攣れ歪んでいた。変色した皮膚は硬く人肌の柔らかさが失われ、見るも触るも無惨な様を晒していた。
アルフォンスは微妙な触感は分からないが、兄の身体の傷跡だけは痛々しくて触れるのが怖かった。
それでもアルフォンスはエドワードを美しいと思っていた。
子供の目には堪えられないほど傷だらけでも、エドワードの前を見る姿勢と生き方は醜悪とは真逆で、傷さえ歪んだ美だった。惚れた欲目かもしれないが。
アルフォンスの目に映るエドワードは傲慢で子供で愚かで暴走列車のように激しく力強く、野の花のように自然のままの美しさと脆さが同時に存在していた。
自慢の兄だった。愛しい家族だった。
アルフォンスは唯一無二として兄を愛した。
強すぎる絆が執着を生み、やがてあってはならない感情に行き着いたのは、双方が同時にそう望んだのだから自然な流れだったのかもしれない。
アルフォンスは苛烈で儚い兄を誰より愛し、独占欲を抱き、縋りつき、健気な愛情で縛り付けた。
エドワードは可哀想な弟への罪悪感に縛られ、やがて全身に伸ばされた執心の糸に絡めとられて……堕ちた。
アルフォンスにとってエドワードの罪悪感はかさぶたのようなものだった。痛くて痒くて、触ると引き裂きたくてゾクゾクとした。兄の申し訳なさそうな表情を慰めるたびに、言い様のない歓喜に満たされた。
アルフォンスは兄を傷つけたいのではない。その逆だ。
愛しくて愛しくて、誰にも傷つけられないように守りたかった。
だが誰よりアルフォンスの事を思い、弟の心と肉体を守ろうとする兄に取り返しのつかない傷を見せる事で、エドワードの瞳に浮かぶ愛するが故の痛みがアルフォンスは嬉しかった。愛されているのだと実感できた。
エドワードが感じる痛みはアルフォンスの甘えだった。愛情のバロメーターのようにエドワードの心を感じ、アルフォンスは兄の心の中に占める自分の割合いを再確認していた。
アルフォンスは自分の歪みを自覚し嫌悪しながら、それでも自分を変えようとはしなかった。なぜなら幸せだったから。
「あうっ…………ん!」
アルフォンスの人肌に馴染まない固い指が、エドワードの中をこじ開けた。締め上げてアルフォンスを拒むそこをアルフォンスはゆっくりと拓いていった。
本来使うべき所でない場所は侵入者を追い出そうとする。それが苦痛になる。
「痛い? ……止める?」
兄を傷付けるのは本意ではないのだと優しい声を出すが、エドワードがそこで「やめてくれ」など言わない事を知っての問いかけだった。
エドワードがアルフォンスの行動を拒んでも、アルフォンスはエドワードの身体を離さないつもりだ。
アルフォンスにとってエドワードは最上であり、唯一だ。たった一つしかないものに拒まれれば魂しかない存在は確実に傷付く。肉体の傷は時間と共に消えるが、精神についた傷が癒えるのには長い時間がかかる。
お互いその事を知っているからエドワードはアルフォンスを拒まないし、アルフォンスもエドワードが全てを許す事を知っている。
「ぅあああっ……」
辺りを憚るエドワードの控えめな嬌声がアルフォンスの鉄に響く。
アルフォンスの指を知っているその場所は強く拒みはしないが、それでも異物感だけは消しようがない。挿入されるのに慣れていない場所はアルフォンスの指に絡み、勝手に収縮される筋肉の反応にエドワードは快感とも不快感ともつかない反応を示す。
兄のうっすら浮かんだ涙と赤い頬。額の汗に前髪が張り付き、揺れる頭部がエドワードの三つ編みを揺らす。自然に動く腰と荒い息。アルフォンスを呼ぶ声。無防備に開かれた脚。
扇情的な眺め。
アルフォンスは乱れる兄を見る度に、早く肉体を取り戻したいと痛烈に思うのだ。
鎧はアルフォンスそのものだが、所詮はまがい物だ。早く自分の身体で兄を抱いてみたかった。
匂いも感覚もない交わりは膜越しのようで精神だけが異様に昂り、終わっても熱は冷めない。興奮が高いほど直に味わえないもどかしさに焦れるのだ。
アルフォンスが直接感じられるのは視覚と聴覚のみ。
「兄さん。……気持ちがいいって言って」
「……っいい。……アル、気持ちが、いい」
「ボクに犯されて気持ちがいいんだね?」
「ああ…………いい…………」
「お尻の穴なんかに鉄の指を入れられてるのがそんなにいいの?」
「……い……いよ。だって……」
「ボクだから?」
「アル……だからだ」
「兄さん、嬉しい。そんなにボクの事が好き?」
「好きだ。……愛して…いる」
「ボクも愛してる。変になりそうなほど愛してる」
「……っオレも…だ………」
意識をとばしながらもアルフォンスに応えようとするエドワードに、アルフォンスは愛しさと残酷さの混じった高揚感に包まれる。腕の中の人間を抱き潰してしまいたいような衝動と、もっと蕩けさせたいという願いと。
人の体温というものがどんなものだったか、アルフォンスはよく覚えていない。人の身体を失って久しく、記憶はあるのに感覚だけが遠く離れている。エドワードには言えなかったが、経験していないという事は思ったよりも記憶から感覚を奪うようだ。食べ物の味も動物の毛並みの感触も母親の匂いもエドワードとの喧嘩の痛みも全ては遠い記憶、ストックされた情報になっている。映写テープを見るように何処か他人事だ。
「ふ…ひゃ……ん……」
エドワードの背が反る。
「……兄さん、もっと啼いて」
エドワードを酷く責めるのは兄の反応を引き出したいからだ。失った感覚。ただの情報ではなく誰かと一緒に経験すれば、刺激を共有している気になれる。
エドワードはアルフォンスの喪失感を知らない。想像はしてもエドワードには実感できない。
アルフォンスは兄に無くなりつつある感覚を知って欲しいと願うと同時に、兄だけには知られてはならないと思っている。知ればエドワードはどれだけ傷付くか。エドワードは外も内も傷だらけだ。
ズタズタでも打ちめされても立ち上がるのはアルフォンスの為。自分が倒れれば弟が救われないと知っているから、地獄の底からでも這い上がってくる。
大切だからこそこれ以上エドワードの傷を増やしたくなかった。
兄の強さにアルフォンスは救われている。歪で頑な面はあるが、エドワードは強い。誰かを守るという状況においてエドワードは鋼のように強くなる。アルフォンスが不幸であればあるほど、エドワードは鉄の強さを持つのだ。
「アルフォンス…………もう…………」
「何? またイキそう?」
「……ん」
エドワードは身体を快感に震わせながら、アルフォンスとの間にわずかな空きもつくるまいとしがみついてくる。
アルフォンスはエドワードの中を探りながら、反対の手でエドワードの身体を支える。
奥まで捩じ込まれた鉄の指の重量と圧迫感にエドワードがのけぞる。苦しいのだろう。息があがっている。
兄のまだ凹凸のない白い喉のラインをアルフォンスは綺麗だと思った。
前立腺を擦るアルフォンスにエドワードは再び達した。
だらしなく開いた口からこぼれる涎を指で拭う。
ぐったりとアルフォンスに寄り掛かるエドワード。
自分でやっておいてなんだが、アルフォンスは素直に兄が抱かれる側に甘んじているのが不思議だった。エドワードは人一倍プライドの高い人間だ。女のように扱われることを許す筈ない。……アルフォンス以外。
アルフォンスの身体がこうである以上役割的にエドワードが受け身になるしかなかったのだが、例えアルフォンスの肉体が戻ったとしても、エドワードはアルフォンスを抱こうとはしないと思う。そんな気がする。
男の矜持を曲げてまで弟に身体を開くのは何故だろう。贖罪のつもりなのだろうか。
「兄さん……」
「……ん?」
達したばかりでうっとりと快感の余韻に浸るエドワードに問いかける。
「ボクの身体が元に戻ったら……」
「戻ったら?」
「兄さんはボクを抱きたい?」
「え?」
アルフォンスの質問の意味を捉えたエドワードがおかしな顔になったので、やはり兄は自分が攻める側になる事を考えていなかったのだなと思った。
「ええと……アルフォンス。オマエ、オレに抱かれたいのか?」
「全然。抱き締められたいけれど、セックスの時は抱く側がいいな。……ずっとこのままでいいよね? 兄さんも抱く側に回る事を考えてなかったみたいだし」
「そっか。アルが元の身体に戻ればオレが抱くという選択肢もあるわけだ」
初めて気が付いたとエドワードは目を瞬かせた。
「ボク、絶対抱く方がいいんだけど」
「オレは……してみたいと思うけど……まあどっちでもいいや。アルが相手なら」
相手がアルフォンスであるという前提なら細かい事は気にしないと、エドワードは鷹揚だ。
寛容というか大らかというか適当なエドワードに、アルフォンスは兄さんらしいと思った。何もこんな微妙な事まで適当さを発しなくてもいいと思うが、変にこだわりを見せられて抱く側への意欲を燃やされても困るので、余計な事は言わないでおく。
「じゃあずっと兄さんはボクに抱かれ続けてね。……ボクは一生兄さんしか知らないって事になるね」
「……ずっとオレが相手で飽きないか? 浮気は許さないぞ」
「他の女の子なんか目に入るわけないじゃない。兄さんがいるのに」
「オマエ、前は可愛い女の子と付き合いたいって言ってなかったっけ?」
「そんなの兄さんを嫉妬させるための嘘に決まってるだろ」
「……嘘かよ」
「兄さんの独占欲を得る為の駆け引きだよ。愛する人の嫉妬って嬉しいものだよね」
「……そうなのか?」
恋愛の駆け引きなどはなから考えないエドワードは普通がどういう形かいまいち分からないが、自分が普通でない事を自覚しているからそういうものなのかと素直に受け止めた。
「それじゃあ、オレもアルに嫉妬させるような事を言った方がいいのか?」
「言ってもいいけど、ボクの嫉妬は恐いよ?」
冗談めかしていても本気を覗かせる声に、エドワードは駆け引きはやめようと思った。怒った弟は誰より恐い。
アルフォンスの穏やかで粘り強い性質はマイナスの方向に向くと始末が悪い。ジワジワと相手を真綿で締め上げるようなアルフォンスの恐さを知ってるだけに、エドワードは嫉妬されるような事になったら何をされるか分からないと、浮気だけはすまいと思った。まあどうせアルフォンス以外は目に入る事はないのだが。
「それより……」
鎧を手で叩く。
「何?」
「そろそろ抜け」
「まだいいじゃない。もう少し付き合ってよ」
「ただ入れてるだけだと尻が気持ち悪いんだよ」
「でもこうして拡げとかないと兄さんの此処ってすぐに締まっちゃって、いつまでたっても拡がらないんだもん。兄さんだって慣れないと辛いでしょ。いずれ指より大きいモノ入れる予定だし、もう少し柔らかくしとこうよ」
「……っとに下品な事言うなっ。そういう表現やめろって言ってんだろ」
「別に下品じゃないと思うけど。括約筋が柔らかい方がセックスの時に双方楽じゃない。頑な扉を開かせるのも楽しいけれど、ボクの指に慣れた兄さんもなかなか……」
「うぎゃーっ! 言うなっ、そんな事言うなったら!」
「兄さんて純情なんだか大胆なんだか分からないね。弟にお尻の孔まで見せて腰振ってるのに。……ま、そうゆうとこも可愛いんだけど」
兄の真っ赤になった顔色にアルフォンスはにんまり笑う。あくまで心の中でだが。
きっと肉体があればもっといやらしい事を兄に強いているだろう。予想というより殆ど確実だ。
鎧の装甲がエドワードを傷付けてしまうから、愛し合うのはどうしても手加減し遠慮がちになる。興奮の中にも冷静を抱いてエドワードを愛しているが、肉体があったら冷静もなにもあったものではないと思う。きっと衝動のままに暴走して、エドワードを滅茶苦茶にしてしまうだろう。そしてそれをエドワードは全て許すのだ。
愛の名の下にある行為をエドワードは一切拒まない。兄の許容に甘んじて行為をエスカレートさせていく自分が容易に想像できて、ボクって最低かもしれないと鎧の身体である事に少しホッとする。
裸のエドワードの身体に軽い愛撫を与えていると、エドワードがクシャンとくしゃみをしたので、それでエドワードの身体が冷えている事に気が付いた。秋の夜は裸でいるには少々寒い。やっている最中は火照っていても、一旦熱が引けばすぐに冷える。
「ううっ……」
アルフォンスの指を入れたままくしゃみをしたせいで身体の内側がキュウと締まり、エドワードは違和感に呻いた。指の体積を内壁で感じてしまう。
「ゴメン。寒い? 服着なきゃ風邪ひいちゃうね」
「大丈夫だ」
ズルリと異物が出ていく感覚にエドワードは顔を顰めた。テラテラと光るアルフォンスの指の訳を知らないフリで乱暴に身体を拭き、下着を穿く。
最中より終わった後の方が何倍も恥ずかしい。
自分の出したモノが床に散っているのを見て、慌てて足で踏みにじって消すエドワードだった。
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