第一章
エドワードの断定にヒューズはしばし考えた。
「じゃあエド、お前が俺ならどう動く? これ以上誘拐事件が起こるかどうかすら分からないんだろ? 犯人達が地下に潜っちまったらどうするんだ? 遺留品やら証言から得た情報はあまりに少なくて、捜査は難航している。疑わしそうな人間をかたっぱしから調べてるが、犯人らしい者はまだ断定できていない。恥ずかしい事に次の犯罪が起こるのを待つしかない状況なんだ」
「盗られた宝石の足はまだつかないの?」
「裏の市場にも目を光らせているが、情報はない。あっても殆どがガセか空振りだ。盗まれてまだ時間が経たないからな。犯人が慎重ならほとぼりが冷めるまではマーケットに流さないだろう。もしくは特定の個人と取り引き済みで表に出てこないか。そうなるとお手上げだ」
「使われた人形が何処で作られたか分った?」
「そっちもまだだ。目撃者の証言から絵を起こして人形師や玩具屋に見せたがさっぱりだ。量産された人形じゃないらしい。もし人形が犯人の作った物なら、そこから探るのは無理そうだ。実物があるわけではなし、絵だけではどうにもならない」
「あっちもこっちもお手上げって事か。……今回の模倣犯達から何か聞きだせたか?」
「締め上げたが、奴らも軍の身内が攫われて身の代金が捕られたっていうのを聞いて便乗しただけらしい。前回、ロックハートは派手に軍を動かしたからな。隠していても情報は漏れる。裏の世界じゃ誘拐と身代金引き渡しは公然の秘密になっていて、もう秘密じゃなくなってる。じきに世間にも漏れるだろう。言いたかないが、模倣犯はこれからも出てくるだろうな。本筋の捜査も進んでねえっていうのに便乗犯まで出てきたんじゃ、収拾つかねえよ。どうすんだか」
ヒューズは進まない捜査に渋い顔だ。
エドワードはそんなのヒューズらしくないと慰める。
「あんまり根詰めんなよ。中佐がおっかない顔してると、グレイシアさんもエリシアも不安がる。中佐は家族の事を一番に考えなきゃ駄目だ」
「分ってるさ、エド。二人の事を誰より心配して愛してるのはこの俺だ。二人の為にも犯罪者を捕まえて安心させてやりたい。誘拐犯が野放しじゃおちおち外出もできねえからな。大胆にも家の中に誘拐犯が入ってきたんだ。グレイシアは片時もエリシアから目を離せない。このままじゃ俺よりグレイシアがまいっちまう」
「一度誘拐された子供が同じように攫われた事はないって、グレイシアさんは知らないの?」
「知っていても心配なんだよ。もしまたエリシアが誘拐されるような事になったらと思うと、夜も眠れねえ。せめてあの時俺がセントラルにいたらと思うと、申し訳なくてな」
「中佐のせいじゃないよ。イーストシティに行った事だってスカーの捜査は上の命令だったし、出張なんて軍人ならよくある事だ。身内が誘拐に合うなんて誰も考えない。タイミングが悪かったんだよ」
「もしかして、犯人は俺が中央にいないのを知っていたのかもしれないな。軍に内通者がいるのなら、俺が出張だって事を知ってた筈だ。犯人達は父親の俺がいないのを知った上でエリシアを攫ったんだ。クソッ、どいつだ、内通者はっ? 見つけたら百枚におろしてミンチにしてやる」
「落着きなよ、中佐。中佐までが冷静さを失っちゃ駄目だ」
エドワードに宥められてヒューズはエドワードの頭をかき回すように撫でた。
「ガキに心配されるようじゃ駄目だな。冷静、冷静にならなきゃな。……よし、少し落着いてきたぞ。ありがとな、エド」
「礼を言われるような事は何もしてねえよ」
「毎日家に来てくれてんだろ? 昼間エリシアの相手をしてくれて助かるってグレイシアが言ってた」
「まあ、心配だったし。エリシアは妹みたいなもんだからな」
「口説くなよ」
「真面目な顔で言うんじゃねよ、バカ親父」
エドワードの呆れた顔に、ヒューズはささくれ立った心が少し慰められた気がした。
本音を言うならエドワードの冷静さが少し不満だった。
ヒューズは確かに娘を攫われてから冷静さを失っていた。グレイシアを心配させないように表面は落着いていたが、内心は大きく荒れていた。
だから始めはヒューズと同じように激昂していたエドワードが時間が経つにつれ沈静化していったのが不満だった。だがエドワードはエリシアを守るように毎日家に来ているし、こうして真剣に考え、捜査の助言もする。エドワードはエドワードなりに考えて協力しているのだから、不満を洩らすのは間違いだと思う。
エドワードの発言が気になるのは、言う事がいちいちもっともだからだ。当然のように迷いなく発言するので、相手がエドワードでなければ内通者だと疑ったかもしれない。
だがエドワードが内通者であるはずがないし、冷静に見えるから冷たいと思うのは間違いだ。エドワードはそんな子供ではない。内面は量れないところがあるが、それでも善良だ。なんだかんだと言いながらロイ・マスタングに協力的だし、ヒューズの家族とも打ち解けている。家族思いで優しい子供だ。親友は生意気で理解不能な無気味さがあるというが、凡人に天才が量れないのは当然だし、男の子が生意気なのは当たり前の事だ。何の不思議もない。
「あのさあ、中佐。そんなに家族が心配だったら、しばらく田舎にでも行っててもらったら? 誘拐事件が起こってるのはセントラルだけなんだし、中央から離れれば少しは気分転換になるんじゃないか? グレイシアさんの実家は何処? セントラル、それとも離れた場所にあるの? なんならリゼンブールにでも行ってみる? あっちは何もない所だけど母さんとアルがいるから安心だろ?」
エドワードの提案にヒューズはそれもいいかもしれないと思った。
「確かになあ。セントラルはキナ臭いからさっさと避難させりゃ良かったんだよな。だけど離れて暮らすのは俺が寂しいし、側にいないといざって時に守れないから、あまり遠くに行かせたくなかったんだ。こんな事になるならさっさとセントラルから出せば良かった」
「今更悔やんでも仕方がない。まさかエリシアまでがそうなるなんて誰も思わなかったんだ。エリシアは無事だったんだからあんまり気にしない方がいいぜ。…と言っても気にせずにはいられないだろうけど。中佐は家族の側にいてやんなよ。今エリシア達が求めてるのはそれだけだぜ」
「……そうだな」
ヒューズはエドワードを本当に十五歳の子供だろうかと思った。まるでロイと話しているような気がしてきた。同じように頭が切れるし、物事に対して冷静だ。エドワードがそれなりに経験値を積んだ成人男子に見える。そんな筈はないのに。
ふいにロイのエドワードに対するこだわりが分かるような気がした。
確かにエドワードは掴みにくい。これだというモノが……芯になるエドワード自身が隠れていて本当のエドワードが見えない。良い子なのは知っているが、裏に何かがあるような気がしてしまう。
家族に対する思いやりやヒューズ達に対する気の赦し様を見ているとそんなに警戒するのはおかしいと思うが、軍人としての勘がエドワードの不審を嗅ぎ付ける。
……馬鹿な。考えすぎだ。
俺までロイに毒されたかとヒューズは思考を払う。
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