第五章
とうとうヒューズがキレた。
ロイとエドワードはそういえばヒューズもいたんだという顔をしたので、ヒューズは更にキレかける。
「グリードって誰だ? 今回の誘拐の一味か?」
「うんにゃ違う。グリードは誘拐とは全然関係ない。オレが個人的な頼みごとをしに会いに行った、ダブリス在住のいけすかない悪党だ」
「君はあの男がいけすかな悪党だと知って会いに行ったのか? グリードに会った目的はなんだ? 君はあの男がホムンクルスだと知っていたと聞いた。どうしてそんな事を知っている? 実際に見た私だって目を疑ったのに。君は素直に信じたのか?」
「なんだそこまで知ってるのか。なら説明がしやすいや」
「ホムンクルスって何の話だ?」
「グリードにダイヤを渡した事に本当に何の意味もないんだな?」
「ああ、ただ単に邪魔だったからくれたまでだ。本当は捨てようかと思ってたんだ。見付かったら証拠品になっちまう」
「もったいない事を言う。あれがいくらするか知ってるのか?」
「バーカ。錬金術師にとっちゃ宝石なんて自分で作れる単なる石だろ。ありがたがる方がおかしいぜ」
「宝石や金の錬成は違法だ。君は割り切りすぎだ」
「お前ら二人だけで会話するのは止めろと言っただろ!」
ヒューズの顔が本気で怒っているので、エドワードはコクンと頷いた。
「中佐もこう言ってる事だし、本題に入る?」
「……の前にグリードの事を始めから知っていた理由を教えろ。……の前の前にもう一つ。……聞いたぞ。錬成陣無しの錬金術が使えるのは人体錬成を試みた者だけだと。どういう事だ? 君は本当にそんな事をしたのか?」
エドワードは痛そうな表情になる。
「あちゃあ……。グリードの奴はンな事までアンタに教えちまったのかよ。……まあ最後には話すつもりだったけどさ……」
「待て、では本当の事なのか? 君は人体錬成を……」
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ・っ! お前らっ!」
ヒューズが低い声と共に二人の耳をギュウッと引張ったので、二人は本気で悲鳴をあげた。
「痛い! 痛い! 中佐、放して…」
「あいたたた、ヒューズ、悪かったって…」
二人は引張られた耳を押さえてヒューズに謝る。
「……今度二人だけで話したらゲンコツくらわせるからな」
「「はい」」
ロイとエドワードは首を竦めた。
「……とにかく。初めから、俺に分るように説明しろ。……ロイが口を出すと話が逸れるから黙ってろ」
「分った」
ロイは不満げに頷く。
「その前に質問」とエドワードが片手を上げる。
「何だエド?」
「大佐はともかくなんで中佐までここにいるんだ? ヒューズ中佐は誘拐犯事件捜査の責任者だろ?」
「ああ、その事なんだが……辞退した」
「辞退した? 担当を外されたのか? なんで?」
「グレイシアに泣かれてな。……犯人捕まえるより側にいてくれと。知り合いの医者に診断書書いてもらって、体調不良を理由に特別捜査本部から外してもらった。もともとオレは出向の形だったから難しくはない。今は元の軍法会議所勤めだ。……つか、グレイシアが泣いたのは元々エドの責任じゃねえか! なんでエリシアを誘拐しやがったんだ?」
怒ったヒューズの顔にエドワードは視線を逸らせる。
「その説明は……後で一緒にする。話すと長くなるし。…グレイシアさんを泣かせたのは悪かったと思うけど、必要な事だと思ったし、そうでなきゃもっと泣くような事態になるかもしれないと思ったんで必要悪というか…必然というか致し方なかったというか……ゴメン?」
「ンな謝り方があるかぁ!」
「怒るのはもっともだけど、怒ると話が進まないんだけど。……で、中佐はなんでここにいるの?」
ヒューズはロイを見た。
「ロイに誘われてな。……エドが誘拐事件を起こすから一緒に現場を押さえようと言われて。初めは信じなかった。……けどまさか本当にそうなるとは思わなかった。……心の準備ができてねえから、まだ混乱してる。なんでお前そんな事したんだよ? ちゃんと理由があるんだろ? 誰かにそそのかされたのか?」
「あー。大佐……余計な事を」
子供の悪戯を咎めるような視線に、ロイは反発する。
「余計な事とはなんだ? 大体君が誘拐などするからいけないんだろう」
「だから誘拐には明確な理由があるって言っただろ」
「どんな?」
「気持ちを理解させる為だよ」
「誰にどんな気持ちを理解させるって言うんだ?」
「だからエリシアを誘拐して、ヒューズ中佐に家族を奪われる痛みを本気で理解して貰いたいと思ったんだよ」
「……本気で言ってるのか、そんな事を?」
「百%本気だ! オレは恨まれても泣かれようともそうすべきだと思ってしたんだ! 人の説明を聞く前に非難すんな」
「だからもっと具体的に言え。明確に目的を説明しろ。ヒューズをそんな気持ちにさせて、君は何をしたかったんだ?」
「家族を取るか仕事を取るか選択させたかったんだ。今のままじゃ判断も覚悟も甘くて中佐は生き残れないから」
「それはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。中佐も大佐も甘いから、本気にさせたかったんだ。敵は強大だっていうのにアンタら現状を舐めすぎてる。現実が甘くないって実感させたかったんだ。家族に手をかけられれば用心するだろ」
「そんな実感のさせ方があるかっ! 君はやり方が乱暴すぎる。おまけに動機が薄いっ!」
「大佐は本当の現実を知らないからンな事言うんだよ。現実はアンタらが思ってるより何倍も過酷だ。説明聞かないで怒るな」
「だからその説明をしろと……痛てててて!」
ヒューズに耳を引張られ、ロイは顔を引き攣らせる。
「ロイ。黙ってろと言った筈だ。聞こえなかったか?」
「き、聞こえたともヒューズ。黙る、黙るから手を放せって……痛いんだよ」
ヒューズに叱られてロイは口を閉じる。
「悪かったなエド。話を続けてくれ」
「あ、ああ。……どこまで話したっけ。……そうだ。中佐が大佐に連れて来られたのは分かるけど、セントラルに家族を置いてきていいの?」
「それなんだがなエド。実はグレイシアの叔母がこの近くに住んでいて、グレイシアとエリシアは叔母の所に遊びに来てるんだ。二人はしばらくこっちに滞在する。オレは仕事があるからセントラルに帰るが。……今日は二人を送って来たんだが、あっちについた途端ロイに捕獲されてな。いきなり誘拐犯の張り込みにつき合えと言われた」
「それでセントラルじゃなくこっちにいたのか。……でも大佐は大丈夫なのか? セントラルに移動したばかりだろ? 仕事を放棄していいのか?」
「ははは、それは大丈夫だ。有給がかなり残っているから、引越しの片付けをすると言って休みをとった。明日までは自由に動ける」
「よくホークアイが休みをとらせてくれたね」
「それが残業があまりに多く有給が全然消化できていないんで、セントラルに移った際に総務課に叱られてな。強制的に休みをとれと言われた。丁度良かった」
「二人が一緒にいた理由が分かるけど、実際誘拐犯のオレと一緒にいたらマズイぞ。どこかで見られていたら共犯にされちまう」
「そ、そうか。それはマズイな。よし、現行犯逮捕だ。鋼のが捕まれば一件落着だ」
「冗談言ってる暇はねえんだけど」
二人は現状況を顧みてあまりうまくないなと今更に思った。
「君はどうなんだ? 君だってアリバイはないし姿を見られている」
「ふん。今までちゃんとアリバイがあったんだ。一度くらいアリバイがなくても言い逃れできるさ。……それに見られたのは黒髪の女の子だ。皆そう証言するから金髪の少年は疑われない。胸も詰め物じゃなく一応本物だし。移動する時はちゃんと第二ボタンまで開けて谷間を見せてたから、まさか女装の男だなんて思う奴はいえねえだろ。女の恰好には抵抗あったが変装だと思えばなんて事はねえ」
堂々とエドワードは言った。
「潔いのは良い事だが本当に大丈夫なのか?」とヒューズ。
「心配してくれてんの中佐。オレは誘拐犯なのに? ……怒ってるんだろ?」
「怒ってるさ。……だがエドにはエドなりの理由があるらしいじゃないか。それを聞いてから怒る事にする。聞くからちゃんと説明しろ」
「うん。……でもアルが帰ってきてからの方がいいな」
「アル? アルってアルフォンスか? お前の弟の?」
「うん」
「弟はリゼンブールにいるんじゃないのか?」
「いるよ。アルはずっとリゼンブールだ」
「じゃあ?」
「もう一人弟がいる。……今そのアルが誘拐の身代金を捕りに行っている。アルが来たらオレは入れ代わりにここを出る事になってる」
「エドワードにもう一人弟がいたのか? そんな話は聞いてないぞ」
「うん、母さんは知らない事だから。親父は知ってるけど」
「……親父さんの隠し子なのか?」
「違う。両親は同じだ」
エドワードの説明は意味が分からないと、ヒューズは助けを求めるようにロイを見た。
「鋼の。……もしかして今言っているアルフォンスとは……君の恋人のアルフォンスの事か?」
「そうだよ」
「やっぱりそうか。…だがそれならなぜ弟と呼ぶんだ?」
「……説明しなきゃならない基本的な事を何も言ってないから、中途半端に教えると余計に訳が分からなくなると思う。アルが来たらここを出て全部説明するから、それまで待ってくれ」
「ああ。……ちょっと待て。恋人ってなんだ?」
ヒューズはまた分からない単語が出てきたと話を巻き戻す。誘拐事件の説明なのに、弟だとか恋人だとか言われて混乱する。
「ヒューズ。アルフォンスという鋼のの弟と同じ名前の少年は、実はエドワードの恋人なんだよ。その少年が共犯者なんだな」
得心がいったとロイは明るく言うが、突然そんな事を聞かされたヒューズは混乱した。
「ええ…と、エドの恋人がアルフォンスって子で。……その子は弟じゃなくて、でも少年で。…………少年?!」
嘘ぉ? という顔のヒューズにロイとエドワードは頷いた。
「あー、ヒューズ。いきなりそんな事を聞かされてショックなのは分かるが、嗜好は人それぞれだからあまり気にするな。鋼のは同性を恋人にしていても同性愛者じゃないし、思春期のアヤマチと繊細な恋心は切ってもきれない繋がりで大人の我々にはすでに理解できなくなってる微妙な心理状態で………つまり、理解できないだろうから理解しようとするな。頭がショートするだけだから、事実だけを受け止めろ」
「……同性を恋人にした時点で同性愛者っていうんじゃねえのか?」
「まあそうだが、鋼のは私もヒューズも他のどの男にも興味ないどころか付き合うなんてゲーと言ってるから、明確な同性愛者と分類するのもどうかと思うし、まあ遠くから温かい目で見守ってやれ。というか、恋人が男なら将来エリシアに手を出されなくて安心だろ。そうポジティブに考えろ」
ロイのライトな調子にとても割り切れないヒューズは恨めしそうにロイを見る。ロイはとっくにエドワードに恋人がいる事も、それがアルフォンスという名前の少年である事も知っていたらしい。
なんて爆弾を隠し持っていたのか。いきなり投下されて驚く以外に何をしろというのか。
「……なんでお前はそんなに軽いんだ? というか嬉しそうじゃないか? 何で俺に教えなかったんだ?」
「他人の恋愛事情をベラベラと軽く喋ってはいかんだろう。それに相手が相手だしな。同性が恋人だと知れると色々面倒だし。……私が嬉しそうだって? そうかもしれないな。私はずっと鋼のの恋人に会ってみたかったんだ。惚気は聞かされても本人には会った事がなかったんだから。これから会えるのか。……楽しみだ」
「俺は全然楽しくない」
ヒューズは頭痛を堪えるように頭を抱えた。
誘拐の事実だけでも頭がいっぱいなのに、この上他人の恋愛事情まで考慮している余裕はない。
現在エドワードは誘拐を実行中だ。同じ部屋にはハクロの子供が眠っているし、一緒にいるだけで共犯者だと疑われる。エドワードの共犯者は今身代金を捕りに行っていて、その少年はエドワードの恋人だという。悪夢のような状況だ。
しかし詳しい事情を知らないうちはエドワードを責める事も捕まえる事ができないので、ヒューズはエドワードの共犯者が帰ってくるのを待つしかない。
「なあ、鋼の。誘拐事件を実行してるのは鋼のとアルフォンスだけか? 他に共犯者はいないのか?」
ロイの質問に、ヒューズは『そうだ何故その質問をしなかったのだろう』と悔やんだ。一番始めに聞いておかなければならなかったのに。
エドワードはうんと頷く。
「そうだよ。共犯者はアルだけだ。…というか立案し情報を集めたのがオレで、実行犯はアルだけだ。オレにアリバイがあるのを知ってるだろ?」
「一人であの誘拐を実行したというのか? 子供を攫い、軍から身代金を奪って逃走し、子供を返して……それを全部一人でやったと? 馬鹿な、ありえない」
「ありえない事なんて何もないんだぜ。一人しかいなくても、やろうと思えばできるんだ。アルは変わった錬金術が使えるからな。一人何役も実現可能だ。カラクリは直接本人から聞きな。驚くから」
平然と返すエドワードにロイもヒューズもそれ以上聞きたいのを我慢した。エドワードの言っている事は無茶苦茶だが嘘は言っていないようなので、真実を聞くのはもう少し後回しになりそうだ。
「アルが来たらここを出るからそのつもりでいてくれ。後でちゃんと話し合うからとりあえずはそういう事で」
「アルフォンス君は今身代金の受け取りをしているのか?」
「そうだよ」
「そして身代金を受け取ったらこの家に来るのか?」
「まあね」
「軍に後をつけられないか?」
「それは大丈夫。アルはオレよりよほど用心深い」
「身代金引き渡しは何時だ?」
「八時だからそろそろ終わる頃だ。たぶんあと三十分くらいで戻ってくる」
「アルフォンスと入れ代わりで君がここからいなくなるのは何故だ? なぜアルフォンスと一緒にいない?」
「人質になってる子供といつまでも一緒にいるのはマズイ。薬は微量にしか使ってないから、もしかしたら夜が明ける前に目を覚ますかもしれない。姿を見られたくない」
「でもアルフォンスはいるんだろう? 子供に見られてもいいのか?」
「アルはいいんだ。見られても構わない」
「何故だ?」
「アルに会えば分かる」
「もしかして鎧を来ているから素顔が隠されていて、それで見られてもいいというのか?」
「……アルの鎧の事を何故知っている?」
「ダブリスに行った時に駅で偶然ウィンリィ嬢に会った。その時に少し話をしたんだが、鋼のの友達の鎧姿の礼儀正しい少年の話を聞いた。名前がアルフォンスというからピンときた。ウィンリィ嬢は流石にアルフォンスが鋼のの恋人とは気がつかなかったようだが。二人でデートとは大胆だな。それとも誘拐の下見か?」
「嫌味は止せよ。デートっていうのは当たってるかもな。アルと外を歩きたかったんだ」
さりげなく惚気るエドワードにロイは「からかいがいのない子だ」とつまらなさそうに言った。
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