第五章
「……ここなのか?」
「確認した」
「入るぞ」
「おい待てよ! いきなりか?」
「早くても遅くても事態は変わらん。なら早い方がいい」
「俺はまだ心の準備ができてねえ」
「準備など必要無い。必要なのは事実確認だけだ」
「ロイッ」
「行くぞヒューズ」
「待てっ…」
ヒューズの制止を気にする事なくロイはドアの取っ手と鍵を錬金術で溶解した。
ロイとヒューズは周りに人をいないのを充分確かめた上で、すばやく中に入る。
ロイ達が侵入した屋敷は一般住宅としては大きかった。二階建てで広くどこを探していいか分からない。
「……鋼の。ロイ・マスタングだ。観念して出てこい」
はっきりと通る声でロイは言った。
これではこっそり入った意味がない。今ので侵入した事が知れただろう。
「おいロイッ!」
「そろそろ茶番は終わりにしよう。私は君を見つけた。君との約束の日だ。君は私を待っていたんだろう?」
「待ってねえよ」
ボソリと声が前方からして、ロイとヒューズは反応する。エドワードが奥から仏頂面で出て来た。
「なんであんたらがいるんだよ。……二人だけか? 他にも誰かいるのか?」
「……は、がねの?」
「エド……お前それ……」
ロイとヒューズはエドワードが現れた事で驚いたのではない。
「静かにしろよ。一応隠れてるんだから。隣とは離れてるけど近所の注意を引いちまうだろ。…こっち来いよ」
「……あ、ああ」
入った時の意気込みはどこへ行ったという感じで、二人は言われるままにエドワードの後をついて行った。
突き当たりの部屋に入ると視界が明るくなる。この部屋にだけランプの灯がついていた。徹底的に人目を避けているらしく家の中は廊下も玄関も他の部屋も真っ暗だ。奥の部屋には窓がなく灯をつけても外からは見えない。
ロイとヒューズは部屋の中央に置いてあるベッドを見て、声をあげかけた。
一呼吸落着いてから静かに…しかし興奮を抑え切れず言った。
「この子は……ハクロ将軍の子供か?」
「うん。ロザリア・ハクロだ。よく寝てるから起こすなよ」
「無事……なのか?」
ロイとヒューズは幼子の顔を覗き込んだ。熟睡しているように見える。小さな呼吸音にホッとする。
「ただ寝てるだけだ。薬の影響で朝まで起きないと思うけど、声が響くと困るから話をするんなら部屋の隅に行こうぜ」
「薬って……こんな小さな子供に薬を使ったのか?」
ロイの声が尖る。
「催眠誘発剤としてベンゾジアゼピンの睡眠薬を微量に嗅がせただけだ。身体に影響はない」
淡々と言うエドワードは悪びれる様子はない。開き直っているのか諦めたのか。
「はい」
エドワードが手を出した。
「なんだこれは?」
「これで玄関とか触った所を拭いてきて。後でこの場所を軍に通報するから。証拠を残すと誘拐犯にされるぞ」
布を手渡されてロイとヒューズは慌てて触った所を拭きに行った。
戻ってきて聞く。
「この部屋はいいのか?」
「この部屋は後で錬金術で床も壁も作り直すから平気だ」
床に座ったエドワードの裾から拡がるワンピースのレースに、ロイは何とも言い難い顔になった。
ランプに照らされたエドワードの姿は一体の人形のようだった。
「さて、何から聞きたい?」
エドワードに聞かれロイは咄嗟にどれから聞こうか迷う。準備してきた言葉がエドワードの姿を見た時に消えてしまった。
「連続誘拐犯はお前か、エド?」
ヒューズが隣で押し殺したように聞いた。
ピリピリと伝わる緊迫感に、ロイは止めるべきかそのままにするか困る。
「うん、そう」
「エリシアを誘拐したのも?」
「うん」
「全部お前がやった事か?」
「実行したのは俺じゃないけど、計画を立てた首謀者はオレだよ」
正直に告白され、ヒューズは堪え切れずにエドワードの胸ぐらを掴んだ。
「お前っ!」
「おい止めろヒューズ。落ち着け!」
「止めるなロイっ! オレは……………あ?」
「どうしたヒューズ?」
ヒューズの激昂が突然止んだのでロイは何事かと思った。
「エドに胸がある」
「は?」
「柔らかい」
「え?」
エドワードの胸ぐらから手を離すと、ヒューズは訝しげにエドワードと自分の手を見た。
「エド、服の中に何か入れてるのか?」
「鋼の? 何か隠し持っているのか?」
二人はエドワードの胸を上から覗き込んで……のけ反った。
「な……? 見慣れない見慣れたモノがあるぅ?」
「ヒューズ、それは言葉としてはおかしい。意味は分かるが」
二人は一歩引いて恐いものでも見たような顔になる。
「ベタな反応だな」
エドワードは平然と服の前ボタンを下まで外した。
服の下から現れたモノに二人の目が更に驚愕する。
「……鋼の? なんで君の胸に胸があるんだ?」
「ロイ、その言葉の方がおかしい」
大人二人はよほど動揺したのか、緊張と怒りを放り出していた。
エドワードはシーと静かにするように合図した。
「静かにな。……見ての通り女の胸だ」
「いやそれは分かるが……お前女だったのか?」
「いや違うぞヒューズ。鋼のには立派な息子がついている。トイレで見た事がある。……君は何をしたんだ? どうしてそうなったか理由を説明しろ!」
エドワードはボタンを留めながら言った。
「用心の為変装をしてるんだけど、リアリティーを追求した結果胸を膨らませる事にした。誘拐ん時、怪しまれても胸の谷間を見せれば男だとはバレないし」
「変装というより女装だろう。……どうやってソレを膨らませたんだ」
ロイに胸部を指されてエドワードは「簡単だ」と言った。
「男でも女性ホルモンを投与すれば胸が膨らむんだ。本物の女になるわけじゃないけど、身体が女性化してくる。オレの場合は錬金術で身体内部のホルモンバランスを変えてみたんだけど、うまくいった。髪と目の色を変えれば誰もオレがエドワード・エルリックだとは気付かない。近くから見ても本物の女に見えるだろ?」
「ああ……」
そういう事かと納得すると同時に危ない橋を渡るものだと思った。
「どうして今回に限り君が実行犯なんだ? いつも君は安全圏にいて疑われるような真似はしなかっただろ?」
「これが最後だからかな?」
黒髪で唇には紅まで引いているエドワードはどこか作りものめいて見えた。
「それよりどうしてここが分った? 後をつけられてないかちゃんと確認したのに」
平然と犯罪を語るエドワードにヒューズの怒りが再燃するのを見て、ロイは落ち着けと肩を叩いた。
「鋼の。我々はハクロ将軍の娘が次のターゲットだと分っていた。目的の子供が分かれば君がどう動くかだけ考えればいい。ハクロ将軍の家族がイーストシティに来る事は分っていた。攫うなら移動の途中だと思った。走る列車の中では無理だ。ならば何処で攫うのか? ……汽車はツェペルン駅で長く停車する。動くならそこだと思って張っていた。見張っていたのは君の姿ではなく子供の方だ。おそらく下の子の方がターゲットだと思い、ロゼリア嬢の方を遠くから見張っていたのだが、ビンゴだったな。いきなり現れた少女がロゼリアを抱えて列車に飛込んだ時は置いていかれるかと思ったぞ。君達は堂々と二人並んで席に座っていた。子供を寄り掛からせていた君は一見すると姉妹にしか見えなかった。君は眠るロゼリア嬢を背負うと一つ手前のハリイ駅で降りてこの隠れ家まで歩いた。すれ違う者もいたのに本当に大胆だ。しかしあまりに大胆すぎて誰も怪しまなかった。共犯者の少女だと思っていたのに、まさか君の変装だったとは。遠目だからか君は女にしか見えなかった」
エドワードは情けない顔になる。
「うええ、始めから見られてたのかよ? ……つか、なんでハクロ将軍の子供を狙うって知ってたんだ? それも推理したのか?」
「いいや。グリードに聞いた」
「何でテメエがグリードを知ってんだよ!」
エドワードは大きくなった声に我にかえり、小さく何故? …と聞いた。
「君らが始めに奪ったイエローダイヤが裏のオークションに出品された。それを辿ったらキャサリン・グレゴリーに行き着いた」
「……誰?」
「誰って……知らないのか? イーストシティのマフィア、グレゴリーの姪だぞ。……というか君が行ったデビルズネストでホステスをしている女だ」
「えー? ……マジか。……あンの野郎っ……。ヘタに表に出すなっつったのに!」
「君は誰の事を言っているのだ?」
「誰って……グリードだよ。オレはアイツにダイヤをやったんだ」
「は? グリードに? じゃあ何故キャサリンが持っていたんだ?」
「オレが知るか。どうせ女に強請られてやっちまったか、それともその辺に置いといたのを女に盗まれたか。……とにかくオレはグリードに渡したんだぞ。…ったく迂闊なやつだな」
グリードが聞いたらお前だけには言われたくないと言っただろう。
「グリードめ……。私が聞いた時には知らん顔してたくせに。全部知ってとぼけていたのかあいつはっ」
ロイはグリードとのやりとりを思い出して、ホゾを噛む。信用ならない男だと思っていたが完璧に騙された。
「ちょっと待て。君はどうしてせっかく奪ったダイヤをグリードなどにやったのだ? 奴と取り引きしたのか? アイツも誘拐の共犯者か?」
「いや……。別にいらなかったから、なんとなくくれちまっただけなんだが」
「ちょっとお前ら……」
「なんとなく…って。そんないい加減な答えで納得できるわけがないだろう。もっと具体的な事を言いなさい。誘拐事件を起こしてまで欲しがったダイヤだろう。なぜ手放した?」
「根本的にそこが違うんだよ。オレはダイヤが欲しくて誘拐事件を起こしたんじゃなく、誘拐事件を起こしたかったからダイヤを要求したんだ。子供を攫って何も捕らなかったら、どうしてそうしたか色々理由を詮索する人間が出てくる。金品要求すりゃ、それが目的だと思い込んでくれるからな。ダイヤにしたのは持ち運びに便利だからだ。重かったり大きいと運ぶのに邪魔だ」
「……こら、俺にも分かるように説明しろ」
「誘拐事件を起こしたかったからダイヤを要求した? それはどういう事だ? 意味が逆じゃないか」
「逆なんだよ。オレがしたかったのは子供を攫う事だ。金品はオマケだ」
「どうして子供を攫う必要あったんだ? 目的は?」
「テメエらいい加減にしろっ! 内容がちっとも分からねえって言ってんだよ! 俺に分かるように説明しやがれっ!」
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