第四章
ロイはグリードからもっと色々な事を聞き出したかったが、無理そうだと判断して帰る事にした。と思ったのにグリードは世間話を続けたいようで言葉を続ける。
「なあ……お前は親友の為に誘拐犯を捕まえたいんだよな?」
「そうだ」
「聞くが、もし誘拐犯が自分の知り合いだったらどうするんだ。軍じゃ内部犯行説が有力なんだろ?」
「それはその時考える。理由を知らずに判断は下せない」
「優等生の答えだな。じゃあ言い方を変えようか。犯人の行動や目的に正当性があったらどうすんだ? やむにやまれぬ事情があったと共感できちまったら、お前はどうする?」
「それは……その時考える。ヒューズに相談するかもしれない。実際の被害者はあいつの家族なんだから」
「被害ねえ……被害なんてあるのか? ねえんじゃねえの? だってガキは傷一つつけられる事なく返されたんだろ?」
「だが誘拐は重罪だ。親達は胸が潰れるような思いをした」
「けど実際に胸が潰れちまった親はいねえ。攫われたのは銀の匙握って生まれたようなのばかりだ。充分幸せじゃねえか」
「どういう意味だ?」
「全員攫われて心配する親がいるってこった。この国にゃ大人よりも不幸なガキがどれだけいると思う? 虐待や親に売られたり、不幸を売りにしたら大金持ちになれるほどの不幸が蔓延してらあ。攫われたガキは決して不幸なんかじゃねえ。むしろ幸せだ。大事にしてくれる親とあったかい家があるんだろ? 親友の為に憤るのは構わねえが俺からすりゃ甘いぜ。何もされなかったんだから忘れちまえ」
「確かにそうかもしれないが、子供の命と引き換えに金品を要求する事は許されない」
「イシュヴァールで大勢のガキを灼き殺しといてそれを言うか? そういうのって偽善って言うんじゃねえか?」
ロイは反論できなかった。
グリードが悪党だというならロイはなんだ? ひとでなしの悪魔じゃないか。ロイは大勢の子供を殺した。中には赤ん坊も妊婦もいた。ロイの背中には何万の人間の怨嗟が乗っている。誘拐犯などロイに比べれば優しい。
グリードの呆れた声は非難ではなくただの事実確認で、だからこそ胸に刺さった。
「確かに……私の事は何を言われても事実なので否定はしないが、誘拐犯が子供を攫うのを許す理由にはならない。誘拐犯は捕まえなければならない。犯人が捕まらなければ同じ犯罪が繰り返される。成功率が高いと思えば他の悪党も誘拐に手を染める。けじめと見せしめは必要だ」
「それがあんたの言い分か」
「そうだ」
「……うーん」
グリードは何か考えてるようだった。
「面白い事になりそうだから、もう一つ教えてやる」
「なんだ?」
「誘拐犯の事だ」
「何か情報があるのか?」
「まあ、あるっちゃあるな。実は俺もそれについちゃ色々調べた」
「何故?」
「おっと、質問はナシだ。情報が欲しけりゃおとなしく聞け」
「頼むから教えてくれ」
ロイは頭を下げた。
下手に出たロイにグリードは気を良くする。
「素直な態度は好きだぜ。……誘拐犯が次に狙うガキに心当たりがある」
「なんだと? どうして分った?」
「質問は許さないと言った」
「……ああ」
「誘拐犯の目星をつけてな。……そいつをつけて話を盗み聞きした」
「お前……犯人を知ってるのか?」
「次に狙うのはハクロ将軍のガキだとよ」
「ハクロの…」
「いつ動くかまでは聞いてないがたぶん間違いない」
「……………………」
「……誘拐犯は誰だとか聞きたくて仕方がないって目だな。犯人は教えてやれないが親切な忠告はしてやろう。誘拐を止めるつもりなら今回みたいに一人だけで動きな。軍に知られると面倒だぜ」
「質問していいか?」
「なんだ?」
「なぜ軍に知られたら面倒なのだ?」
「そりゃ誘拐犯の中にお前の知ってる人間がいるからさ」
「もしかして…………エドワードか? そうなのか?」
「さあな」
「……イエローダイヤを持っていたキャサリン・グレゴリーはこの店の従業員だ。そしてエドワードもこの店に来た事がある。二人が知り合うきっかけはある」
「なかなか鋭いな。……けどその推測は違うぜ」
「エドワードじゃないのか?」
「犯人が知りたきゃ自分の手で捕まえな。軍を動かすかどうかは自分でよく考えて決めるんだな。やっちまった事の責任も後悔も自分のもんだ。軍はてめえの味方じゃない。その事を忘れんな。判断するのはお前だ」
「グリード……」
「早く帰んな。誘拐を止めたいんなら準備が必要だろ」
「なぜ……私に教えてくれるんだ?」
「質問は許さないと言っただろ。俺は気まぐれなんだ。野郎に優しくしてやる気は全くねえが、俺を楽しませてくれた分だけは返してやるよ。それから……」
グリードは子供を諭すような口調で優しく言った。親切ではなく無知なる者を哀れむように。
「俺らホムンクルスはこうして現実に存在してるが、死んだ人間を生き返らせる人体錬成は成功の例がねえ。こいつは軍でも無理だ。百年以上も研究が続けられているが、成功例はゼロだ」
「人体錬成は第一級禁止事項だ。錬金術師が絶対にやってはいけない禁忌だ。……それも軍は研究しているというのか?」
グリードが何を言いたいのか分からないが、ロイは真面目に応えた。
「ホムンクルスは作るのに人体錬成は駄目だって事はないだろ。死者蘇生……永遠の命は究極の夢だぜ」
「今日一日で軍の見方が変わった。信じる」
「鋼の錬金術師は錬金術を使うのに錬成陣を書かないんだってな」
話がどう繋がるか分からないが、頷く。
「ありえない事だが鋼のの錬金術には構築式が見当たらない。円の代わりに両手を合わせるだけだ」
「人体錬成は成功例がない。えらく難しいらしく失敗すればリバウンドの影響で死んじまう。……例え生き残っても対価として身体の一部を失う。手や足や内臓………心臓をとられたら死ぬか。身体の一部をもっていかれる。……まあ、代わりに得るものもあるらしいが」
「得るもの?」
「人体錬成の事を錬金術師達は裏で『扉を開ける』と言うんだ。これはやった者でないと分らない事らしい。人体錬成を行うと『真理の扉』が開かれる。この世の全てがある『真理の扉』を開ける事によって究極の知識を得るらしい。対価として、自分の身体を無くす。等価交換ってやつだ。その辺はあんたら錬金術師の方が詳しいだろ。軍はこいつを開けたがっているが………開けたら死か不具だ。リスクがでかすぎてやるヤツがいねえ。……欠損した肉体の対価、知識の副産物として得るのは構築式だ。扉を開けた人間は、そいつ自身が錬成陣となる。……つまり」
グリードの手が胸の前で合掌する。
そう、エドワードが錬金術を発動する時のように。
「人体錬成を試みて生き残った人間は錬金術を使うのに式を必要とせず、円を示す事だけで錬金術を使えるようになる。錬成陣を必要としない錬金術師は全て…………人体錬成を試みた者だけだ」
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