モラトリアム 第陸幕

完結
(下)


第三章

#24



「そろそろお前がキャサリンを探している本当の理由を吐いてもらおうか。……俺は基本的にあんまり人と争わない方だが、やる時はやるぜ? お前をバラしたら面倒な事になるが、そうしたら軍に踏み込まれる前に逃げりゃいい。別にこの土地に未練があるわけじゃねえ。俺が本気だって分かるだろ?」
 命と引き換えにするほど隠しておきたい事ではない。
「……先日イーストシティのグレゴリーの所有する屋敷で非公式のオークションが開催された」
「グレゴリー? …ってマフィアの?」
「そうだ。キャサリンの叔父だ」
「マフィアのオークションつったら裏のオークションか。盗品でも追ってるのか?」
「出品された中に探していたものがあった」
「そりゃ何だい?」
「ダイヤだ。イエローダイヤモンド。二十カラットのダイヤで通称『太陽の欠片』と呼ばれている」
「…………………………それで?」
「そのダイヤはたぶん知ってると思うが、今セントラルで起きている児童誘拐事件の身代金として奪われたものだ」
「へー……。マジかよ。……でもダイヤなんてどれも似たようなもんだろ? どうしてそれが盗まれた物だって断言できるんだ?」
「グレゴリーの雇っている鑑定士は本物を見た事がある。その男が断言した」
「鑑定士の目は確かなのか?」
「元美術館勤務で実力はある。でなきゃグレゴリーが雇ったりしない」
「……証拠品が出てきたなら軍は押収して出所をつきとめて、犯人を見つける手掛かりにするよな。なぜ軍が動いてないんだ?」
「裏のオークションに出されたから軍はその事を知らないし、私も報告してない。ダイヤは落札されて証拠品はある夫人の秘密の金庫の中だ」
「なんでお前は上に報告しないんだ? 解決して手柄を一人占めにしたいなら部下動かせばいいだけの話だろ。どうして一人でこそこそ動いてる? まさか証拠品をドサマギでガメようとか考えているのか?」
「まさか」
「なら何でだ?」
 そう、そこが肝心な所だった。誘拐犯をエドワードだと疑っていなければ部下を動かし捜査を進めただろう。
 だがエドワードが犯人であった時の事を考えると、ロイの足はどうしても鈍る。確証が得られるまでは事を表沙汰にしたくない。そして。証拠が出てきてしまったらロイはどうすればいいのだろう。
「……動機が個人的な理由だからだ」
「ほう、どういう事だ?」
「誘拐された子供の親は……私の大事な知り合いだ。その事で家族は今でも苦しんでいる。子供は無事に帰ってきたが私は誘拐犯が許せない。犯人を探すのは私怨だ。できる限り自分で探りたかった」
「そりゃ本当か?」
「本当だ。私の行動は義憤であって仕事ではない」
「そうか……。でもそのダイヤとキャサリン探しとどう結びつくんだ? まさかそのダイヤを持ち込んだのがキャサリンだっていうんじゃないだろうな?」
「そうだ。イエローダイヤを持ち込んだのはキャサリンだ。ボスの姪が持ち込にオークションに出された」
「確かなのか?」
「何処にいても人の目はある。調べようと思えば調べられる」
 グリードは何かを考えるように頭を掻いた。
「……どうすっかなー」
 ロイに言ったのではなく独り言のようなので、ロイはグリードの出方を待った。
「キャサリンかー。……だけどなー。色々面倒だな。………しかしな…………ダイヤか……」
 ブツブツと呟いているグリードにロイも周りの男達も、ただ待つしかない。
 グリードは何を考えているのだろう。ロイの興味がこの店ではなくキャサリンの上にあると知って、興味を無くしたのだろうか。それともキャサリンが誘拐事件に関わっているかもしれないと知って、対応を考えているのか。修羅場をくぐりぬけてきたロイにも読めない奇妙な男だ。外側からは何を考えているか分からない。
 考えこんだ挙句、グリードは唐突に
「あんた、もう帰っていいぞ」と言った。
「……帰っていいのか?」
「聞きたい事は聞いた。……あんたがイーストシティに帰るのはいつだ?」
「明日の夕方の予定だ」
「じゃあ明日の午前中にまた店に来い。でなきゃ俺の方からそっちのホテルに出向くぞ。人目を気にしないのならそれでもいいが、どうする?」
 何故突然開放する気になったのかは分からないが(ロイを信用したのだろうか?)帰っていいというのだから帰る事にした。
 ……にしても明日、何の用があるというのだろう。突然態度を変えた理由は? 今で駄目な理由は何だ。ロイの言葉の裏をとるつもりだろうか。
「ホテルは困る。……明日また来る」
「そうしてくれ。あんまり早く来られても困るから十時頃来いや」
「分った」
 ロイが部屋を出て行こうとするとグリードが、
「あ、そうだ」と引き止めた。
「あんた錬金術師だろ。生意気なガキの錬金術師を知らないか?」
「見習いの錬金術師なら軍の錬金術科に沢山いる。もっと具体的な特徴はないのか?」
 ロイは訝しみながらも素直に答える。
「年は十代半ば、チビで金髪で三つ編みだ。顔は良いが、おっそろしく口が悪い。錬金術の腕は見習いレベルじゃねえからたぶん学生じゃねえ」
「………………なぜその錬金術師の事を知りたい?」
「単なる好奇心だ。顔を合わせた事があるんだが何処の誰だか分からねえ。どうせまた会う事になるんだが、住んでる場所も知らねえから待つしかねえ状態だ。……知らないと即答しなかった所を見ると知ってるんだな?」
 ロイは仕方がなく頷く。
 いきなり投げられた問いに動揺した。
「…………該当者が一名いる。たぶんそれは鋼の錬金術師だ。軍の最年少国家錬金術師で九歳で国家試験に合格した稀代の天才児だ。今は十五歳、金髪の髪を三つ編みにしてる」
「国家錬金術師?」
「名前はエドワード・エルリック。ニューオプティンのハクロ将軍を後見人に持ち、現在はセントラルにいる」
「エドワード! ……あっはははは、そうだ、エドワードだ。アイツ国家錬金術師だったのか。軍にいたのか。どうりで……。そりゃ隠しておきたいわけだ。……とんだガキだ。クククク、笑えるぜ」
「鋼の錬金術師と知り合いなのか?」
「知り合いって程のモンじゃないが、まあちっとだけ関わりあう事になっちまってな。ふてぶてしいガキだと思ってたが国家錬金術師とは……いやあ笑えるわ」
 何がそんなにおかしいのかグリードは上機嫌になった。
「悪ぃ悪ぃ、引き止めちまって。帰っていいぞ」
 ロイとエドワードが親しい事を知らないグリードは明けすけだった。


 ロイはデビルズネストを出るとホテルに電話を掛けて、ホークアイの無事を確認する。すぐに帰ると連絡し歩き始めたが、電話を切った後の顔は険しく強ばっていた。


 ……繋がってしまった。
 エドワードが犯人でない事を調べる為にここまでやってきたのに、証拠が出てきてしまった。
 エドワードはダブリスに来ていた。
 グリードと会ったという事はロイと同じく『デビルズネスト』に行ったのだ。
 キャサリンとの接点が見付からない限りエドワードは灰色のままだったのに、今は黒になってしまった。
 エドワードはデビルズネストでキャサリン・グレゴリーに接触してダイヤを渡したのだ。処分を頼んだのかただ仲介しただけなのか分からないが、とにかくないと思った接点が見付かった。
 ロイは気分が重かった。心の奥ではエドワードの無実を願っていただけに、出て来た事実がロイを苛んだ。
 ホークアイを連れて来なくて良かったと心底思った。
 まだホークアイにはエドワードの事を知られたくない。
 ロイが何を思って動いたか聡いホークアイなら気付くだろう。あと少し、エドワードがロイに本音を話すまでは誰にも気付かれたくはなかった。
 痛む胃の上を押えながら、ロイはトボトボとホテルまでの道を歩いた。



 疲れを理由に会話をしないで済んでロイはホッとした。
 ホテルに帰ったロイはホークアイとの会話を拒否しシャワーを浴びベッドに潜り込んだ。心配していた部下に悪いと思ったが、とても会話する気分にはなれなかった。
 エドワードの事が頭を回って眠れないだろうと思っていたロイだが、連日の疲労のせいか柔らかい布団に包まれた途端、意識を失った。