第三章
日が暮れると途端に街の様子は一変する。子供の姿は消え、明るい電色に飾られた店がこれからがかきいれ時というように息を吹き返し活気を帯びる。
ロイは周りを観察しながら、昼間とはまるで違う顔を見せ始めた通りを歩いた。
昼間一度やって来て店の場所と道を覚え、いったんホテルに戻り仮眠と食事をとって再び西地区に戻ってきた。
イーストシティにも当然歓楽街はある。店の雰囲気や立っている女達は何処も変わらないと思いながら、目的の店を目指す。
客引きの手を逃れながらロイは『デビルズネスト』についた。店は裏通りの地下にあり一見の客は入り難そうだが、強引な客引きのおかげで誘われるままに入れた。
「お客さんはお一人ですか?」
丈の短いワンピースを着た美人が営業用の笑顔で迎えた。そしてロイの顔を見て営業用から本気の笑顔に切り替える。
「ええと……ここは女の子と遊べるのかい?」
「ええ。飲むだけもできますし、女の子を選んで上に連れていく事もできますけど、どうしますか?」
「とりあえず飲みながら考えるよ」
ロイはボックス席に案内され、女の子を両隣りにはべらせてやに下がりながら軽い調子で(この辺はいつものとおり)無駄話を重ね、間に少しづつ聞きたい事を混ぜて情報を引き出した。
「キャサリン? どうしてマックスさんがあの子の事知ってるの?」
「前に役所の同僚が来た時に相手をしてもらったって聞いてね。金髪のイイオンナだったって自慢されたから一度見ておこうと思って。……あ、勿論君達も美人だよ」
「社交辞令はいいわよ、マックスさん。……でも残念。キャサリンは当分お店にはこないの」
「なんだ休みなのか。顔だけでも見ておきたかったんだけどな」
軽く流すと、女性達はライバルの不在をいい事に口が軽くなる。
「親戚のオジサンの所に行ってるらしいわ」
「元々従業員は入れ代わり激しいからね。女の子もちょくちょくメンバーが変わるわよ」
「私たちじゃ駄目? 金髪がいいなら他の女の子を呼ぶ?」
「いやいい。君達で満足しているよ」
ロイの返答に満足そうに笑う女性達。
明るい雰囲気の優男のハンサムをホステス達は歓迎した。会話は楽しいし色男なのに変にベタベタしないところがいい。遊び慣れているのか軽薄な雰囲気だが、この場所に誠実さは必要ない。金払いも悪くなさそうなのでロイの周りには三人の女性がいた。
ヘラリと笑って対応しながら、一方でロイは冷静に考えた。
確かにキャサリン・グレゴリーはこの店にいたらしい。
叔父の所に行った………という事はキャサリンはまだイーストシティにいるのだろうか? あの屋敷に留まっているのかもしれない。
情報屋の話ではキャサリンはいったんダブリスに戻ったはずだが、再びイーストシティに行ったという事だろうか。ロイ達と入れ違いになってしまったのか。
キャサリンに直接会って話を聞かなければダイヤの出所は分からない。キャサリンに接触した客の事を聞き出すのは難しそうだ。キャサリンに会えないのでは来た意味がない。
ロイは先に進むべきか迷った。先……とは女の子を買ってピロートークで話を聞き出すという事だが、一人の時ならともかくホークアイが一緒に来ているからそれはマズイ。鋭い彼女はロイのした事に気付くだろうし、直接非難されなくても氷の目で見られる事は確実だ。
ロイは諦めて裏から行くかと考えた。同僚の女の子達からダイヤの情報を引き出すのは無理だろう。この店はなかなかヤバそうだ。バールの主人が忠告した意味が分った。普通に遊ぶのなら安全だが、そこかしこに目がある。カウンターに座って飲んでいる男やボーイは堅気ではない。どいつも鋭い目をして周りをさりげなく観察している。遊び以外の目的で来た客は正面口からは帰れそうもない。
ロイはトイレにいくついでに店の間取りを確認する。フロアの奥にも部屋があるが、目付きの悪い男が立っていて確認できない。しかしそれらしい男がいるという事は奥になにかあると教えているようなものだ。
トイレから戻って女の子達に聞いてみる。
「あっちにもドアがあるけど、あっちには何があるんだい?」
「あら、あっちは従業員の部屋よ」
軽く女の子が応えた。
「そうなんだ。てっきりあっちで色々買えると思ったんだけど」
「……色々って?」
「その……女の子と楽しむ時に使うアイテムとか……。普通じゃ買えない物も扱ってるって聞いたから」
「やだお客さん。使ってみたいの?」
クスクス笑いながらしなだれかかる女の子の肩を抱いて、ロイは恥ずかしそうに囁く。
「普通のもいいけど、クスリ使うと天国にいけるって言うじゃないか。一度くらい試してみてもいいかな…って」
内緒話のような態勢に女性は嬌声をあげる。
「うふふ、残念だけどそっちの商売の方は店じゃなく違う部屋なの」
「へえ、そうなんだ。……ところでここの店はグリードって人の持ち物なんだろ?」
「あらグリードさんを知ってるの?」
「バールで飲んでいた時に噂を聞いた。この店は遊ぶのはいいけど恐いお兄さん達を怒らせるなって忠告された。……恐いのは嫌いだけど、玄人好みの店っていうのに入ってみたかったからね。普段は恐くて入りにくいけど、遠出した時くらいはハメを外したいじゃないか。地元じゃ人の目があるから冒険なんてできないし」
女がロイの頬をつつく。
「あらグリードさんは優しい人よ。女の子限定だけど」
「女の子に優しいのは普通の事だろ?」
「そうでもないわ。お店によっては女の子の扱いが酷い所もあるから。ここはちゃんと働けば大事にしてもらえるし。グリードさんは恐いけど面白い人だから女の子達は大好きよ」
「強いって聞いたけど?」
「そうみたい。強面のお兄さん達が頭を下げてるわ。詮索すると恐いお兄さんが出てくるから気をつけてね」
「さぞかし大柄なレスラーみたいな押し出しのきく人なんだろうね。俺なんか痩せてるから羨ましいよ」
「残念でした。グリードさんはお兄さんよりも背は高いけど大柄ってほどじゃないわよ。男の人としては普通なんじゃない? 好い身体はしてるけど」
「やだ、好い身体だって」
他の女の子達がいっせいに笑う。
(体つきは普通か。恐怖で上に君臨するタイプじゃないという事は頭が切れるのか?)
女の子の質は悪くなかった。それなりに容姿と身体に磨きがかかっており、トークも快活で場を盛り上げるのがうまい。店の内装はそこそこ普通だ。あまり金はかかっていないようだが照明が暗いので細部までは見えないし、見える所はそれらしく整えられている。酒もボトルと中味が入れ替えられているような事はないし、価格もそれなりだ。安くはないがぼったくりとは言えない。
一見普通の店だがロイの嗅覚は何かを捉えた。キナくさいというよりも、なんだか落着かない臭いだ。他の客は感じてないようだが、ロイはどこからか見られているのを感じて軽く緊張した。
ロイが女の子達と談笑していると、ボーイが近付いてロイの耳元で囁いた。
「お客様。……グリードさんがお待ちです。こちらへ」
それだけ言うとついて来いと言わんばかりに背中を見せるボーイに、ロイは咄嗟に身体を強ばらせた。
「……待て」
「どうしたのマックスさん?」
「ボーイ君に何か言われたの?」
女の子達には聞こえなかったようだ。
ロイは立ち上がり「電話が入ったようだ。長くなるかもしれないから」と言いってボーイの後を追った。
「あらつまらない」
「すぐに帰ってきてね」
絡み付くような声を出す女の子達を残して店の奥に行く。ポケットから手袋を出してはめる。
いきなりの展開だが好都合でもある。ロイの行動の何処に怪しさを感じたのか分からないが、折角御大が招待してくれるというのだから断る事はない。時間を無駄にせずに済んだ。
狭い通路を通り更に階段を降りて奥の部屋に連れていかれる。地下は二階まであるらしい。建物は外からでは分からないがかなり広い。通路は入り組んでいるし一人では迷いそうだ。
通路ですれ違う男達はガラが悪くスレた雰囲気をかもし出している。店がそういう店だから仕方がないが、中にはあからさまに敵愾心を持って見る男もいて、ロイは何故そういう目で見られるのか分からずに訝しんだ。
鉄のドアを男が入っていく。ロイはその後に続いた。
「連れてきました」
「ごくろうさん」
入った部屋は広かった。店と同じくらいのスペースだろうか。だがうちっぱなしの壁と床と配管の見える天井は無駄がなく簡素……というより普段あまり使われていないような印象を受けた。荷物の置いていない倉庫という感じだ。
部屋には複数の男達がいた。その顔も剣呑で友好的雰囲気はない。
ロイはこれはマズイかな? と焦ったが、ここまで来て逃げ帰るのも癪だし目的も分からず撤退するのは得策ではないと肚を据えた。
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