第二章
食事が運ばれてきてウィンリィは嬉しそうに食べ始めたが、ロイはあまり味を感じなかった。それよりウィンリィの言った事が頭に引っ掛かって思考がそれだけになる。
(エドワードの親しい友人。……弟と同じ名前。……鎧姿。二メートルを越す身長)
グルグルと条件が頭の中で回る。
確か。そんな事を聞いた記憶がある。そんなに昔の事ではない。
エドワードの恋人の名前も……アルフォンスだ。
『身の丈二メートル以上の鋼鉄マッチョ』
エドワードの語る恋人像を思い出し、ロイは食事の手が止まった。
『九年越しの恋愛』
『同性で肉体関係もある』
『死んだと思ったが実は生きていた』
『一歳年下で』
ロイの優秀な頭脳はエドワードとの会話を思い出す。
空のワイングラスを持って微動だにしないロイに、ホークアイとウィンリィが怪訝な顔になる。
「た……マックス。どうかしましたか? 気分でも悪くなりましたか?」
自分の世界に入り込んだロイをホークアイは心配する。
「いや、中尉……」
「中尉ではなくリンダです。お間違えのないように」
「リンダ? リザさんはそう呼ばれてるんですか?」
「隠密行動中なので偽名を使ってるの。ウィンリィちゃんはリザでもリンダでも好きな方で呼んで。大佐の今の名前はマックスよ」
ホークアイは訳の分からないウィンリィに説明する。
「ウィンリィ嬢。ちょっと聞きたいのだが…」
ロイは笑顔を顔に張り付けた。
「はい。なんでしょう?」
「そのアルフォンスの……弟の方ではなく鎧姿の方のだが……ウィンリィ嬢はその少年に以前に会った事があるのかい?」
「ありません。会ったら忘れられません。外見が強烈ですから」
「素顔は……見なかったのかね?」
「はい。夜はともかく、昼間は太陽光が恐くて外では鎧は脱げませんから。顔は分からないけれど、性格は良かったですよ。一緒にいて楽しかったし初対面なのに全然緊張しなかったし、あんな大柄なのにちっとも恐いと思わなかったし。彼に比べたらエドの方がよっぽど乱暴です」
「鋼のは変に男らしいからな」
ウィンリィの好意的評価にロイは、そういえば鋼のも自分の恋人は性格が良いと言っていたなと思い出す。
条件だけ聞けばビンゴだ。ウィンリィの会った鎧姿の少年がエドワードの恋人だ。その少年と会う為にエドワードは寄り道をしたのだ。
口からのでまかせとは思わなかったがエドワードの恋人が実在したと知って、ロイは好奇心を押さえられない。
「鋼のにそんな親しい友達がいたのなら今度紹介してもらおうかな。私もセントラルに移る事だし、そのうち会う機会があるだろう。鋼のは子供なのにロクに遊ばないし友達も作らず心配していたのだが、ちゃっかり遊び仲間を作っていて安心した。錬金術師仲間というが、鋼のと錬金術の話ができるくらいならきっとその子も優秀なのだろう」
「そうか。ロ…マックスさんはセントラルに移られるんですよね。……あ、でも」
「何か気になる事でも?」
「エドが言ってました。父親も戻ってきた事だし、そろそろ故郷に戻るって。今やってる研究が終わり次第リゼンブールに戻っるって言ってましたよ」
「鋼のがリゼンブールに帰る?」
「御存じありませんか? そっか。まだ言ってなかったんですね。その場のでまかせでなければ、エドは家に帰るつもりらしいです。アルにもそう言ったし」
「鋼のが……」
突然聞かされたエドワードの事情に、ロイは不可解な気持ちになる。
エドワードが故郷に帰る? ……そんなの聞いていない。
どんなに周囲に言われてもリゼンブールに戻ろうとしなかったエドワードが、なぜ突然故郷に帰ると言い出したのだろう?
父親が帰ってきたからか? だがエドワードは父親の事を嫌っている。
母親の為?
それとも何か他の理由があるのか?
リゼンブールに戻ってしまえば研究だって滞る。故郷に戻る利点はない。
エドワードほどの天才なら何処にいても同じという事か? まさかホームシック?
エドワードは恋人と再会した。エドワードの恋人はセントラル在住と聞く。引っ越すのならこういう場合、リゼンブールでなくセントラルに移住するのではないか?
それとも遠距離恋愛を楽しむつもりなのか? 同性愛は迫害されやすいし白い目で見られる事もある。側にいて怪しまれるよりも、距離を置いて安全を確保しておきたいのだろうか?
しかしそんなのはエドワードらしくない。エドワードなら駆落ちしても自分の愛を貫くと思う。
一人で頑張っている母親は捨てられないが、今家には父親がいる。今ならエドワードが家族を捨てても家族は困らない。
相手の方に問題があるのか?
病気というのならセントラルで病院通いしている可能性はある。十四歳なら親の保護下にいるだろうし、エドワードとの恋は歓迎されず、逆に強固に反対されそうだ。
遠距離恋愛ならイーストシティにいても支障はない。わざわざさらに遠いリゼンブールに戻る必要はない。
エドワードが何を考えているか分からない。
「鋼のは分からない子だと思っていたが、最近、増々分からなくなってきた。反抗期なのか自分の事を何も話そうとしないし、なのにウィンリィ嬢には何でも話すんだな」
「まさか、そんな事ありません」
「そうなのか?」
「帰ってこない人とどうやって話せというんですか? エドは薄情でちっとも帰ってこないし何やってるんだか教えてくれないし、今のエドは私にとってもアルにとっても謎だらけです。色々聞きたいけれど、仕事が忙しいと言われてしまえばこっちも強く言えません。おじさんがいない間、おばさんとアルの支えになってたのはエドだし、仕事が大変なのに家族をもっと気遣えなんて言ったらエドが参っちゃうかもしれない。だからこっちもエドの薄情さを責められなくて気を遣います」
「……確かにそうかもしれないな。父親不在で母親が病気で、鋼のがどんなに頑張ったか身内が一番知っている。仕事と家族サービスの両立を強いるのは子供には酷だ」
「そうですよね。エドはエドなりに努力してああいう風にしてるんですよね。最近のエドって何を考えてるのかちっとも分からなくて遠い感じがしたんですが、戻ってくればまた昔みたいに何でも話してくれるようになりますよね」
「鋼のも年頃の男だから、色々女性には言い難い事もあるんじゃないのか? ……例えば恋愛とか」
「まっさかあ、エドに限ってないない、それはないですよ」
ない、という言葉に合わせて大きく手を振るウィンリィに、エドワードは幼なじみにあの大人びた顔を見せてないのかとロイは思った。
エドワードにはとっくに恋人がいて肉体関係もあって、しかも同性だと教えたらどうなるか。
……やはり一笑に伏されるのがオチだろう。
ウィンリィの目に映るエドワードは昔の幼なじみの姿であって、鋼の錬金術師ではないのだ。
孤独と絶望を抱えた瞳が最近明るくなった変化も気付いてないに違いない。
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