モラトリアム 第陸幕

完結
(下)


第二章

#15



「ダブリスまでは五時間掛かります。その間お休みになって下さい」
「そうする」
 ロイは寝不足の声で椅子の上で撃沈した。
 土日の休日を確保するために金曜日の夜中まで昼夜なく働き続け、さすがのロイも疲労困憊だった。仕事の内容より睡眠不足が堪える。家に帰る時間が惜しいから寝るのはいつも司令部仮眠室だ。
 ロイの黙々とした仕事ぶりに部下達は何があったのだろうと無気味そうに見詰め、上官がそんな様子だから部下達も仕事に集中し、東方司令部はいつになく仕事がうまくまわっていた。
 睡眠不足は胃にくる。ロイは胃薬を飲みながら金曜日まで耐え、明方までに仕事を終わらせて、ダブリス行きの列車に乗り込んだ。
 ロイの疲労を考えてかホークアイは個室を予約しており、ロイは人目をはばかる事なく椅子の上にだらしなく寝転がった。
 ホークアイもロイに付き合い睡眠不足になっていたので到着までの間に休む事にした。
 本来なら護衛役のホークアイは起きて周囲に気を配っていなければならないのだが、今回の旅行は偽名を使ってロイ・マスタングの存在がイーストシティの外に出た事を秘密にしてあるので、比較的安全だ。列車の切符をとる時には名前の申請が必要だが、裏から手を回し、ロイとホークアイは『マックス』と『リンダ』という名前で、夫婦役を演じている。
 ホークアイは今回の上官の不可解な行動を分析したが、結局何も分からなかった。
 ロイのする事にはいつも何らかの意味がある。部下を関わらせたくないというのなら、その事にも意味はあるのだ。
 ロイは何を知り、何を探っているのだろう? どうもヒューズの為だけではないらしい。
 では誰の為だ? ロイ自身の為?
 だが遠く離れたセントラルの誘拐事件とロイがどう関わってくるのだろう?
 ロイは犯人の心当たりがあるのだろうか?
 だから自分一人で探りたいのだろうか?
 それとも盗まれた物に関心があるのか?
 ロイは何も教えてくれないが何かを探っているのは確かなので、ホークアイはそれが分かるまで待とうと思った。ロイについていくと決めたのはホークアイ自身だ。
 熟睡する上官顔を眺めながらホークアイもいつしか眠りに入った。




「イーストシティよりは暖かいですね」
「東部より南に位置しているからな。晴れて良かった」
 ダブリスは観光地だし乗り換え地点だから多数の列車の乗り入れしていて、駅は混雑していた。
 二人は秋晴れの下で気持ちも晴れたような気になった。ずっと軍部から出ずに仕事をしていたので、久々にリラックスした気分になる。
 ロイとホークアイは私服だし部下も他にいないので、仕事というよりプライベートな気分だった。
「大佐……ではなくてマックス。まずは宿にチェックインして荷物を置いてから動きましょう」
「そうだな、リンダ」
 一泊する予定で宿は予約してある。観光地なので宿が取れないと困るからだ。
 ロイだけならその辺の娼館で一泊すればいいが、ホークアイが一緒ではそういうわけにはいかない。
 駅のホームを抜けようとしたロイは強い視線を感じ、咄嗟に緊張した。
 気がつかないフリでホークアイに合図する。ホークアイも気付いたようでさりげなく懐に忍ばせた銃をいつでも抜けるような態勢になった。
「あの……もしかしてマスタング大佐ですか?」
「え?」
 突然呼ばれた本名にロイが振り返る。
「えっと……君は確か…」
「ウィンリィ・ロックベルです。エドの幼馴染みの。……あの、お久しぶりです。覚えておられますか?」
「ああ、勿論。綺麗なレディを忘れるほど薄情ではないよ。ロックベル嬢。久しぶりだね。元気だったかい?」
「はい。あの……マスタングさん達は御旅行ですか?」
 隣のホークアイを見て、ウィンリィは聞いていいかどうか躊躇うように言った。
「ああ、中尉。覚えてるかね? 鋼のの幼馴染みのウィンリィ・ロックベル嬢だ。去年イーストシティに来た事があっただろう」
「ええ、覚えています。ウィンリィちゃん。こんにちは。どうしてあなたがここに?」
「私はちょっと旅行で……乗り換えの列車待ちなんです。あの……良ければ出発までに時間がありますからお茶でもいかがですか?」
 ウィンリィの誘いにホークアイは申し訳なさそうに言った。
「ゴメンなさい。私達時間が……」
「まあいいじゃないか。私達もどうせ昼食をとらなければならないんだし。……よければ一緒にどうかな? 御馳走するよ。それともそこまでは時間がないかな?」
 ロイのにこやかな誘いにウィンリィは赤くなる。
「そんな……。ちゃんと自分の分は払います。どうせ私のお金じゃないし……」
「どういう事だい?」
「お、おこずかを沢山貰っているので。あの本当に……私が行ってもお邪魔じゃないですか?」
 完全にプライベート仕様のラフな格好の二人の姿に誤解して、ウィンリィは遠慮する。
「ははは、何を勘違いしているか知らないが、邪魔なんて事はないよ。食事は駅のレストランでいいかね? ダブリスは牛肉が有名だし肉料理でもどうかな? 嫌いな物はあるかい?」
「ありません。たいていの物は食べられます」
「それは結構」
 ロイはホークアイとウィンリィを連れて駅に隣接するレストランに入った。