第二章
「……大佐?」
「御苦労だった。今日の仕事は終了だ」
「……お疲れ様でした」
ロイが何も言おうとしないので、ホークアイとブレダは問うような視線を投げかけた。
ロイの調べていた事は、本来はロイの仕事ではない。誘拐事件はセントラルの……ヒューズの抱えている案件だから、ロイにとっては管轄外。
そして、いつものロイならば協力してくれた部下にもう一言ある筈だ。
…が、ロイは考え込むように沈黙し自分の世界に入っている。
「……中尉」
「はい」
「二日……休みを取りたい」
「無理です」
「私の有給は残っていた筈だが」
「はい。ですが仕事は山積みになっております。……ダブリスに行かれるおつもりですね?」
「ああ」
「調査でしたら他の人間でも充分な筈ですが」
「これは軍の仕事というより個人的な事情だ。部下を使いたくない」
「個人的…ですか? しかしヒューズ中佐の為なのでしょう? 東方司令部から人を割けないというのなら中佐から密かに人を回してもらってはどうでしょうか?」
「この件はまだヒューズには知らせるつもりはない」
「大佐?」
「個人的な事だと言った。今回の事で軍は動かしたくない。内密に動きたい」
「つまりご自分ですべてやると?」
「ああ」
「大佐はもうすぐセントラルに移動になります。それまでに片付けておかなければならない仕事は山と残っています。休日出勤も当然という感じですのに、それでも行くと言うのですか?」
「……どうしても気になる事がある。無理は承知の上だ」
ロイの横顔が揺るがないのを見て、ホークアイとブレダは顔を見合わせた。
ロイは時にぐうたらでどうしょうもない上官だが、仕事の面では信頼できる。自分の成すべき事を知り実行する手腕は尊敬に値する。今までロイのする事に異議を唱えた事はなかったのだが、今回は説明不足もあり、上官の思惑を理解しきれず承諾しきれない。
「気になる事……というのをお聞きしてもよろしいですか?」
「……今は言えない」
「確証がないからですか?」
「個人的な事だからだ」
ホークアイは納得できない。
ヒューズの娘の誘拐事件で、ロイが私心で動いているとなると確かに個人的な事情になるが、手柄にならなくても誘拐犯を捕まえるというのは間違っていない。手柄の全てをヒューズに譲る事になったとしても、個人的な事と断言して部下を関わらせないというのはロイらしくない。
仕事ではないと言っても手を貸してくれと言われれば、いくらでも貸すつもりでいる。それくらいの信頼関係は築いている。
ホークアイに言えないとなると、ヒューズの娘の誘拐事件だけを追っているのではないらしい。ロイには他に気になる事があるのだ。
しかしロイの今夜の行動は誘拐事件を追っているとしか思えない。
ロイが握った情報は例の連続誘拐事件の手掛かりだ。なのにロイはこれは私事だと言う。
どうやらロイは副官にも言えない情報を他に持っているらしい。
「……分かりました」
ホークアイは折れるしかなかった。
「すまん、中尉」
「ですが、大佐が動かれるというのなら私も同行致します」
「それは困る。君までいなくなると東方司令部は機能しなくなる」
「一人というのは困ります。どうしてもとおっしゃられるなら私を護衛に連れて行って下さい」
「しかし……」
「動くなら土日がいいでしょう。有給は無理でしょうから休みのうちに行動しましょう。朝一番の列車に乗って帰るのは翌日の夜中ではどうでしょうか? 幸いダブリスは近場ですし、列車の乗り換えもなく移動できます。二日程度ならブレダ少尉達に後を任せてみては?」
「スカーの生死も確認されてないし……」
「どこにいようと狙われる時は狙われます。それより大佐一人で動かれる方がよほど心配です」
ホークアイの淡々とした説得にロイは躊躇する。
今はまだ誰にもエドワードと誘拐事件の繋がりを知られたくない。
ホークアイは黙っていろと言えば貝になるだろうが、ロイは外に知られるのは早いと思っている。
ホークアイが同行すれば、ロイが何を知りたがっているか分ってしまうかもしれない。
「大佐。……俺からも頼んます。中尉を連れてって下さい。俺は休日出勤して司令部に詰めてますから」
ブレダにまで言われてロイは仕方がないと諦める。
優秀な部下達はロイを心から案じて進言しているのだ。ロイを疑ったり縛る為ではない。それに確かにホークアイが同行した方が何かと便利だろう。男一人の旅行より女性同伴の方が怪しまれにくい。
「そういう事でしたら大佐」
「なんだ?」
「明日から休み時間なしで仕事をこなしていただきます。出発のギリギリまで休む間はないと思って下さい。行くまでにたまった仕事の全てを終わらせます。私も全力でサポート致します」
「う……」
「大佐がやる気を出していただいて助かります。頑張りましょうね」
「…………はい」
部下のやる気に満ちた有無を言わせぬ声音に、ロイは背中にズンと圧力を掛けられたような気分になった。
ホークアイの言っている事は正しい。休みをとりたいなら仕事を終わらせていくのは当然だ。
しかしロイの机に溜まっている仕事は半端な量ではない。果たして終わるのだろうかとロイは恐ろしくなった。
優秀な部下は仕事を終わらせるべく過酷なスケジュールを組むだろう。それがどんなスケジュールでもロイに拒否権はない。
明日からの事を思ってロイは胃が痛くなった。
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