第二章
「……こちらのダイヤモンドは今セントラルを騒がせている児童誘拐事件の身代金として奪われたものです。色は多少違いますが、それは……察して下さい。色が変えてありますので表に出しても問題ありません、御安心下さい。……では一千万センズから始めます」
オークショナリーの説明を聞いて周りの者達は「ホー」だの「まあ」だの感嘆の声を上げていたが、ロイは『おいおい、堂々とそんな説明をしていいのか?』と呆れはてた。
こいつらには捕まるとかそういう意識はないらしい。権力を過信してそれに浸りきっている。
誘拐事件の証拠物件もキワモノ好きの好事家達からすれば魅力ある付加価値でしかない。悪趣味だ。
ここは豚どもの集まり……まるで家畜小屋だ。絹の服を着ていても品性までは隠しきれない、宝石で飾り立てただけの豚どもだ。
しかし今はそんな感想をのべている場合ではない。
オークションの前に品物の数々は一旦展示される。充分観賞させ落札への意欲を高める為だ。
ロイもさりげなさを装ってじっくりとダイヤモンドを見たが、それが盗まれたものかどうか見分けがつかなかった。宝石は色とカットが同じなら素人目には区別がつかない。専門の鑑定人が調べて初めて比較ができるのだ。
展示されていたダイヤはイエローではなく無色透明だった。どうやって色を変えたかは分からないが、錬金術でなんとかなる。
ロイの目的はダイヤそのものではなく、鑑定人と接触する事だった。
「……七千万センズ、七千万センズより上の方はいらっしゃいませんね? ……ではこちらのダイヤモンドは七千万センズで落札されました」
まばらな拍手が落札者に送られる。
扇子で口元を隠したホークアイが言った。
「マックス。……ダイヤが落札されたわ」
「七千万か。……石一つに対した値段だ」
「子供の値段だと思うと高くはありません」
「そうだな」
オークションは続き、中にはロイの知っている盗品も混ざっていたが、今回の目的はダイヤなので他の物には目を瞑る。落札した人間の顔だけ覚えておけば後でそれなりに役立つだろう。
オークションが終了して客が帰り始めるのに混ざり、ロイとホークアイも退場する。
車に乗ると、車は屋敷から一旦離れそして道を変えて戻った。
「……御苦労だったな、中尉、ブレダ」
運転手役のブレダを労う。
ロイは喉を締め付けていた蝶ネクタイを緩める。
「オークションはどうだったんですか?」
「比較的穏やかに終わった」
「目的の物はあったんですか?」
「ああ」
ブレダには潜入の目的をダイヤだとは言っていない。裏のオークションで気になる物があるから見に行くとだけ言ってある。詳しく説明しなくても察するのがブレダの良い所だ。
「これからどうするんですか?」
「鑑定人が出てくるのを待つ。屋敷から離れた所で拉致する」
「乱暴な手段ですが平気ですか?」
「話をするだけだ。車の中が一番人目につきにくい。中尉は前の座席に。ギャリソンを後ろの席に招き入れる」
「ギャリソン?」
「リチャード・ギャリソン。鑑定人の名前だ」
「鑑定人には護衛が付いてないんスか?」
「それほど重要な人物ではない。調べではいつも歩いて帰宅しているそうだ」
一時間も過ぎた頃、屋敷から一人の男が出てきた。痩せて縁の太い眼鏡をかけている。
車をギャリソンの帰り道につけておき、ギャリソンが車の脇を通った時にすばやくドアを開け、中に引きずりりこんだ。車は静かに発進し大通りをゆっくり進んだ。
「な、なんだ、アンタらは!」
突然車に引きずりこまれたギャリソンは顔を引き攣らせて叫ぶ。
「お静かに。……お互いの為に手短に済ませましょう」
ギャリソンは隣に座った男の手にある銃と一応紳士的な態度に、呼吸を整えた。一介の鑑定人とはいえマフィアの仕事をしているのだから、これくらいの危険は覚悟していた。とはいっても正体の分からない相手に車で連れ回されるのは不安だった。相手の気分によっては生きて帰れないかもしれないと思って、喉が乾く。覚悟なんてその程度のものだ。
「あ…あんた達は誰だ?」
「私が誰だろうと今は関係ない。むしろ知らない方がお前の為だ。私は知りたい事を知ったらお前を解放する。私の話が分ったら前を見ろ。私の方を見るな」
「……あ、ああ」
ギャリソンはぎこちなく首を動かした。
「知りたい事とは何だ?」
「その前にこれをつけろ」
手渡された目隠しを躊躇いながらもつける。ギャリソンは恐怖でいっぱいだったが相手が高圧的な態度でないので、パニックにならずに済んだ。
ギャリソンが気を抜けないのは相手から発する威圧感が本物だからだ。その辺のチンピラ相手ではないと分かる。怒らせたら不味いと咄嗟に思った。
車がどこを通っているか分からない。見えない事で不安は募る。
男はタキシードを着ていた。オークションに参加していた客だろうか?
「も、目的はなんだ?」
「知りたい事があると言った。……私には探している物がある。その情報の欠片を貴様が握っていると聞いた」
「探している物とは何だ?」
「……絵画だ。『夕日の中の故郷』」
「ミカエラ・ルノー作のか?」
「他に同じタイトルの絵があるのか?」
「いや……」
ギャリソンは考えた。『夕日の中の故郷』はルノー作の中でも傑作と言われ高い評価を得ている。所有者はアメストリス軍で国立美術館に展示されていた。
過去、国立美術館鑑定士だったので何度も目にしている。
「あれは……盗まれたと聞いたが……」
「だから探しているのだ」
「知らない。あの絵は児童誘拐犯が奪って逃げたと聞いた。ブラックマーケットに流れたという事実は確認されていないし、噂すらない」
「……………………」
「ほ、本当だ。本当に何も知らないんだ。嘘じゃない!」
「……………………」
「う、裏の情報屋にもマフィアの情報網にも引っ掛かっていない。きっとまだ犯人が持っていて手放してはいないんだ」
「……………………」
「オレがあの絵を見たのは何年も前の事だ! 国立美術館を辞めてからは一度も目にしていない! ……た、例え殺されても分からないものは分からないんだ! 信じてくれ!」
「……本当か?」
「あ、ああ」
ギャリソンは男の沈黙が恐かった。口数が少なく何を考えているか分からない。饒舌な方が相手の意図が読み取れるのに。
ギャリソンは恐怖でいっぱいだったが脳の一部は冷静だった。
『夕日の中の故郷』は今話題になっている児童誘拐犯に身代金として奪われたという話だ。いくらギャリソンが元国立美術館鑑定士だったからといって、絵画の行方を知るわけがない。そのくらいは謎の男にも分かるだろうと思った。
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