第二章
五日でできる事は限られている。胸に招待状と絹の手袋を入れ、ロイはタキシード姿でオークション会場に出向いた。
今回のオークションは裏の……とはいっても比較的おとなしい範囲内だ。より汚いものになると、競売にかけられるのは物ではなく人だったりする。女子供が競りに掛けられ売られていくのは腸が煮えくりかえる。
犯罪を摘発しても捕まえられるのは尻尾切り要員の雑魚ばかり。本当の黒幕は権力者に守られて表に出てこない。
持ちつ持たれつで力を持っている者達が軍や情報を動かしているのを知っていながらどうする事もできない歯痒さに、ロイは焦りを感じる。早く、早くと背を押されるようにがむしゃらに働いて出世しても、頂点はまだまだ遠い。
ロイが働くのはこの国の為、民の為。
いや結局は自分の為だ。犯してきた罪の償いをしたくて、正しい国作りをして正しい道を示す事こそ正義だと思って突き進んだ。
ならばエドワードは何の為に働いているのだろう。
家族の為といいながら家にはろくに帰らない。常に遠くを見て周囲と一線を引き孤高を保っている。
ロイにはエドワードが分からない。
あともう少し待てば、エドワードはロイに真実を話すと言っている。だから待てば良い。エドワードがとうとう隠していた真実を明かすのだ。
なのに、なぜロイは待てないのか。
エドワードの瞳だ。あれは覚悟を決めた者の目。揺るがない意志と決意の強い瞳。
それが不安なのだ。
エドワードは一体何をしているのか。そして何を得ようとしているのか。早く知りたい。
裏のオークションの参加者達は、皆顔を隠している。仮面舞踏会のようだ。身許を知るのは開催者だけか。
ロイは飲み物を片手にゆったりと周りを見回す。
会場はちょっとしたパーティー形式だ。広いフロアにシャンデリア。幾種類かのカクテルと食事。
ロイは酒を見えないように観葉植物の鉢に捨てながら屋敷と人間を観察した。
食事や飲み物は口に入れない。何が混入されているか分からないからだ。大丈夫そうに見えても用心は欠かさない。しかし場に馴染んでいる恰好を見せる為にポーズは必要だった。
金髪を結い上げた青いドレスの淑女がロイの隣にきた。
じゃれるように彼女の手がロイの腕に絡まる。
「……マックス。退屈しているようね」
「君は楽しそうだね、リンダ。競りまでまだ時間はある。楽しんできなさい」
「ダンスにもお酒にも飽きたわ。貴方のように時間まで退屈を友にするのも悪くないわ」
「若いのに厭世的な事を言う。君を誘いたくてうずうずしている紳士達がいるというのに」
「顔の見えない相手と踊っても楽しくないわ。踊るなら貴方とがいい」
「私は女性より酒を相手にしたいね」
「つれない人」
青いドレスの女はクスリと笑い甘えるように軽く睨んだ。
ドレスの女はホークアイ中尉だった。
『マックス』というのはロイの偽名で『リンダ』というのがホークアイの使っている偽名だ。今回は二人で潜入している。
始めロイは自分だけで入ろうかと思っていたが、話を聞いたホークアイが自分も同行させろと言ってきたのだ。招待状は一枚しかないがパーティーで男女同伴は基本なので、入る分には問題はない。
ロイはホークアイ中尉にだけ簡単に事情説明し(エドワードの事は知らせてない)内密に一人で動くつもりだった。万が一の事を考えホークアイを待機させるつもりだったのだが、ホークアイも同伴する事になったので、仕方なくもう一人ブレダを話に引き込み外で待たせて会場に入った。
この事を知る者はなるべく少なくしておきたかった。エドワードがクロにしろシロにしろ、真実を知るまでは外に話を洩らしたくない。
「マックス」
「なんだ?」
「目的は何ですか?」
「どういう意味だ?」
「貴方は事実の確認……とだけおっしゃいました」
「ああ」
「証拠品の確認をしたら、あの人に知らせる為ですか?」
「違うというように聞こえるが」
「僭越ながら……私にはそう見えます。貴方は何か別の事を考えてらっしゃる」
「何かとは何だ?」
「それが分かりません。貴方のする事にはいつも明確な理由と指針がある。だから私達も迷う事なくついていける。けれど……」
「けれど?」
「今の貴方には迷いが見える。いつもの自信が見られません」
リンダことホークアイに言われ、ロイは女の観察眼は侮れないと思った。女でなくホークアイだからかもしれない。常に背中を守らせている女だからロイの微妙な迷いも感知できるのだろう。
「中尉は鋭い」
「中尉でなくリンダです、マックス」
「今は迷っていてもいつまで迷路の中にはいない。出口は分っている。今がその時ではないという事だ」
「あえて迷路の中にいると?」
「迷路には出口に至る順序がある。障害を壊して突き進むのは美しくないしルール違反だ」
「私は貴方に迷いがなくなればそれでいいです」
「君には世話を掛ける」
「そう思うのならば仕事をサボらないで下さい」
「休憩は必要だぞ。このままでは過労死する」
「休息は必要ですがデートの約束は含まれません」
「リンダは厳しい」
「マックスの為です」
「女は付き合いが長くなると母親のようになる」
「男は付き合いが長くなると無意識に甘えてくるから困ります。適度な厳しさは必要かと」
「男の弱さを許せないか?」
「貴方以外なら許しましょう」
「私は駄目か?」
「駄目です」
厳しい女の突き放しにロイはホッとする。ホークアイは愛しい女だが甘い関係には陥りたく無い相手だ。
彼女が副官になった時の覚悟を持ち続けていてくれる事が嬉しい。人は変わるし決意は長く続かない。付き合いの長さは馴れ合いに繋がる。信頼関係は必要だが常に緊張感は保っていたい。
ロイが変わらないように努力しているとしたら、エドワードもそうなのだろうか?
エドワードは軍に入った時からああだったのか?
何かの決意を胸に秘めずっとその目的に向って努力していたのだろうか。
それがなぜ誘拐に繋がるのか?
ロイがエドワードを深く追求しないのは、証拠がないからでも子供だから手加減しているのでもない。
エドワードの隠しているモノの大きさが見極められないからだ。
下手に薮を突ついてエドワードの邪魔をしたくない。ロイの行動によってはエドワードの計画は崩れるかもしれない。
エドワードは正義ではないが、どうしても悪人には見えない。私利私欲の為に子供を誘拐し金品を奪うのには何か明確な理由があるはずだ。それがきっとエドワードの秘密だ。
楽団の演奏が止んだ。
「……始まるな」
「はい」
ロイはホークアイと寄り添いオークションの席まで歩いた。
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