モラトリアム 第陸幕

完結
(下)


第一章

#04



 ロイも交えて人数が増え、ヒューズの家の晩餐は賑やかなものになった。
 ヒューズはよく喋りロイもグレイシアとエリシアに愛想を振りまき、賑やかな食卓にエリシアは始終御機嫌だった。エドワードは食べるのに夢中で会話はもっぱら返事だけだったが、ヒューズの家族はエドワードの父親の事を知りたがり結局色々と喋らされた。
 ロイは緊張感の欠けた笑顔を振りまきながら、一方で細かく観察していた。
 エリシアに誘拐されたという陰はない。眠っている間に全てが済んでしまったのだから、恐怖を感じる時間がなかったのだろう。
 エドワードの様子にも変わった所はない。ヒューズ夫妻は何も疑っていないようだしエドワードに好意的だ。
 エドワードの態度はごく自然だ。食事と会話に夢中になっている子供の顔。
 エリシアを攫ったようにはとても見えない。
 エリシアが攫われた時にエドワードはセントラルに来ていた。だからといってそれが証拠になどなるわけがない。動機がまったくないのだから。
 調べてもきっとその時間はホテルにでもいてアリバイがあるだろう。エドワードは抜け目なく、疑われるような要素を一切見せるわけがない。
 ロイは考え過ぎだと思うが、どうしても疑いは晴れなかった。
 ロイの本能が言うのだ。エドワードは黒だと。
 エドワードの言うとおりエドワードに子供を攫うメリットはない。金銭には不自由しない身だし権力だってある。名誉と金があり望めば大抵のものは手に入る。わざわざ危ない橋を渡って今の恩恵を棒に振る事はない。
 それでもロイは確信している。
 エドワードはアリバイがあるから実行犯ではないだろうが……事件に加担しているに違いない。
 考えてみればおかしい。犯人は軍の事情に精通しすぎている。だから内部の人間が疑われているが、疑われた連中は徹底的に調べられ、白や灰色で黒ではない。内部犯といってもセントラル勤務でない可能性だってある。そう、例えば国家錬金術師のような。
 ロイは自分の考えを無茶だと思う。
 メリットのない誘拐事件。
 犯人がエドワードだとしたら、何が目的でそんな事をしたのか。金銭怨恨ではないなら目的は他にある筈だが、考えても分からない。
 ロイがこうして確信を得ても証拠がないので動けない。
 ヒューズにも言えない。
 ヒューズは信じないだろう。エドワードはヒューズを慕っているし、ヒューズもエドワードを信用している。家族ぐるみの付き合いだ。ヒューズの目に映るエドワードは家族の為に頑張る健気な子供だ。証拠も無いのにエドワードを共犯者呼ばわりすれば怒られるのはロイだ。
 気になる事がまだある。
 今回の誘拐劇には『人形』が重要な鍵になっている。
 子供達を誘導した自動で動く人形。
 簡単なものなら玩具屋でも売っているが、子供を導くような高等芸ができるものとなるとよほどの技術者でないと作れないから、細工師や技術者達が尋問されている。だが結果ははかばかしくない。
 人形といってもあるのは『情報』だけで実物は子供以外は見ていないのだ。子供達が幻覚を見せられていたとしても、大人達にはその真偽が分からない。
 物的証拠、アリバイ、動機、全てエドワードとは遠い所にある。
 だがロイはエドワードがエリシアが誘拐される事を事前に知っていたと考えている。あの忠告はそういう事だと。
 犯人ではなくても何か知っているのだ、エドワードは。
 今の所犯人達は子供を全く傷付けていない。
 エドワードはエリシアが無傷ですぐに帰ってくる事を知っていたから、誘拐事件を放置していたのだ。
 犯人の情報を持っているのか、それとも直接係わっているのか。どちらだろう。
 もう一つ分からない事がある。ロイにした忠告だ。あんな事を言えば疑われるのは分っていた筈だ。にも関わわらずエドワードはロイに『何かあってもセントラルに来るな』と言った。
 ロイは愚鈍ではないしエドワードはそれをよく知っている。下手な事を言えば勘ぐられるのが分っていてあえて言ったという事は、必要があったか、バレても構わないと思ったのか。
 エドワードはセントラルに来る前に『二ヶ月後に本当の事を話す』と言った。
 約束を違えるような子供ではないから本当に隠している事を言うつもりだろう。
 一体何を聞かせるつもりなのか。
 物事を千里眼のように見透かすエドワードの秘密。放っておいてもあと一ヶ月ちょっとで知りたい事が分かるのだからじっと待てばいいのだが、好奇心と猜疑心はロイを縛り、ついエドワードに問いを投げかけてしまう。
 ロイは多忙でエドワードに関わっている時間はないというのに。
 作り笑顔も引き攣りぎみになるロイは、
「ロイおじちゃんは目付きが悪いよなーエリシア」
「わるいー」
「童顔で若造だよなー」
「わかぞー」と子供二人に言われて、絶対この子供の秘密を暴いてやると大人げなく思った。