第八章
ロイとエドワードはホテルに隣同士で部屋をとった。
二人別々に休んでいる事になっているが、何という事はない。エドワードは中にドアを錬成してロイの部屋で密談中だ。
「アルのヤツ……敵に追われたって言ってたけど……大丈夫だったのかな」
「怪我はなかったし一応は大丈夫だろう。基地には医者もいる。……鋼のは弟が心配なのか?」
「当たり前だろ。一応アレでも弟だ」
「以前、キミは『アルフォンスも私も同列にしか感じない。死にかけても助けない』と言ってなかったか? やはり無くした心の一部が戻ってきたんじゃないのか?」
「それは違う。……心は戻っていない」
「にしてはアルフォンスの事を本気で心配しているように見えたぞ」
「ああ。……心はなくても魂がアルフォンスを大切だった事を覚えているんだ。心が無い分……精神の欠落を魂が埋めている。だから行動が魂に引き摺られる」
「よく判らないな。精神と魂の違いとは何なのだ?」
「説明が難しいな。魂は人間の核みたいなものかな。生命活動をするのは肉体だが、人が考えたり判断する事が魂に近い。自分が何者か理解する個別の情報だ。目に見えない遺伝子に似ている。精神はまんま感情だ」
「判断したりするのが精神ではないのか?」
「違う。機械を考えてみろよ。情報を与えればそのとおりに動くだろ。機械が判断しているからだ。だが機械には心がないから、自分の判断を悲しいとか苦しいとか思わない。そういうのに近い」
「……よく判らんな」
「オレはアルフォンスを弟だと識別し、だが精神がないから何とも思わない。だが魂はアルフォンスを『愛しくてならない、命を掛けるくらい大事な相手』と判断している。心がなくても魂がそう判断しているのでそっちに引き摺られるんだ。自分の核が『アルフォンスを愛しているのがエドワードという人間だ』という情報を有している。だけどオレは愛するという心が消失したから、内で精神と魂が不調和をおこしているんだ」
「……中々面倒だな」
「まあ普通魂と精神が違う考えを持っている人間はいないからな。もっと分かりやすく言うと、催眠術か何かで嫌いな食べ物を本当は大好きだと思わせるとする。心はコレが好きだと思う。だが口に入れてみると身体が受け付けない。それでも心はコレが好きだと思うから口に入れようとする。でも我慢できない。そういうのに似ている。記憶が『アルフォンスを好きだ』と判断しているのに、心が否定するから混乱する。実際愛してないからだ」
「何だか気持ち悪いな。思っている事と感じている事が違うのか」
「な、気持ち悪いだろ。だからアルの側にはいたくないんだ。側にいるとオレは『コイツが好き』と強烈に身体が判断するのに、心は『何とも思わない、他人同然』と訴える。中で全く別の思考同士が反発してんだ」
「そんな状態でよく正気を保っていられるな。精神がおかしくなりそうだ」
「おかしくなる精神がないから大丈夫なんだって。だけどアルフォンスが近くにいると魂の認識が内で大きくなるからイヤなんだ」
「アルフォンスを避けているのはそういう事か」
「今までなんだと思ってたんだよ。……ああ、畜生! 身体がザワザワする。気持ちが悪い。アルは賢者の石に何しやがった。石が狼狽えてる。こんな事は初めてだ」
「石が狼狽えるのか?」
「ああ。どうしていいか判らずに石がオレに何とかしろと訴えるんだ。賢者の石を混乱させるなんて想像もつなかいぞ。まさかアイツプッチンきてオレの精神を錬成しちまったんじゃないだろうな。ない筈のモノがあって石が混乱してるのか?」
エドワードはゴロゴロベッドに転がって悶えた。
「鋼の、落ち着け」
「落ち着けるか! ううう。気持ちが悪い……」
「どんな風に?」
「例えるなら、夏に林で裸になって体中を蚊に吸わせているような気分だ。体中を思いきり掻きむしりたい」
「……それは確かに気持ちが悪いな」
ロイはエドワードの醜態を咎めるのを諦める。わざとやっているのではないし、エドワードが感じている事が異常な事だと判るから放っておいて観察するしかない。
「我慢できない。……やっぱりアルに会って来る」
エドワードは立ち上がった。
「鋼の! まだ早い!」
「見つかったら泣き真似でもなんでもするさ。弟に会わせろって喚いてやる」
エドワードは言い捨てて、部屋を出ていく。
「待て、基地の近くまで送る」
ロイはエドワードを追いかけた。
「アンタが?」
「子供の我侭に付き合ったという事にする」
「准将は残れよ」
「何だかなるべく早くにアルフォンスに会わなければならない気がするんだ」
「オレと同じ意見か」
「見つかったら泣いてダダを捏ねろ。私が鋼のを叱り飛ばそう」
「オレばっか損な役じゃねえか」
「適材適所だ」
二人は裏口から外に出ようとするが、見張りをしていたハボックがついてきた。
「ハボックは残れ」
ロイが命令するがハボックは頷かない。
「准将を一人にした事が判ればホークアイ大尉に叱られます」と言われればそれ以上何も言えない。
ホテルの人間に口止めして裏からこっそり出る。
町は夜は外出禁止令が出ている。警備の兵が巡回しているが、見つかってもロイの階級章に驚いてすんなり見逃してもらえた。
「車が使えないのが痛いな」とロイ。
「基地まで二キロか。歩けば二十分だ」とエド。
「さっきの兵士に車で送ってもらえばよかったんじゃないスか?」とハボック。
「そういう事はもっと早く言え!」ロイが不当に怒る。
体力には自信がある面々なので、目的地にはあっという間についた。
基地の周りに築かれた壁と鉄線状を前に相談する。
「やはり鋼のが一人で先に入るか?」
「うん。オレが先に入る」
「……何でオレ達コソコソしてんスか? 堂々と門から入ればいいじゃないスか。別に悪いことしてんじゃないんだから」
ハボックがまともな事を言う。
「人目につきたくないからこっそり来たんだ。察しろ」
ロイが叱るが、事情を知らないハボックは上官の行動が謎だ。
「じゃあひとまずオレが先に入ってアルを探す。二十分たっても戻らなかったら准将達は引き上げて」
エドが言うと、ロイはニヤリと笑った。
「いや。鋼のが戻らなかったら、鋼のが私の言い付けを守らず勝手に弟に会いに出て行ったので、連れ戻しにきたと堂々と正門から入る事にする」
「うおっ、汚ねえ。オレが悪者か?」
「これも適材適所だ」
「畜生! 仕方がないから行ってくらあ」
エドワードは壁を乗り越えて、向こう側に消えていった。
それを見送り、ハボックが火をつけられないタバコを銜えて「大佐達は一体何してるんスか?」と聞く。腹心の部下は詳しい事情を何も聞かされていない。
「判らん」とロイ。
座って待ちの態勢だ。
「なんスかそれ?」
「判らないから鋼のが偵察に行ったのだ。……まあ、ぶっちゃけて言うならアルフォンスの持っている賢者の石に異常が発生したらしい。鋼のがゴロゴロ転がりながら気持ち悪いと悶えてたから、よっぽどの事だな」
あっさり言うロイにハボックが固まる。
「それってスゴく大変な事なんじゃないスか?」
「そうだな」
「そうだな……って」
「詳しい事を鋼のが調べて来るまで何とも言えん。待つしかない」
「賢者の石ってスゲエ力があるんですよね。……それってどれくらいのものなんですか?」
「私も正確な所はよく判らないが、おそらく私がそれを使えばノースシティを一秒で消滅させられるだろうな」
平気で言うロイにハボックがポロとタバコを落とす。
「……む、無茶苦茶ヤバイ石なんですね。そんなのに異常が出たなんて、下手な兵器の暴走よりマズイんじゃないスか?」
「まだそこまでマズイ事にはなっていないだろう。鋼のと賢者の石は意識が繋がっている。賢者の石はエドワードの精神を媒体に使って作られたからな。もし本当に危険な状態になったらエドワードがもっとおかしくなる」
「大将は石の人間探知機ですか」
「そういう事だ」
しばらく待ったがエドワードは帰って来ない。
「そろそろ二十分経ちましたけど」
「何やっているんだ、鋼のは」
ロイは怒り、仕方がないので当初の予定通り正門から入る事にする。
「誰だ! 止まれ!」
銃を構える門番にロイはよく通る声で言った。
「セントラルから来たロイ・マスタング准将だ。こちらに私の部下、鋼の錬金術師エドワード・エルリック中佐が来ている筈だ。探しにきた。取りついでくれ」
門番は告げられた名前に仰天した。
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