第八章
ロイ達を乗せた列車が北方に到着すると、二人は早足で指令部に向かった。情報を仕入れようとするならそこに行くしかない。
ロイの北方行きは視察が目的だ。焦りを平静の下に隠す。
ロイは北方を統括するフィールズ将軍に挨拶をし、アルフォンスを兄に会わせたい旨を告げた。
将軍は評判の鋼の錬金術師に興味を示したが、エドワードがアルフォンスに会いたいとジリジリしている様子に、あっさり許可をくれた。
二人きりの家族なのに一年以上会っておらず、連絡も取れなくて兄として心配しているとロイがフォローした。エドワードの外見が幼いのが功をそうした。エドワードの外見は将軍の子供より幼い。
アルフォンスは現在作戦実行中ゆえに詳しい所在は不明だが、大体の位置は掴める。エドワードはすぐに会いたい、弟に会うんだとダダをこね、ロイがフォローする形で現地に向かう事になった。アルフォンスはロイの直属の部下だから、展開は不自然ではなかった。
エドワードが噂と違ってまだ子供だという認識をされてしまったが、そんな事を気にする余裕はなかった。
ロイはエドワードの動揺を珍しいモノを見るように見た。
エドワードが心をなくしてから、こんな余裕のないさまを見るのは初めてだ。まるで四年前に戻ったようだ。
まさか賢者の石が砕けてエドワードの心が内に戻ったとでもいうのだろうか?
エドワードはそうではないと言った。
だが賢者の石に何かあったのは確かだ。
現地に着くと早速情報を引き出す。ロイが前線基地に尊大な態度で入っていくとあっさり情報は差し出された。
アルフォンスはドラクマ軍の動向を把握する為にブリッグズ山に入り、ドラクマの待ち伏せにあったという事だ。退路を絶たれ、アルフォンスの小隊は山の中に散り散りになり、現在アルフォンスを含める行方不明者は五人。何とか無事に戻ってきた者からの報告で、事態が明らかになった。
「アルフォンスは……大丈夫だ」
ロイはエドワードに言った。
「ああ。アイツはおいそれとは死なない」
二人ともアルフォンスの生死は気にしていなかった。絶対に生きていると確信があった。
行方不明になって三日。エドワードが身体に異変を感じたのは二日前だ。アルフォンスは敵に追い詰められて賢者の石を使ったに違いない。
だがあの異常な感覚はなんなのだ?
「地図を。……もっと詳しく説明しろ。エルリック少佐とはぐれたのは何所だ?」
ロイとエドが状況を聞き、探索の計画を立てている最中だった。
「報告します! アルフォンス・エルリック少佐がたった今お戻りになりました!」
入ってきた報告にエドワードはテントを飛び出した。ロイも後を続く。
「アルッ!」
エドワードは見えた長身に飛びつく。
「……無事なのか?」
「兄さん? どうしてここにいるの?」
突然目の前に現れた兄にアルフォンスは驚く。北方に来る事は知っていたが、プライベートで会う約束をしていたのだ。前線基地に来るとは思わなかった。
「どうしてもこうしてもあるか!」
怒鳴って襟元を締め上げる。
「ちょっ……兄さん、苦しい」
「阿呆! 心配させた罰だ」
「心配? 兄さんがボクを?」
エドワードのらしくない言葉に再び驚くアルフォンス。以前ならともかく今のエドワードは絶対に言わないセリフだ。
「まあまあ。兄弟喧嘩もほどほどにしておけ。此処は一応戦場だ」ロイが間に入る。
エドワードに下手な事を言われてはたまらない。
らしからぬエドワードの動揺だが、傍目からは兄が弟を心配していたようにしか見えない。
「アルフォンスも報告がまだだろう。事後処理が残っている。無事だと判ったんだ。我々はとりあえず引き上げよう。……アルフォンス。手が空いたら報告に来い。我々は町のホテルにいる」
「北方指令部には戻らないんですか?」
側にいたハボックが聞く。予定では北方指令部を視察の後、将軍と会食。明朝こちらに出向く事になっていた筈だ。
「今から戻ると遅くなる。明朝また来るのは二度手間だ。近くに泊まって朝こっちに直接来た方が合理的だ。護衛は最低限だけでいい。他は指令部に戻れ。下手に動くと邪魔になる。食事もホテルで済ませる。何かあれば連絡を寄越せ」
テキパキとロイが指示を出していく。
「しかしホテルのある町は基地に近く安全地帯とは言えません。護衛の数も足りませんし、一度ノースシティにお戻りになった方が……」
案内役兼護衛の少尉が慌ててロイを止める。
「構わん。ホテルが汚かろうと危険だろうと戦場なら当然の事。戦場を視察に来たのだ。危険は承知している。何かあっても責任をとらせるような事はしない。鋼の錬金術師とて西で幾多の戦闘を経験している猛者だ。例えテロリストに襲われても自分で何とかするさ。なあ鋼の」
「当然だ」エドはムッツリ言った。
アルフォンスから離されて、近くにいるのに事情が聞きだせない。エドワードの機嫌は低下した。
合理主義のロイは大仰な護衛や連れは必要としていなかった。階級が高いとはいえロイもエドも戦場で実践をこなしている実力主義者だ。何かあれば自分達でなんとかする。そう言い張った。
「大佐……申し訳ありません。後程……」
言い掛けてアルフォンスがグラッと傾く。
「アルッ!」エドワードが支える。
「……大丈夫。ちょっと疲れただけ。三日間森で敵に追われ続けたから、流石に疲れた」
「無茶しやがって、バカ」
エドワードは下から怒った。
アルフォンスの顔色は青い。外傷はないが敵に追われながらのサバイバルが堪えているのだろう。
「こっちに戻れたのはボクだけだそうですね。……あとは多分皆敵に捕まったか殺されたか……。捜索隊を出すにしても夜が明けないと行動できません」
「判っている。とりあえずキミは休め。疲れているだろうが明日また動いてもらわないといけないからな。鋼のも弟が心配だろうが一端引け。アルフォンスの事は医者に任せろ」
ロイはアルフォンスにそう言うとエドワードを引き摺って外に出た。
「何でアルから離れるんだよ!」
人目がなくなると我慢できずにエドワードは文句をぶつけた。
まだ胸がザワザワしている。アルフォンスに近付いて一層神経が逆撫でされた。
アルフォンスは何かしたのだ。身体がそう訴えていた。何がおきたのか知りたかった。
「落ち着け、鋼の。あの場でアルフォンスに賢者の石の事を問いつめるつもりだったのか? 何所にスパイや内通者がいるか判らないんだぞ。不用意な発言は控えろ。賢者の石の事が知れればキミもアルフォンスも只では済まないんだ」
ロイはエドワードに怒鳴る。
「……判っている。だが……まだイヤな予感が無くならないんだ。アルは……何か変だ。身体がそういっている。賢者の石がオレに何かを訴えている」
「ならキミが独りでアルフォンスに会いに行け。キミが独りで行動する分には問題は個人的感情で済む。万が一見つかっても弟が心配でこっそり会いに行ったという事にすれば、処罰も軽くて済むし裏を勘ぐられない。だがここは戦場だ。基地を無断でうろついて見つかれば拘束される。キミはあくまでプライベートで弟に会いに来たのだから」
「判った」
ロイの意図を酌んだエドワードは興奮を消した。
ロイは初めからエドワードだけをアルフォンスの元に向かわせるつもりだったのだ。
アルフォンスが何をしたのか早急に知る必要があった。いち早く情報を握った者が人間関係という戦争に勝つ事ができる。ロイは悠長に待つつもりは初めからなかった。
「基地はまだごたついている。夜中になって歩兵の交替の時間を狙って中に入れ」
「ああ」
「万が一見つかったら……その時は大人しく牢にでも入ってろ。明日の朝私が出向いたら出してやる」
「オレがつかまるかよ」
「騒動は困る。戦闘中で中の空気は緊張している最中だぞ。余計な摩擦は避けろ。見つかったら大人しく捕まって弟に会いに来たと謝って監禁されてろ」
「……判ったよ」
エドワードは渋々頷いた。
|