命に つく
     名前 を 『心』と
            呼ぶ



第四章



#12



「兄さんが帰ってきたって?」
 エドワードが帰還するという報告をホークアイから聞いて、アルフォンスは鉄格子の中から喜びの声を挙げた。
「ええ、今日帰ってくるって大佐がおっしゃってたわ。もう出てもいいわよ、アルフォンス君」
 ホークアイに牢の扉を開けてもらい、アルフォンスは駆け出したいのを堪えて聞いた。
「いつ……何時の列車で帰ってくるんですか?」
「夕方よ。五時着の列車。それまでホテルかこのままこの家で待機していて頂戴。エドワード君は無事なのだから、安心して待っていればいいわ」
「ホークアイ中尉。……すいません」
「いいのよ。アルフォンス君の気持ちはよく判るから」
 殊勝に頭を下げるアルフォンスに、ホークアイは優しく笑った。
 エドワードが弟をダブリスに置いてセントラルに査定に出掛けてから一週間。何の連絡もないエドワードにアルフォンスが痺れを切らし、ロイ・マスタング大佐に電話すると、エドワードは新しい仕事の依頼で出張中という事だった。何故アルフォンスに何も言わずに出掛けたのかと疑問に思ったが、すぐに帰ってくるつもりなのだろうと勝手に解釈してアルフォンスはじっと待っていた。兄の身勝手はいつもの事だ。
 自分もエドワードを追い掛けて西に行きたかったが、すれ違いになっては面倒だから、おとなしくしているようにとロイに注意され、それもそうかと頷いて更に一週間。何の連絡もない事に痺れを切らして、せめてエドワードが帰って来るセントラルで待とうと顔を出すと、ロイ・マスタングの苦い顔があった。
 西の何所に行ったのか聞いてものらりくらりと誤魔化されて教えてもらえない。他のメンバーも彼方を見てアルフォンスから視線を外してしまう。途方にくれたアルフォンスは行き場もないので図書館にこもって時間を潰したが、そこでばったりシェスカと対面。
 鋼の錬金術師の仕事に対して、マスタング大佐から戒厳令が出ているのを知らない彼女は、あっさりエドワードの戦場行きをアルフォンスに喋ってしまい、どういう事なのかと詰め寄ったら、ロイにホークアイの家に閉じ込められてしまったのだ。
 エドワードが仕掛けた対弟用の罠にあっさり引っ掛かったアルフォンスは、脱出を試みたがエドワードの方が一枚上手だった。
 錬金術使用不可能な檻の中で、悶々と二週間を過ごすハメになってしまったのだ。
 場所がホークアイの家というのが問題だった。ホークアイの家では下手に力技は使えない。女性の家で乱暴を働く事はアルフォンスの性格上できなかった。ブラックハヤテ号もアルフォンスの見張りをしており、結局アルフォンスは二週間以上ホークアイの家の中に閉じ込められていたのだ。
 アルフォンスが大人しくしていられたのは、エドワードの様子が毎日報告されてくるからだ。作戦の内容は教えてもらえなかったが、怪我も無く無事に過ごしていると聞いて、アルフォンスは安堵していた。
 あの無茶がそのまま性格になってしまった兄が戦場でどんな混乱を引き起こしているのか心配でならなかったが、エドワードはなかなか評判が良いらしい。
 戦場で高い評価を受けている。即ちそれは冷静に敵を倒しているという事だ。
 アルフォンスはエドワードが人を殺しているという事を考えたくなかった。エドワードは乱暴者だが残酷な事はしない。恨みも無いのに人を殺す事ができる訳が無かった。
 戦場での評価とアルフォンスの理解しているエドワードにはギャップがあった。
 どちらが正しいのか?
 勿論勿論自分の方に決まっている。
 エドワードの事を一番良く知っているのは自分だ。
 だが本当にそうだろうか?
 最近アルフォンスは兄がよく判らない。エドワードは一人で何かを抱え込み、苦しんでいた。
 ロイが言っていた。エドワードは人体錬成に関する何かのヒントを得たらしい。戦場から帰ってきたらエドワードはその研究をするらしいと。
 だがそんな話をエドワードから聞いた事などなかった。
 何故それをアルフォンスに説明しないのだろう?
 アルフォンスは久しぶりで外に出て、うーんと背伸びした。疲れない身体だが、精神は疲労する。
 エドワードが戦場に行っている間、アルフォンスの心配はピークだった。どうか怪我をしませんように、どうか死んだりしませんように……とずっと祈っていた。
 だがもうそんな心配はしなくていい。エドワードはあと半日で帰ってくるのだ。
 アルフォンスはウキウキと考えた。
 疲れて帰って来る兄さんの為に美味しいものを用意しておこうか。それにお風呂も湧かしておかなきゃ。それと黙って一人で戦場に行った事を厳しく叱らなきゃ。仕方が無いとはいえボクを置いて一人で危険な場所に行くなんて、どういうつもりだって。危険も痛みも喜びもみんな分かち合おうって決めているのに、兄さんはボクに過保護だ。
 兄さんは説教とか都合の悪い事は聞かないけど、こればっかりはちゃんと言い聞かせなきゃね。
 アルフォンスはブラックハヤテ号に話し掛けた。
 ブラックハヤテ号は大きな欠伸をして寝転がっている。アルフォンスの独り言など聞いてはいない。
 アルフォンスは早く兄に会いたかった。
 戦場で兄はきっと大変な思いをしてきたに違い無い。弟のボクが優しくしてあげなくちゃ。表面上は平気な顔をしても、きっと中味はヘコんでいるだろう。
 兄さんは偉ぶっているけれど、本当は甘えたがりな人だ。でも人目を気にするから、ボクやウィンリィ以外そんな顔を誰も知らないんだ。
 早く兄さんに会いたい。叱るのは後にして、今は優しくしてあげよう。
 アルフォンスは兄が戦場に行っても変わらずにいると信じていた。
 アルフォンスもまた子供だったのだ。戦場の重さを知らなかった。