命につく名前を「心」と呼ぶ
最終章・肆
舌で金属との境目を何度も辿ると、兄さんの手がボクの顔を押し返す。
「アル…………それ……やだ…………」
「どうして? 痛いの? それとも刺激が強いから舐められるのは感じ過ぎてキツイ?」
「なんか……背中がゾワゾワして……気持ち悪い」
「それって……感じているっていうんだよ。でも兄さんがイヤなら止めるよ」
兄さんの身体を反転させる。背中にも沢山の傷が付いている。ボクの身体には傷がないのに、兄さんは傷だらけだ。切なくなって傷の一つ一つにキスをする。
「オレの身体……傷だらけで固くて…………触っててもあんまり楽しくないだろ?」
「兄さん………」
自らを卑下する兄が悲しくて、ボクの胸は悲しみで塞がれる。
背中に当たる雫に兄さんが振り返る。
「…………アル? ……オマエ、泣いてるのか?……」
半身を起こして兄さんの指がボクの涙を拭う。
「兄さんが……悲しいから。……ボクの為にこんなに傷だらけになって…………ゴメンナサイ」
「アルが謝る必要はない。悪いのは全部オレだ」
「兄さんは悪くない。悪いのはボクだ。兄さんばかりに負担をかけてきた。この傷……ボクに移ればいいのに」
「アルが無事なのが何より嬉しいんだ。……だから泣くな」
「なら……兄さんも自分を貶めないで。兄さんの身体……大好きだ。この傷全部がボクのだ。ボクが愛しているものを兄さんは嫌わないで。自分を誇って。この傷は弟を愛した証なんだから」
「アル……」
兄さんが舌でボクの涙のアトを辿った。
キスすると自分の涙の味がした。
兄さんの髪をかき分けて、首の後ろにキスをする。服から見えるか見えないかの微妙な位置にアトを残す。
うつぶせになった兄さんの背中に顔を乗せ、耳をつける。温かい。心臓の音が聞こえる。
兄さんがボクに興奮して内で血が回っている。きっと心臓に体中の血が集まっているんだろう。壊れそうだ、兄さんの心臓。
背後から耳たぶを舐め、そっと囁く。
「ねえ、兄さん。……もっといやらしい事してもいい?」
兄さんの身体が背中から小さな波のように震える。
言葉に感じた?
「アル……聞くなっ…………」
兄さんが消え入りそうな声で言う。
チョコレートのようにねっとりと甘く囁く。兄さんごと溶けてしまえばいい。
「聞かないと、兄さん嫌がりそうだから。……ボクがする事は、兄さんが好きだからするんだって判ってね」
「……ん」
ボクのする事には従順な兄さん。未経験の兄さんはされる方は何もしなくていいと思っているようだ。その不馴れさが愛おしい。この人の身体にはボクの匂いしか染み込まない。ボクの手しか知らず、ボクのする事が正しいと思い込む。全部ボクのモノ。
頷いた兄の耳に舌を差し込みながら、徐々に手を下に運ぶ。丸い尻を撫で、パン生地のような感触を楽しんだ。左右に開いて自分でも触らない場所に触れる。手探りでここだと判った。
跳ね上がる兄さんの腰をそのまま持ち上げて、下半身だけ上げたとんでもない姿勢に兄さんが嫌がっても、背後に回って脚の間に入り腰を捉えてしまえば、兄さんはそれ以上動けない。
「アルフォンス……ヤだって…………あ……んぅ……」
尻を揉みながら齧ると兄さんの抵抗は消える。止まらない喘ぎにシーツに顔を伏せて挙がる声を抑えている。
間近に兄さんの白い尻がある。
羞恥を感じる姿勢だが、逆にそれが兄さんを興奮させている。自分の身体が他人の手にいいようにされる感覚は、不安と期待を抱かせるのだろう。
兄さんは恥じながらも未知の体験に対する不安と欲望で、ボクのなすがままだ。
兄さんが自分で見た事がない場所が目に入って、ボクは腰が熱くてしかたがなかった。
せりあがる何かを無理矢理抑えながら、ボクと繋がれる部分を触って確かめる。
「はぅ………あ、触るな…やだって…………そこ……」
更に脚を開かせるとハッキリ見えた。
兄さんのココはこうなっているのか。何だか不思議だ。
だけど本当に入るのかな? こんな狭い場所にボクのを入れたら、兄さんが壊れるんじゃないだろうか?
女の人とは散々したが、こっちでの経験はない。うまくできればいいけど。
初めてが苦痛なのは男女に限ったことではないらしい。
身体の内側は誰も触らない未知の場所だから、暴かれれば苦痛なのは当然だ。鍛えたことのない粘膜が他人の肉によって擦られ拡げられる。その過度の動きが内側を傷つけてしまう。なるべく優しくしてあげたい。
本来入れる場所ではないところで繋がるのだから準備が必要だ。ドキドキしながら窪みの中心を突つく。
普段触られない場所だから兄さんが嫌がる。
「んー……そこ、ヤだ…………なんか……」
キュッと窄まってボクの指を弾く。
濡らして中に入るのはいつでもできる。それより怯えながらボクの指に身体をビクビクさせる兄さんの媚態がもっと見たくて、小さな刺激を繰り返す。やがて何もしなくても蕾が収縮してボクを誘うように動いた。
視覚のイヤらしさに理性が飛びそうだった。
早く一つになりたい。この人の内側はどんな感触だろう?
予め用意してあった傷薬を指に塗り、中心に差し込む。ゆっくり優しく入れるつもりだったが、入口の予想外の抵抗に、力で押し込むしかない。
「痛い……や…だ………なんか、気持ち悪い……アル」
痛がる度に手を止めて、様子を窺う。
「大丈夫、ゆっくりするから、そのまま力抜いててね」
空いた手で尻を拡げながら指を奥まで押し込む。
「アルゥ…………気持ちよくない…………変……」
声が怯えている。身体の中を弄られるのは恐い。鍛えようのない未開の地だ。傷付き易く、しかも初めてで侵入者が何をするか判らない。知識としては知っていても、与えられる感覚は未知だ。
小刻みに動く指が入口を拡げてゆく。指を濡らしたので出し入れには支障はない。
ただ締め付ける力が凄いので、指を増やしても大丈夫か躊躇う。無理矢理拡げればきっと痛いだろう。だけれど慣らさないと自分のは絶対に入らない。
仕方がないので顔を近付け、舌で指の入ったところを舐める。
兄さんが「ヒャッ………なに?」と振り向いて硬直した。
「アルフォンスッ! 止めろ!」
感じていたのが嘘のように冷静になる、というより驚いて正気に帰る兄さん。いきなり冷静にならないで。
「暴れないでよ。どうして抵抗するの?」
「あんな…………止めろ、冗談じゃない」
「舐めればきっとボクのも入るよ。ただボクに任せてくれればいい。兄さんはトドのように寝転がっていて」
「誰が……トドだ……」
兄さんの恥ずかしい場所に舌で突つくと苦い。
しまったクスリを先に塗っちゃったので苦いや。
「アル、ヤメロって……。そんなのはイヤだ」
「どうしてイヤなの? 恥ずかしいから?」
「汚いだろ、そんなとこ……」
「兄さんに汚いところなんかない。兄さんは全部が綺麗だ。……それに元々セックスは汚いものだ。欲望で繋がるんだから。排泄する器官で相手を汚し、自分も汚される。そういうものだ。だけどボクはその衝動を汚いとは思わない。ボクらが抱き合うのは衝動じゃなく愛しているからだ。兄さんの身体は全部ボクのもの。ボクが自分のモノをどうしようと勝手だろ?」
「なんだよ、その理屈は……」
「ボクの身体は兄さんのモノだから、兄さんもしたいことがあればすればいい。だけど今はボクの自由にさせて」
兄さんの内側を拡げながらその入口の周りを湿らせる。兄さんの後ろはボクの唾液で濡れ、出し入れする指が内側の肉を見せて、ハッキリいって視覚だけでイッてしまいそうになる光景だ。
あの誇り高い人がこんな恰好で自分の無防備なところを晒しているなど、目の前にあっても信じられない。興奮で胸が鳴りっぱなしだ。
ボクの唾液と兄さんの零したもので内股が濡れている。流れ落ちる雫を舌で辿る。兄さんの後ろは大分柔らかくなって指が二本入るようになった。
そろそろ大丈夫だろうか?
「ねえ、兄さん。ボク我慢できない。中に入ってもいい?」
兄さんがシーツに押し付けていた顔を起こす。
目もとが赤くなって壮絶に色っぽい。この人がこんな顔ができたなんて驚きだ。色気とは縁のない人だと思っていた。セックスは偉大だ。兄さんの知らない面を沢山見られる。
「アル。……離してくれ」
ボクが兄さんを離すと、兄さんが身体を反転させてボクにキスをした。
「……苦い」兄さんが顔を顰めて文句を言う。
「クスリの味だよ」
兄さんが抱きつく。
「アルフォンス。……してくれ。お前のモノに」
引かれるように兄さんごと倒れ込んだ。
顔を見るとさっき見た欲望の影は消え、真面目な顔があった。
「兄さん。……全部ちょうだい。ボクを全部あげるから」
「オレはオマエのものだ。アルがオレのモノであるように」
「うん。ボクらは互いのモノだね」
一線を越えるという禁忌の重みが二人にのしかかる。
これからするのは普通のセックスじゃない。同じ血をもった者同士が互いを縛り、堕ちる、儀式だ。
ボク達は繋がることで決定的に変わる。
まぶたの上に一つ一つキスを落として言う。
「兄さん、後ろを向いて。ボクを中に入れて」
「前からがいい」
「でも……多分後ろからの方が楽だと思う。兄さんに負担を掛けたくない」
「オレはアルの顔が見たい。誰に抱かれているかちゃんと見ていたい」
そんな殺し文句を言われて頷かない男がいるだろうか?
兄さんの脚を拡げ、腰を抱えて入口を探る。ボクのが当たると、兄さんの脚が緊張した。このまま引き裂いても兄さんはボクを許すだろう。
「兄さん。……力抜いて」
「……ああ」
「入れるから、そのまま力抜いててね」
ゆっくり優しく中に入るつもりだったけど、兄さんの入口は異物を拒むように固い。狭い場所だから仕方がない。時間を掛けて少しづつ中に入る。
軋むような肉の感覚に痛みすら感じるけど兄さんの方がもっと痛いと思うので、辛抱強く時間を掛ける。力づくで押し込みたい衝動を堪える。
兄さんは額に汗を浮かばせて眉間は苦痛で歪んでるけど、瞳はボクを見続けた。
途中で止めて兄さんに声を掛ける。
「兄さん。……大丈夫?」
「……平気だ。…………早く、続けろ……」
声が掠れている。喘ぐような吐息に誘われて、ボクは更に奥まで進んだ。
兄さんと繋がっている。その認識がボクを感動させた。でも実際は中々入っていかない。
最後まで収めきった時にはボクも兄さんも息絶え絶えだったけど、これで終わりじゃない。
兄さんがなんとかボクを受け入れようとしているので、兄さんの身体が馴染むまでボクは辛抱強く待った。
身体を前に倒すと兄さんが痛みに目を閉じる。
兄さんにキスをして「ゴメン」と一言謝った。
入口がボクの動きを止めるように締まったけれど、ボクももう我慢の限界だったので、内壁を全部感じるように兄さんの中で動いた。
「………アル……ッ…………ああ…………う…ん」
歯を食いしばっても漏れる声に、下半身が急く。奥の奥まで入って壊したい衝動に耐える。
大事にしたい気持ちは確かだが、最愛の人を自分の腕の中で壊してしまいたいという衝動は男なら誰でもある筈だ。
理性があるから自分を抑えられるが、理性がなくなれば兄さんが壊れるまで抱き続けるだろう。
愛しい人が自分の中で壊れて、それでも殉教者のように心を預ける喜びは、狂喜ゆえに麻薬のように精神を蝕む。
「……っ……アル…フォンス……………くぅ……」
「兄さん、兄さん」
腰を乱暴に動かして、兄の中を味わう。
内側を抉られるのは苦痛だろうに、兄さんは一度もボクを拒む言葉を出さない。ただボクの蹂躙に耐える。
ボクに揺すられて、兄さんの髪がシーツの上で波のように広がる。目尻を流れる涙の光。兄の美しさにボクは魅入られた。
「兄さん……声………聞かせて……」
頼んでも兄さんはいやいやと首を振り、ボクの望みを拒む。
ボクは寂しくなって、兄さんの口を自分ので塞ぐ。声をくれないなら、ボクが奪ってしまえばいい。
舌を深く差し込むと、苦しいのか兄さんが咽で喘ぐ。
呼吸を奪いながら上も下も内を弄ると、兄さんが身を捩って嫌がる。
内に内にと湧く熱の感覚は初めてで、兄さんはその熱の逃がし方を知らない。溜まる一方の刺激は慣れないものには異質で苦痛だ。それを知ってても兄さんの全部をボクが征服しているという認識は理性を突き崩しより、兄に大きな刺激を与え続けた。
触ってあげなかった兄さんの欲望が涎を垂らしている。もう限界なのだろう。
ボクは兄さんの下半身に手を伸ばしてソレを持つ。一緒にイキたいので、まだイカないように強く握った。
兄さんに対する気遣いも忘れた。ただ自分の中の熱を吐き出したくて、腰を動かした。湿った音とベッドの軋みと肌が当たる音。
ボクは獣のように兄さんを貪った。たまらなく気持ちがいい。
兄さんがボクの口の中で悲鳴をあげ続ける。兄さんも限界だ。
ボクは全部を搾り取るように兄さんの口を吸い、最奥まで捩じ込むと、一気に解放した。
兄さんも同時に解放する。兄さんとボクの身体がビクビクと震える。
どっちが震えているのだろう。きっと二人ともだ。
唇を離すとハアハアと息が漏れる。
兄さんの上に覆い被さり、全身で余韻を感じる。まだ一回しかしていないのに、ものすごく疲れた。
何だか背中が重たいと思ったら、兄さんの腕がボクの背に回っている。抱き締めるその腕は固く冷たく、それに掴まれたボクの背は引っ掻かれたのだろうか、熱をもってヒリヒリする。
冷たい金属だが兄さんの身体だと思うと愛しい。
ボクのモノはまだ兄さんの中に入ったままだ。中は狭くキツイがとても熱くボクを包み込んで離さない。もう少しだけ兄さんの中にいたいと、ボクは兄さんの頬に顔を擦り寄せた。
「……兄さん?」
兄さんの頬は熱いが、涙の通ったアトが冷たかった。
「どうして泣いているの?」
間近にある兄の顔は泣いていた。でもその表情は苦痛も悲しみもなかったので、ボクはただ不思議だった。
「アル………」
「何、兄さん?」
「オマエ………後悔してないか?」
「するわけないじゃない。……まさか兄さん、後悔してるの?」
身体を起こすと、中に入っているものが擦れるのか、兄さんが「…っ痛たた……」と顔を顰めた。
「あ、ゴメン。……抜くよ」
「いい。まだ中にいろ」
お言葉に甘えて中に居座る。
「ボクが後悔するわけないじゃない。やっと兄さんを抱くことができたのに。兄さんはどうしてそう思うの?」
「自分が……あんまり幸せだからかな? ……これが現実だなんて思えねえ。アルがオレを抱いて幸せそうな顏をしているなんて」
「幸せだよ。愛する人が腕の中にいて、何をしても許してくれる。これ以上の幸せはない」
「ゴメンな、アル。オレ……いつかオマエに他に好きな女ができてオレの事負担に思い始めたらキッパリ別れてやるつもりだったのに…………できそうもねえ」
「兄さん。……謝るのはソコじゃない。ボクを信用してない事を謝ってよ。ボクは兄さんと死ぬまで一緒にいるって言ったでしょ。信じてなかったんだ」
「信じてた。けど……自分に自信がない」
「自信を持ってよ。兄さんはボクが愛した人だよ。最高の人間に決まっているじゃないか。兄さんこそ、ボクの事イヤにならない?」
「どうして?」
「同性だし、こんな抱き方しかできないから、兄さん辛いでしょ。女の人の方がいいって言われたら困る」
「言わねえよ。アル以外欲しくない」
「ボクも。兄さん最高だった」
「……そういう事、言うな」
「だって言わないと伝わらない。兄さんが自信ないって言うならちゃんと毎回伝えるよ。身体も心も燃え尽きそうだった。……兄さんは? ボク、下手じゃなかった? なるべく丁寧にしたつもりだったけど、つい暴走しちゃって兄さんの負担を考えなかった」
「初めから上手かったらソッチが変だろ。……経験ないからよく判らねえ……最後の方はグチャグチャでわけわかんなかったけど……アルがオレに夢中になっていたのを身体で感じて、スゲエ興奮した」
「うん。そうだね、すっごく興奮した。ボクの頭の中、全部兄さんだった」
「オレもだ」
兄さんが見たこともない不思議な表情で笑うので、ボクはうっとりとそれに魅入られる。
「アル……」
「なあに?」
「オマエ、一体何者だ?」
|