命につく名前を「心」と呼ぶ
最終章・弐
そうしてボクは兄さんによって人の身体に戻れのだけれど、一つだけ障害が出てしまった。
「……何でそんなにデッカイんだよ!」
「いやあ……はははは……」
「はははじゃねえよ! 成長期ったって、いくらなんでもデカ過ぎだろ!」
「……だね」
「もしかしてオレは錬成に失敗したのか?」
「人体錬成は成功だよ」
「じゃあなんでそんなにオマエはデカイんだ!」
兄さんに見上げられて、ボクはさあ…と、とぼけた。
「いいじゃない小さいよりも。おかげで鎧の中に入ってたって言ってもそんなに違和感ないよ。これなら何とでも言い訳できる」
「それはそうだが…………なんか、納得いかーん!」
「賢者の石の力が強大過ぎたって事だよね。兄さんの錬成は完璧だった。何の問題もない」
「そうなのか? いまいち釈然としないんだが」
「ボクは人の身体に戻れた。ちゃんと中身も健康体だ。だからそれ以上些末な事に煩わされないで」
「その外見……瑣末な事なのか?」
「人の身体に戻れたんだ。ボクはそれだけで充分だ。小さいより大きい方がいいしね。もし十歳の身体になんかされちゃったら色々困るでしょ。大きい方が何かと便利だ」
「……って事はオレも賢者の石を使えば身長が伸びるって事だな?」
キラリと目を輝かせる兄に、ボクは溜息一つ。
「できなくもないけど、ボクはそのままの兄さんが一番好きだな。不自然に身体を弄らない方がいいよ。兄さんの身長が伸び悩んでいるのはその重たい機械鎧のせいなんだから、生身の身体に戻れば身長だって伸びるはずだ。……自然にまかせようね?」
「ううっ。……オレの身長……」
賢者の石を持って未練たらしい兄さんに、ボクは言い含めた。
兄さんは渋々諦めたようだがボクは内心冷や汗ものだ。でっかい兄さんなんて想像できないしあまり嬉しく無い。長身の兄さんも格好良いけど、ボクは今のままの兄さんが一番好きなのだ。
実際『未来』で立派な青年に成長した兄さんはとても凛々しく格好良かった。
その姿は目に眩しかったけれど、同時に胸が痛かった。
それに小さい兄さんを腕の中に閉じ込めるのも悪くは無い。
ボクは兄さんが兄さんであればどちらもかまわない。
だが賢者の石で無理な成長を増進させるのは避けたい。賢者の石は強大な力を持つけれど、その力が無限とは限らない。時間移動と人体錬成という無茶な使い方をした後なので、これ以上の使用は控えたかった。
何故なら兄さんの手足はまだ元に戻っていない。すぐにでも手足を元に戻したかったけれど、ボクの人体錬成が成功したかどうか確認しないうちに、兄さんの手が使えなくなったら困ると言われた。
頑固な兄はボクの事を一番にして、自分は二の次だ。
ボクの身体を医者に見せて何でも無いと判ると、ホッとして、安堵した反動かボクの成長した身体について文句を言い始めた。やれやれ。
「アルフォンス」
「何?」
「愛しているよ」
真面目な兄さんの顔。
「ボクも」
「オマエの為なら地獄に堕ちても構わない」
「ボクも」
「アルは駄目だ。オマエは母さんと同じ天国に行くんだ」
「駄目なのは兄さんの方だ。ボクは絶対に兄さんと離れない。兄さんが地獄へ行くならボクも行く。アナタの行く場所がボクの行く所だ」
「アルフォンス……」
「一人で苦労するなんて考えないでね。ボクはずっと兄さんの側にいて、兄さんが持つ苦労も痛みも分かちあうんだから。一人で何とかしようなんてそんなの自己満足だ。ボクを想うなら兄さんは幸せになる事を考えて。兄さんの幸福がボクの望みなんだから」
「それはオレの方だ。アルの幸せがオレの望みだ」
「ボクらは互いを想っている。なら……自分の大事な人が傷付く痛みも判る筈だ。兄さんの痛みはボクの痛み。兄さんの心も身体もボクのモノだ。ボクの全部が兄さんのモノであると同様に。だから……絶対に無茶はしないでね」
「無茶なんかするかよ。折角オマエが人の身体に戻れて悲願達成したっていうのに、これ以上何を頑張るんだ」
「そうだね。兄さんは長年の片恋いも実った事だし」
ボクが意地の悪い目を向ければどう反応していいか判らないといった兄の顔。恋する相手から揶揄られて、照れと恥じらいとムッとした感情と受け入れられているという歓喜が混ざって、複雑な表情になっている。
「……柔軟性ありすぎる誰かのおかげでな」
少しだけ嫌味たらしい顔に、ボクは声なく笑う。
弟に恋する兄は当のボクにその事を言われると、どう返していいか判らずに照れて反発する。
ヘの字に曲がった口もとが可愛い。これってひいき目かな?
「うん。ボク兄さんを愛しちゃっているから、兄さんがボクにメロメロで嬉しい」
「誰がメロメロだ!」
「兄さん」
「んなわけ……」
「あるよね?」
「あ……」
「ないって言ったら怒るよ?」
睨んだらムッと怒った顔になる。
「怒れば? そんなのちっとも恐くないぜ?」
「怒って兄さんにキスするよ? うんと激しいやつ」
「キ……」
思わずといった感じて自分の口元を手で隠す兄さん。耳まで赤くなっている。ボクにされる事を想像したな。
「どうしてオマエはそんなに破廉恥になっちまったんだ。オレの可愛いアルを返せ!」
照れ隠しに叫ぶ兄さん。
「返せって言われても……。じゃあ人を一人Hのオカズにする兄さんは何なんだよ。兄さんの方が破廉恥じゃないか」
「一人H……」
絶句している。更に赤くなって身の置き場のない兄さん。
……アレ? もしかして図星?
兄さんがモゴモゴと横を向いて何か言っている。
「……何? 何か言いたい事あるの? 一人Hなんて健正常な男子なら当然なんだし、この年になってしたことない方がおかしいんだから、そんなに恥ずかしがらなくても。兄さんがボクを好きなのは承知しているんだから、ボクがオカズなのも当然でしょ?」
意地悪したい気持ちもあるけれど、追い詰め過ぎるのも可哀想だ。
「………………ない」
「え、何?」
「そんな事……したこと、ない」
「え、嘘?」
「嘘じゃねえ!」
そんなバレバレの顔で怒鳴らなくても。
別にボクは構わないのに。
「それに……オレがアルに……メロメロ、なんて事……絶対にないからな」
これ以上ないくらい真っ赤になって乱暴に言い捨てる兄の顔に、ボクは自然と笑みを浮かべずにはいられない。つまるところ、兄さんは弟からのキスを待っているという事なのだろう。
素直に「キスして欲しい」と言えばボクは何万回でもキスを捧げるのに、その一言が言えない兄さんは羞恥しながら遠回しに弟からのキスを求めている。
未経験者だから仕方が無いけど、焦れったい。
「仕方ない人だね」
ボクは兄の身体を引き寄せた。
|