第一章
「今回の事件の見解……ですか?」
ロスは戸惑ったようにエドワードを見た。
「そうだ。少尉の意見も聞きたいと思ってな。エドの事は気にするな。コイツも内部事情は知ってる。言っとくがオレが漏らしたんじゃなく、エドのヤツが勝手に調べたんだ。いつのまに調べたのか、かなり詳しく知ってやがる。どうせだからエドにも協力してもらう。ガキだがなかなか使えるぞ、エドは。少尉、第三者の冷静な意見が聞きたい」
ヒューズは誘拐事件の話がしたいとロスを部屋に呼んだ。
ヒューズの言葉に頷きながら、ロスは当然のように一緒にいるエドワードに戸惑った。ヒューズがいいというのならかまわないかと、ロスは承諾した。
エドワードはノートを取り出した。
「エリシアちゃんの件が一番新しい。そこから考えよう」
「なんだそれは」
「んー……今回の事件の流れを追ってこうと思って、メモしてみた。数字にした方が分かりやすいかと思って。中佐は冷静になれないと思うから、とりあえず事件を箇条書きにしたんで見てくれ」
ヒューズがエドワードの手元を覗き込む。
「どれどれ。
十月十一日一二○○、エリシア失踪。
同一四○八、軍部に脅迫電話の一報。犯人の要求はブルーダイヤ。
同一四三八、南地区倉庫に軍到着。その後犯人に翻弄され、中央司令部に失敗の連絡が入ったのは十五十一。
同十五四二、エリシア中央公園で発見……か」
「エリシアがクロワッサン家からいなくなったのが午前十一時から十二時の間。見付かったのが午後三時四十分。失踪してたのは約四時間か。……もし初めから犯人に眠らされてたとしたら、エリシアはただの昼寝タイムとしか認識してないだろうな。ケーキやごちそう食って腹一杯になってただろうし」
「だといいんだが……」
ヒューズは紙上の数字を見て、少し冷静になる。
エドワードの言う通りだ。ヒューズは冷静さに欠いていた。自分では落着いているつもりだったが、そうではなかったらしい。改めて数字を見てみるとおかしな点だらけだ。こんな事にも気付かなかった。
「犯人達は短時間で全てを終わらせようとしてるな。……というか、なんだこの展開の早さは。半日どころかたった四時間?」
「誘拐して……ヒューズ中佐は聞きたくないかもしれなけどなるべく冷静に聞いてくれ……脅迫して、軍部をコケにして、人質を広場に置いて立ち去って……その間四時間だ。あまりに早すぎる。犯人達は始めから取り引きを成功させる気がなかったんじゃないかと思う」
「エドワード君の言う通りです。全部があまりに早すぎます。人質を返したというのも分かりません。四回目の誘拐の時のように人質は返されないと思っていたのに…」
ロスは言いにくそうに言った。誘拐されたのがヒューズの子供なので下手な事が言えないのだ。
「もしかして犯人達は子供を傷つける気がないので、あまり長く側に置いておきたくなかったのかもしれない。長く監禁してれば食事を与えたりトイレに行かせたり、子供だから親を恋しがって泣くだろうし、扱いに困る。だから全てを短時間でやろうとした」
エドワードはノートに『犯人は人質を手元に置いておきたくなかった(推測)』と書いた。
「傷付ける気がないんじゃ、人質の意味がないじゃないか。本当にそう考えていいのか?」
ヒューズは半信半疑だ。
「攫われたのは全員幼い子供だ。何もされない、無事に帰ってくると言われて親が信じられると思うか? 実際にその時になって信じる親なんかいないよ。現にヒューズ中佐だって生きた心地しなかっただろ? 普通の親なら子供の安否を気にして犯人達の意図なんて頭になくなると思う。脅迫には応じざるをえない。もし脅迫に応じず要求をはねつけて子供に何かあったら……と思うととても冷静になれない。特に軍人の身内だ。軍の高官は誰かから少なからず恨みをかっている。自分じゃ分からなくても、傷つけられた者は痛みとそれを与えた加害者を忘れない。そういう怨嗟が元で家族が狙われる可能性はある。誘拐犯が今まで子供を傷付けなかったからといって、今回も傷付けないだなんて誰が保証してくれる? もしかしたら……と親は恐怖する。ヒューズ中佐だってロックハート准将が脅迫に応じない事を知って怒っただろ? 子供っていうのはいなくなるだけで充分脅迫の材料になる」
「エドワード君、そこまで考えてるんだ」
ロスはさすがと感心した。
「犯人達に人質を傷付ける意志はない。だがそれは親にとって安心できる要素ではない…か。確かにな。じゃあやっぱり犯人は身内なのか?」
「中佐、まだ断定するのは早い」
「そうだな。だが情報が漏れてる点をどう考える?」
「共犯者がいる。誰かが内部の情報を漏らしている」
「共犯者の線も疑われたので一度本部の軍人は入れ替えられている。全員が容疑者だったが調べた結果何も出てこなかったので、内部犯行説はとりあえず保留された。人質が無事なんで自作自演や狂言も疑われたが、度重なる誘拐でその線も消えた。全員が繋がっているとは考えにくいし、被害者達は密に調べられた」
「あの……」とロスが発言した。
「犯人の推測も大事ですが、まずは考える事よりも状況を把握しませんか? 犯人は……複数ですよね?」
「そう考えるのが妥当だな。一人じゃできない所業だ」
「二人以上は確実だよな。三人から五人くらいか? あまり増えると情報が漏れやすくなるからそのくらいが限度か」
エドワードが『犯人は三〜五人』とノートに書く。
「人質にされた子供の情報では世話をしたのが布を被った大男だそうです。証言から身長は二メートル前後かと」
『犯人の一人は大男。推定二メートル前後』
「そんな大男なのに該当者が見付からないのか?」
「はい、残念ながら。それに移動に時間をかけるとそれだけ人目につきますし、目立ちます。まったく目撃情報がない事を考えても、犯人達のアジト……隠れ場所は中央司令部に近い所かもしれません」
『犯人一味、セントラルシティに潜伏。市の中心?』
「それから犯人達の要求がそのつど変わります。黄金だったり宝石だったり。現金の要求はありません。換金しやすいのかそれとも国外に持ち出しているのか。とりあえず今まで盗られたものは、黄金十五キロ、イエローダイヤ、ピンクダイヤ、レアメタル、絵画一点、中央図書館の秘蔵書……以上六点ですね。総額でおよそ二億五千万。……犯人の要求には一貫性がありません。どういう事でしょうか?」
「現金を要求しないっていうのは、足がつく事を恐れてるからだろう」
「しかし足がつくというのなら、宝石や絵画の方が足がつきやすいのでは?」
「そうとは言えない。宝石は加工してしまえば分りにくいし、絵画や蔵書はマニアに売るのかもしれない。金持ちの金庫に保管されてしまえば軍は足取りを追えなくなる。すでに販売ルートが確保されてるなら、現金よりこちらの方が安全なブツと言えるのかもしれない」
「そういう考え方もあるかもしれないですね。それじゃあ物品からの捜査は難しいかもしれません。今のところ裏の流通にそれらが流れたという情報はありませんし、その線は保留にしておきますか」
『盗まれた品六点、未だ分からず。保留』とエドワードは書いた。
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