第三章
マース・ヒューズ中佐とアレックス・ルイ・アームストロング少佐が東方司令部に来たのはそれから三日後だった。
セントラルで国家錬金術師を殺害した犯人がイーストシティ行きの列車に乗ったらしいと、ただちに追尾の隊が派遣されてきたのだ。
「鋼のの言う通りだったな」
ロイは目の前に現れた同胞に歓迎の意を示した。
「ようロイ。久しぶりだな。といってもしょっちゅう電話してるから、ちっとも久しぶりじゃないが。……エリシアちゃんの写真を沢山持ってきたから一緒に見ようぜ」
「オマエは何しに来たんだヒューズ」
「お久しぶりですな、マスタング大佐」
「アームストロング少佐も相変わらず壮健(暑苦し)そうで」
ヒューズの横にいるアームストロングが視線を彷徨わせた。
「なにか?」
「……いやあ、鋼の錬金術師がこちらにいると聞きましたので」
「ああ鋼のか。……鋼のは今は旅行に行っている」
「旅行ですか?」
「先日の、東部過激派『青の団』の逮捕に鋼の錬金術師が協力した。御褒美に旅行に行きたいというので許可した」
「そうですか」
あからさまにガッカリしたアームストロングに、ロイはエドワードがアームストロングに会いたくないから東部から出たのではないかと邪推した。
別にエドワードとアームストロングの仲が悪いわけではない。むしろ友好的な方だ。……好意は一方的だが。
子供のエドワードをアームストロングは心配し何かと気遣っている。元々子供好きの気の良い男なのだ。
だが肉体美ナルシズムと情熱的ともいえる接触を受けているエドワードは辟易し、アームストロングを避けている。嫌ってはいないが、小さな女の子が『おじいちゃんのおヒゲが痛いからお顔ちかづけないで』というような素直な嫌がり方をしている。ある意味平和で微笑ましい。温度差のある二人だがアームストロングは気にしていない。ヒューズが、うんざりするロイにわが子の写真説明をエンドレスでし続けるくらいには。
「なんだロイ。エドのヤツいないのか。……残念だがちょうどいいかな」
「ちょうど良い?」
ヒューズは人相書きを出して言った。
「コイツがイーストシティに来ているらしい。国家錬金術師殺しの犯人だ。エドに連絡がつくなら当分こっちには帰ってくるなと言っておけ。鋼の錬金術師の名前は売れてる。いればヤツの標的になる」
「コイツが……」
人相書きにはサングラスをした額に傷のある男が描かれていた。年齢はロイと同じくらいか。
特徴はエドワードから聞いていたそのままだ。
「この男がイーストシティに来たのは間違いないんだな?」
「ああ。サングラスをしているから顔は分りにくいが、額に大きな傷があるだろ? それゆえとりあえず〈傷の男(スカー)〉と呼んでいる」
「スカーか」
エドワードの情報は間違いないらしい。
ロイは今聞いたという顔で頷いたが。
「素性がわからんからオレ達はそう呼んでいる」
「わからない?」
アームストロングも言った。
「素性どころか武器も目的も不明にして神出鬼没。ただ額に大きな傷があるらしいという事くらいしか、情報が無いのです」
「武器も目的も不明? 情報が無い?」
ロイはオウムのように繰り返した。
「この男の事は顔以外の特徴は本当に判ってないのか? 殺し方とか、出身とか」
「本当だ。姿を確認できたのは二日前だ。犯罪者のリストにはないからマエはないんだろう。殺人犯の目的が国家錬金術師である事と顔に傷がある事以外、何も判っていない」
ロイはヒューズの顔に嘘がない事を見て、どういう事だと考え込む。
エドワードの言った通り、軍部はまだスカーについて何も知らないらしい。エドワードの独占情報か。
ロイの何ともいえない表情を中央の腑甲斐無さととったヒューズは、小声で辺りを憚るように言った。
「おいおい、責められても困るぞ。こっちだってサボってたわけじゃないんだ」
「責めてなどいない」
「中央も必死に捜査してんだ。……今年に入ってから国家錬金術師ばかり中央で五人、国内だと十人、こいつにやられている」
「ああ、東部にもその噂は流れてきている」
わけの判らないロイだったがとりあえず話にのる。
「ここだけの話、つい五日前にグランのじじいもやられてるんだ」
「鉄血の錬金術師グラン准将がか? 軍隊格闘の達人だぞ!」
初めて聞いたようにロイは大仰に驚いてみせた。
「信じられんかもしれんが、それ位やばいヤツがこの街をうろついているって事だ。悪い事は言わん。護衛を増やしてしばらく大人しくしててくれ。これは親友としての頼みでもある」
真剣に説明するヒューズに、ロイは心中で『全部知ってる』と呟く。
「ま、ここらで有名どころと言ったらオマエさんとエドだけだろ。エドは東部にいないって事だしロイさえ気を付けてれば大丈夫か。……ところでエドは何処に行ったんだ? 帰ってくるなとすぐに連絡しろよ」
ロイはヒューズの耳元で言った。
「これもここだけの話だが……鋼のは実はセントラルに行っている」
「は?」
「国家錬金術師殺害犯がイーストシティに来ると情報が入ったと同時に、鋼のはセントラルに行った。こちらにいるより安全だろうと私が許可した」
「じゃあエドは今セントラルにいるのかよ? ホントに入れ違いだ」
ヒューズが驚く。
「鋼のにこっちにいられたら危ないからな。偽名で移動し、今はセントラルで大人しくしている。そのうちヒューズ家にも顔を出すと言っていたぞ。宿も軍とは関係ないところに泊まるからまず大丈夫だろう」
「行動が迅速だな。そういやエドが中央に来るとか来ないとか、電話で言ってたっけ。タイミングいいな」
「だろう」
適当に誤魔化しながらロイは内心理解不能だった。
エドワードはハッキリ殺人犯は赤い目のイシュヴァール人だと言った。イシュヴァール人でありながら錬金術を殺しの道具にしていると、殺し方まで教えた。
なのに軍の方ではまだ何も掴んでいないとヒューズは言う。
ヒューズがロイに情報を隠蔽するわけない。実際に危険なのはロイなのだ。
ヒューズさえ知らない情報を上層部が隠しているのだろうか?
それとも上層部も何も掴んでいない?
だとしたらエドワードの情報は全くのデタラメなのか。
しかしエドワードがロイに嘘をついた事は一度もないし、今回の事で嘘をつくメリットもない。
誰も知らない情報をエドワードだけが掴んでいるのだとしたら……。
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