第二章
ロイは自分が優しい気持ちになっているのを感じて、らしくないなと思ったが、悪い感じではなかった。少なくとも今までの猜疑心を抱えたままのやりとりよりよほどいい。
なぜもっと早くエドワードと腹を割って話しあえなかったのだろう。
この子が子供だったからだろうか。
それとも本心を隠して底を見せなかったからだろうか。
エドワードはロイに対してだけは他に見せるような上っ面の上品な顔はしなかった。生意気だがそこにはエドワードの素顔というものが見えていたのに。
「父親に会ってイーストシティに戻ってきたら、キミと飲みに行きたいな」
「アンタ、オレをいくつだと思ってるんだよ」
「キミはトマトジュースでも飲んでいればいい。一杯くらいなら酒も見逃そう」
「ガキと飲んで何が楽しいんだか」
「酔えばキミが本音を吐くんじゃないかと思ってね。キミが崩れたところを見てみたい」
「やなこった」
口を曲げていたがエドワードも機嫌は良さそうだった。
公園を出たところで別れ際にエドワードが言った。
「さっき話した事は大佐の胸にしまっておいてくれ。まだ誰も知らない情報なんだ」
「判った」
「なるべくならヒューズ中佐にもな」
「軍や自宅の電話は盗聴されてるから滅多な事は言わんよ」
「電話じゃなくて、こっちにヒューズ中佐が来るからさ」
「ヒューズがいつ?」
「たぶん三日以内には。アームストロング少佐も来る」
「聞いてないぞ、そんな事は。急の出張なのか?」
「たぶん」
「たぶん、とはますます曖昧だな」
エドワードは何とも言い難い顔で言った。
「スカーの姿がセントラルで確認された後、東部に移ったという情報が入る。スカーの狙いが大佐だというのは明確だから、ヒューズ中佐とアームストロング少佐が大佐の護衛とスカーの逮捕に来る」
「ヒューズかアームストロング少佐がそう言ったのか?」
「いや」
「じゃあ誰が?」
エドワードは増々困った表情になる。
「誰も何も言っていない」
「じゃあなんでキミはそこまで詳しく知っている?」
「オレは……知ってるんだ」
「何を?」
「ほんの少し先の未来を。これから何が起こるのかを」
「占いでもやってるのか?」
「外れない……占いなんだ」
「それでは予言か?」
「そんなようなものだ」
「未来が見えるなんて便利だな」
ロイは皮肉げに言った。
「ちっとも。悪い事が起きるのに止められないんだから」
「なぜ止められない? 判っている事なら止められるだろ」
「個人の力には限度があるんだよ。オレの手で助けられるものはオレの手で持てるものだけだ」
自信無げなエドワードに、らしくないと思った。鋼の錬金術師はもっと自信に満ちている子だ。嘘でも堂々とつき通すだろう。
そしてロイも自分をらしくないと思う。こんな冗談のような会話をまともな顔でしているのだから。信じていないのに会話に流されている。
「そろそろ本当の事を言え。なぜヒューズ達がこちらに来る事を知っている? ヒューズでなければ誰がキミにそれを伝える?」
エドワードは悪戯をして、それを親に言えない子供のようだった。
「なぜそんな顔をする?」
「……いやあ」
「目を合わせろ」
「野郎と目ぇ合わせる趣味はねえな」
エドワードはヘッとバカにした口調になる。
「そうか。……ああすまない。私と視線を合わせるには私が屈まなければいけなかったな」
「シギャーッ! だーれが成長不良であちこち縮んだ不思議の国の小人さんだっ」
「そこまで言ってないんだが。キミ、そろそろ大人になりなさい。仮にも国家錬金術師なんだからな。全てに秀でているのに、なぜ身長の事になるとこうもバカになるのか……」
「やかましいわ。会う度に人を見下ろしやがって。オレはいずれでっかい男になるんだよっ」
「キミは私だけでなく誰にだろうと見下ろされているじゃないか」
「言ってはならない事を!」
飛び掛かるエドワードをヒョイと交わし、ロイはステップで後退した。
「キミの秘密、キミの根底にあるもの、キミの情報源、キミの曖昧さ、キミの素顔……私はいずれ全部暴いてみせる。キミは多くの事を知り過ぎている。キミは理解不能だ。だから知りたい」
「理解したって……どうになるものでもない」
「決めるのは私だ」
「相変わらずえっらそうに」
「私は偉いんだよ。大佐だからね」
「威張るな、サボリ魔」
ロイは作り笑いでなく表情を弛ませた。
「早く二ヶ月後にならないかな。……時間が経つのはあっというまだが待ち遠しい」
「ガキの秘密に胸ときめかせるなよ、気持ち悪い」
「鋼の。……無事に帰ってきなさい。私はキミともっと話してみたい」
「はん、気をつけるのは大佐の方だろ。スカーがこっちに来るんだ。せいぜい殺されないように気を付けな。ついでに仕事サボッて中尉に撃たれないように」
「向こうに行ったら連絡しろ。偽名で移動するんだ。何かあったら困る」
「……連絡したら軍から情報が漏れるかもしれないじゃん。そしたらスカーが中央に戻ってきちまう。ほとぼりさめた頃に連絡するよ」
「気をつけろ……」
「大佐もな。……雨が降ったらおとなしく司令部の中にいろ」
「余計なお世話だクソガキ」
「マジで言ってるんだけど」
ロイは駆け出したエドワードの背を見送った。
別れた後でロイはまたエドワードに誤魔化されたなと思ったが、すぐにまた会えるだろうと頭の中を仕事に切り替えた。今頃ホークアイ中尉が切れ長の眦を釣り上げて、帰りの遅い上官を待ちわびている頃だろう。
司令部への帰り道、ロイの足は不思議と軽かった。
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