第一章
「やれやれ。キミは相変わらず私を驚かせるのがうまい。私はキミといると驚いてばかりだ」
「アイツに会うともっと驚くと思う。つーか絶句?」
「どういう例えだ。そんなに驚くような相手なのか?」
「まあね」
ロイが鎧姿のアルフォンスを見たら、どういう感想を漏らすだろうと想像する。
きっと平素のポーカーフェイスをかなぐり捨て、『なんだこれはっ?』と叫ぶかもしれない。
その時の事を想像し、エドワードは口の端で薄く笑う。
「ますます興味が湧いた。相手は一体どこに住んでいるんだ? 実は近くに住んでいるとか?」
「いや、別の土地だ」
「一緒にいようと思わないのか?」
「いずれ一緒に暮らすさ。今は互いにやる事があるんだ」
「やっと再会したのにそれでは寂しくないのか? こちらに呼べばいい。どこかで働いているのか? それともまだ学生か?」
「会えば判るよ」
エドワードの言葉の意味を正しく受けて、ロイは期待する。
「もしかして、会わせる気があるのか?」
「いずれね。……必要があるから」
「必要とはなんだ?」
途端に警戒を滲ませるのは用心深いロイだからだ。
「それも内緒。……時期がくれば話す。今は言えないけれどね」
思わせぶりなエドワードの言葉にロイは面白くないという顔をする。
「キミは秘密が多い。男の秘密などちっともありがたくないぞ」
「大事な事を話すには時間がかかるんだ。その時になったら判るさ」
「禅問答みたいな駆け引きをする気はない。キミは本当に私に恋人を会わせる気があるのか?」
「うん」
あっさり頷かれたが、ロイはにわかには信じられない。
エドワードは自分のプライベートを明かさない。人の目に見えるモノは晒しても、目に見えないモノはひた隠しにする。
そのエドワードが大事に大事に心にしまっておいた恋人を上官に紹介する? ……信じられない。
「……本当にキミは恋人を紹介してくれるのか?」
「だからするって言ってるじゃん。なんで同じ事を聞くのかな?」
「それはキミのせいだろう。鋼のが今までプライベートを明かした事があったか?」
「知ってるじゃん。オレの家族、過去、生まれてからの記録、軍部はみんな調べあげたはずだ」
「そう、誰もが知っている事は私も知っている。だが君だけが知っている心の中の事は何も知らない。キミの錬金術の謎、秘密の恋人の正体、不可解な言動の根拠」
「そういう風にオレを追求するのは大佐だけだぜ」
「それは本当のキミを知ろうと思うのが私だけだからだろう。皆キミの表面しか見ない。私が見ているエドワード・エルリックと、他の人間が見ているエドワード・エルリックは違うからな」
「自分が理解者だとでも言いたいのか?」
「いや、私だけが理解できないと不満があるんだ。私はキミを信用しない。なぜならキミは何一つ本当の自分を見せていないから」
「それが理解しているつもりだって言うんだよ」
「研究者は好奇心が強いんだ。鋼のは謎の塊だからな。キミは底が見えないから知りたくなる」
「そうか? 底が見えない人間なんて沢山いるだろ」
「普通の人間は何かしら背景が見えるものだが、キミは違う。……決定的に普通の子供と違うんだ。存在自体に違和感がある」
決めつけるロイに、何故かエドワードは嬉しそうな顔をした。
「大佐は勘がいいな。頭も。だから共犯者にしやすい」
不穏な単語にロイは警戒する。
「共犯者? キミは私に何かさせるつもりなのか?」
「まあね」
「危ない事はゴメンだぞ」
「危ない橋を渡る価値はあると思うよ。大佐とオレの目的はほぼ同じだから」
「ほう。キミの目的とはなんだ?」
「自分の心に聞けば? それがオレの答えだ」
思わせぶりなエドワードにロイは取り合わない。
「問答をする気はないと言っている」
「だから問答じゃなくて、素直な返答なんだってば。いずれ理解するよ。オレが何を言っていたか。その時が来れば分かる」
「キミは自分だけが理解していればいいというように話す。そういうのは一方的というのだ。キミは理解させようという気がない」
「あるよ。けど、それにはタイミングが必要だ。すべての準備が整ったらアンタに必要な事を話す。それまで待っていてくれ。時間は刻々と迫っている。シナリオ通りに役者が動くかどうか、それが問題だ」
エドワードの芝居がかった言い方にロイは乗る。
「私を動かそうというのか? キミが舞台の監督か?」
「監督兼シナリオライター兼役者。アンタは共犯の役割だ。オレに乗るか反るかはアンタ次第。シナリオは近いいうちに渡す。それを読んで舞台に上がるか辞退するか決めろ。……まあアンタに拒否権はないんだけど。つーか、拒否ったら殺されるかもしれないし?」
サラリと冗談にならない事を告げたエドワードにロイは鼻を鳴らす。
「誰に? キミにか?」
「うんにゃ、軍に。オレが上層部の秘密を話したら、アンタは殺される」
断言されてロイは事の重大さに声を荒げる。
「ちょっと待て! ……キミは何を知っている? 口からのでまかせを言っているのではないだろうな?」
「上官相手にンな事言ったら大変だろ。……もうすぐ時がくる。そうしたら舞台の幕が上がる。死にたくなかったら、志を折られたくなかったら、手渡された脚本を真面目に読む事だな」
淡々と流れるエドワードの声には抗い難い力があった。だからロイは一笑に伏せない。
「キミが書いた脚本をかね?」
「書いたのはオレだけど、役割を決めるのは個々の判断だ。オレはただ粗筋を書くだけ。自分の運命は自分で決める。ストーリーは役者の演技によって変わってくる。軍部という舞台でオレ達は役を演じる。観客はいない。全てが役者だ。他の役をやっているヤツに勝手にストーリーを決められたくなかったら、自分で話を構築しなければならない」
「キミは本当に何を知って、何を私にやらせようというのだ? キミはどんな筋書きを持っているんだ?」
懐疑に満ちたロイの視線に、エドワードは満たされて気力が充実した目で応戦した。
今のエドワードとロイの目線は対等だ。エドワードは実質二十一歳。もう子供ではない。
「もうすぐ判る。アルが現れた事で筋書きが少し変わった。あといくつか仕事をこなしたらアンタに全てを話すよ。……もうすぐオヤジも見つかると思うし」
「オヤジ? もしかして行方不明だというキミの実父の事か?」
「ああ。六年ぶりの再会だ。腕が鳴るぜ」
「実の父親に会うのに何故腕が鳴るのだ? というか、会うのは十年ぶりではないのか?」
「……単なる計算ミスだ。気にするな。六年も十年もそう変わらないし。……つか、細かい事はスルーしろ」
はははとエドワードは笑って誤魔化す。
「六年と十年は全然違うぞ、鋼の」
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