#29



「止まった……」
 列車は止まった。だが外を見て、エドワードは再び緊張した。
 列車の前半分はもう橋の上に乗っている。
「ほうら、ボウズ。何ともないだろ」
 エドワードに、というより自分を安心させるように機関士が言った。
 確かに何事も起こらなかった。橋が爆破される様子もないし、空気は穏やかだ。
 だが。
「汽車を後退させて」
 孕む空気はどこか違和感があった。エドワードの知る歴史では確かに列車は崖から落ちたのだ。
「おいボウズ。やっぱり何事もないじゃないか」
「後退するんだ。橋の上にいちゃいけない」
「何ともないぞ。またこのまま走らせるぞ」
「駄目だ!」
 エドワードは叫んだ。
 確かに何も起こらない。何所も爆破されないし、その気配もない。
「絶対前進させるなよ」
 言ってエドワードは再び車外に出た。屋根に昇って前と後ろを見る。下は谷で、その高さに見るとくらくらする。背後には作業をしてた軍人達が、何故列車が止まったのかとこちらを見ている。乗客達も窓を開けて外の様子を窺っている。

 おかしい。何故何も起こらない?
 もしかして橋ではなく、列車に爆弾がしかけられているのか? それとも日付けが違うのか? この列車じゃなく次の汽車なのか?

 その時。
 何かの音を聞いた。
 気になったので耳を澄ます。
 キシッ。
「おい、ボウズ。そんな所に登っちゃ危ないぞ!」
「ちょっと黙って!」
 窓から怒鳴る男に怒鳴り返し、エドワードは耳を澄ませた。
 何も聞こえない。さっきの音は気のせいだったのだろうか?
「ボウズ、なにしてんだ?」
 エドワードは下を覗き込んだ。ここからではよく見えないが、線路にも橋にも異常はなさそうだ。
 ミシッ。
 また音が聞こえた。
 何の音だ?
 イヤな感じのする音だった。本能がビリビリと警戒を発している。
 エドワードは飛び下りると、汽車の前に出た。屈んでレールを触る。
 線路は隙間が空いており、谷底が見えた。足を滑らせればまっ逆さまなので慎重に屈んで橋桁を見回す。
 ミシッ。
 下の方から音がする。何故?
 エドワードは立ち上がった。段々顔から血の気が引いてくる。
 ミシッ、ミシッ、ミシッ
 軋む音。
 下から橋が軋んでいる。
 まさか。
 エドワードは背後を振り返った。窓から身を乗り出した機関士と目が合う。
「ボウズ、どうした?」
 エドワードの顔は歪んでいたのだろう。
「……ヤバい」
「どうした?」
「列車を後退させろ! 橋が落ちる」
 エドワードは怒鳴ったが、状況が判らない男達はエドワードを見て首を傾げている。
「そんな所にいちゃ危ないぞ。早く上がってこい」
「早く! 橋が列車の重みで壊れる!」
「何だって? 本当か? ……ちょっと待て」
 車掌の一人が慎重に線路に降りてきた。
「音が聞こえるだろう。橋が軋んでいる。もうすぐ橋が壊れる。早く汽車を後退させろ!」
 男の耳にもミシミシと軋む音が聞こえたようだ。エドワードと同じように顔が青ざめる。
「わ、判った。ボウズも早く戻れ。……おい、橋が壊れそうだ! 列車を後退させろ!」
 必死な顔で怒鳴った仲間に行動は早かった。慎重に列車は後退し始めた。
「早く戻るんだ」
 車掌とエドワードが汽車に戻ろうとした時。

 ミシミシミシッーーーー!

 音と共に線路がたわんだ。
 エドワードと車掌は身体のバランスを崩した。
「うわっ!」
 乗務員は慌てて汽車に掴まったが、身長の足らないエドワードは汽車を掴み損ね、屈んで線路に掴まる。
「ボウズ!」
「大丈夫! 早く汽車を戻して!」