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子供のエドワードが何を言ったって誰も本気じゃ聞かない。エドワードは未来を知っているから適格に動けるだけだ。
せめてロイに会えればいいのだが。あの男はあらゆる可能性を考える。ガキの戯言だろうととりあえず一考する。
…にしてもテロはどうやって起こるんだ? ロイが橋の破壊の可能性を考えない訳がない。ちゃんと調べた筈だ。だけど軍が調べても爆弾は見つからなかった。
じゃあどうやって橋を壊したんだ? 列車の通るタイミングを見計らってどうやって橋を落とす? 考えろ、考えるんだ。
汽車がノロノロ運転で助かった。最後尾のデッキに追い付いたのでエドワードは飛び乗った。
「エド! 勝手な事するな!」
追い付いたハボックも同じく飛び乗った。
「あんたがトロイからだろう! オレの事よりこの汽車を止めろよ!」
「オレの一存じゃ無理だ!」
「なら中佐を捉まえろ! とにかく何でもいいから理由をつけてこの汽車を止めろ! でないと皆が死ぬ!」
全力で走ったので息がきれる。エドワードは荒い息を何度も吐き出した。ガキの身体は体力がない。自由にならない九歳の身体がまどろっこしかった。
エドワードは車内を駆け抜けようとしたが、満席の車内は荷物やら人が通路にあってなかなか前に進めない。
「ちょっと、通して!」
エドワードだけなら前に進めなかっただろうが、大柄な軍人のハボックが障害物をかき分けた。前方まで進むと。
「この先は一級コンパートメントだ」と途中で止められた。見るとさっき会ったハクロの取り巻きだ。
「ハクロ准将が乗ってんの? なら言って! この列車落ちるよ! 列車を止めなきゃ」
「なに言ってる、ボウズ。遊ぶなら自分の席に戻って遊べ」と追い返される。
「あの……ガキの言うことなんですけど……一応聞いちゃくれませんか?」
「なんだ、貴様は? ここは下士官のくるところではない。何所の所属だ? ……ああ、さっきの。マスタング中佐のところの人間か」
値踏みされるような視線で見られて止められる。
見下す視線にこれは駄目だとエドワードは焦った。こんなところで押し問答していたら列車が落ちる。
「ハボック准尉どいて!」
躊躇している時間はない。仕方がないのでエドワードは窓から外に出た。上を走った方が早い。
「おい、エド! 危ないぞ!」
「このまま汽車が走る方が危ないよ! 前に行って止めてくる!」
「待てよ!」
待っていられる余裕はないので無視して屋根の上を走る。活動映画じゃあるまいし、オレって列車の上ばっかり走っているような気がするとエドワードは思った。
ガタガタ揺れるので走りにくい。段々と汽車が加速してゆく。ヤバい。橋はもうすぐだ。
地面で作業している人間が驚いているのが目の端に引っ掛かる。それはそうだろう。走り出している汽車の上を子供が駆けていたらそりゃあ驚く。
「あ……」
今すれちがったのって……大佐…もとい、中佐だ。
髪が短い。一瞬だけだったのでよく見えなかったが随分童顔に見えた。六年前ってまだあんなガキ臭かったのか。周りに舐められるわけだ。
「なんで子供が!」
「あ、中佐ーー」
中佐とハボック准尉の声が聞こえた。
エドワードは止まって背後を振り返った。
「この列車落ちるよーっ! 止めてーーっ!」
聞こえたか判らないけれど、大声で叫んだ。待ってなんかいられないので再び走り出す。
石炭の山と給水車を乗り越えて機関室に飛込む。
突然窓から入ってきた子供に機関員達は仰天した。
「おっちゃん! 列車止めて!」
「何所からきた、ボウズ!」
何所からも、窓からしかないだろうが。
「いいから汽車を止めろ。先の橋に爆弾が仕掛けられてる! 皆死ぬぞ!」
「まさか」
「ンな事冗談で言えるか! 今止まらなきゃ全員死ぬ! いいから止めろ!」
機関士と他の男達は作業の手を止めて顔を見合わせた。普段なら子供の言う事など一蹴しただろうが、テロ活動が起こり軍が出てきている事と、子供の声に嘘がなかったからだ。命が掛かり切羽詰まった人間の声というものは、演技では出せない。耳というより胸に声が入って人を動かす。
男達はどうしようかと互いに顔を見て、子供を見下ろした。こんな子供の言う事を聞いて列車を止めるわけにはいかない。けれど。
「なんでボウズがそんな事知ってるんだ? 誰かに聞いたのか? 軍人達は安全だから大丈夫だと言ったぞ」
「説明している暇はない!言ってる間に橋が落ちる!」
「しかしなあ……」
「そんな事言われても……」
「誰か後ろの軍人さん達に聞いてこいよ」
「止めろったって、すぐには止まらないだろう」
緊張感のない頭上の声にエドワードはキレた。
「だからっ! 暇がないと言ってるだろ! この頑固オヤジ共! 責任の代価を自分の命で支払う気か?」
ラチがあかないのでエドワードは男達を押し退け、ドアの向こうのレバーに飛びついた。体当たりで機関士を排除する。
「おい、何するんだ!」
エドワードが機関士に止められるより早く、ブレーキを引いた。
固いっ。……畜生、動けっ!
子供の手には重いレバーを必死に両手で引いた。
ギギギーーッ、と車輪が軋む音がしてブレーキが掛かる。
「止めろ!」
掴まれた腕にエドワードは必死で怒鳴った。
「邪魔するな! 人の命が掛かってんだぞ! 今止めなくちゃ全員死ぬ!」
「そんなわけないだろう!」
「例え間違いだとしても危ないっていうなら確かめろよ! ガキの悪戯の方が災害よりマシだろ! あんたらの腕に何百という人間の命が掛かってるんだぞ!」
エドワードは男達に見下ろされても、それより強い眼光で見上げながら大人達をねめつけた。
乗客達だけじゃない。一緒に乗っているエドワードだってこのままじゃ一緒に谷底に落ちる。
エドワードだけならいざとなったら窓から飛び下りてしまえばいい。
だけど周りの人間を見捨てて一人助かるのはイヤだった。事故が起こる事を知っているのだから助けなければならない。力があるのに手をこまねいているだけなんてできなかった。
揺るぎのないエドワードの視線に大人達は子供が言っている事は正しいと自分の胸に落ちてくるモノがあって、エドワードの引いたブレーキをそのままにしておく事にした。
だが動いている列車はすぐには止まらない。軋む音を立て速度を落としながら、列車は数十メートルを徐行した。
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