#26



 エドワードは会話を聞いていないフリで窓から外を眺めていた。ツェルマー駅はいつも通過するだけで降りた事がない。メシはうまいし結構いいとこなんだなと思った。景色も人も三年間ろくに目にしなかった。そんな余裕はなかった。
「じゃあ先にイーストシティに戻るのか」
「そうなるな。そっちも早くかたがつくといいな」
 更に混んできたので一緒に外に出る。
 ブレダが部下と持ち場に戻ろうとするとハクロ准将一向が通りかかった。ブレダとハボックが敬礼するのを一瞥して、ふと足を止めた。
「おい貴様ら、マスタング中佐の所に人間だな」
「「イエッサー」」
「こんな場所で何をしている? マスタングの部下は全員線路の修復に向かった筈ではないのか?」
「小官は中佐の命令で巡回中です。未だテロリスト達の捕縛ができていませんので」
 ブレダが固い顔のまま発言する。
「ふん若造が。調子に乗っているからテロリストごとき捕まえられんのだ。ようやく化けの皮が剥がれたかな」
 ハクロが笑うと追従するように周りにいた部下も笑った。
 うわーこのオッサンマジで暇だー。軍人皆働いてるのにと、エドワードはこんな大人になりたくないなー、の見本を見上げた。
「巡回もいいが路線の修復もさっさと済ませろ。また軍のイメージが地に落ちる。貴様らがのろのろと仕事をしているせいだ。マスタングにも言ったが東方司令部の人間はたるんどる。司令官が若いから舐められているのだ」
 マジでー、この人、自分が働いてないこと気にしてないよ。わー。こんなんで二年後には将軍になれたんだから、あらビックリ。
 エドワードの内心が聞こえたわけじゃないだろうが、ハクロがエドワードに目を留めた。
「なんだ、この子供は?」
「マスタング中佐の命でイーストシティまで同行しております」
「何故子供を?」
 驚くハクロ准将。
「はい、優秀そうなので一度会いたいと」
「なんと……。マスタングは本気でヤキが廻ったらしい。こんな子供を東方司令部まで連れてこようとは」
 演技でない呆れ声に追従の笑いも一段と大きい。
「ロイ・マスタング中佐の所も人不足らしいな。部下には恵まれないらしい。こんなチビにまで声を掛けねばならんとは。ハッハッハッハ」
 エドワードは『何だと、誰がミジンコより小さいチビだって?』と飛び掛かりたいのを我慢した。いいんだもん、九歳だからチビでも当たり前だ、と自分に言い聞かせる。
「おい、チビ。おまえ何ができてマスタングに会いに来た?」
 二度もチビって言ったーーっ! 死ねクソイジイ! という本心を無理矢理つくった笑顔で隠し、エドワードは声を高くして答えた。
「ボクはれんきんじゅつがつかえます。マスタングちゅうさはゆうめいなれんきんじゅつしだってきいたので、あうのがたのしみです」
「ほう、ボウヤは錬金術師か。それはマスタングのお仲間だな」
 嘲りの声より、ハボックはエドワードの言動に吹きそうになった。
(誰がボクだー? 全部ひらがなで言ったぞコイツ)
「はくろじゅんしょうはえらいひとなんですね? もうすぐしょうぐんになるんでしょう?」
「……まだ先の話だがな」
「でもきっとなれるとおもいます。ぼくもはくろじゅんしょうみたいなぐんじんになりたいです」
「お、そうかそうか」
 とたんに機嫌が良くなったハクロ准将と可愛コ丸出しオマエ誰だ状態のエドワードに、ハボックは笑いを堪えた。
「マスタングの軽率で無駄な行為はともかくとして、子供に軍がどれほど正しいかアピールするのも悪くはない。キナ臭い事件ばかりで軍に対する風当たりが強い。せいぜいコレ以上状態を悪化させるなよ」
 言い残して去ったハクロ准将の姿が見えなくなってようやく。
「ぶひゃひゃひゃひゃ」
「アーッハハハハハハ」
 ハボックとエドワードの笑いが重なった。
「お、おいエド。なんだ、あのブリブリブリッコは? 誰がボクだ?」
「ハハハハ。臨機応変だよ。わー、すごーい、おじちゃん恰好良い、ってガキに言われて悪い気がする大人はいないんだから。嫌味アッサリで済んで良かっただろ?」
「ははー、演技派だな、エド。助かったぜ」
「対オヤジ用可愛コちゃんバージョンだ。気持ち悪いんで滅多にやらんが」
「面白いから中佐にもしてやれよ」
「あいつ相手に? やだよ。ぜってー笑われるしチキン肌確実だからもうやらない」
「何だ、エドワード。あれ演技か?」
「ブレダ、エドはあんなんじゃねえよ。チビッコでも中身はバリバリ男だぜ?」
「うん。ああいう白痴系がオレだと思われたら困るなあ。どっちかって言うと武闘派系なんだけど」
「武闘派ねえ……(ジロジロ)」
 カッチーン。
「今こんなチビなのに? とか思わなかった?」
「だって実際チビじゃないか」
「だーれが定規が十センチあれば測定可能な身長だって?」
「んな創作言葉言ってない。おまえ想像力豊かだな」
「ふんだ。大人になればオレだって背が伸びるさ。見てろ、ハボック准尉を見下ろす日も近いぜ」
「そうそう。成長期はまだまだあと十年あるんだ。それまでに運動して牛乳飲めば背は伸びる。エドの成長はこれからだ」
 ポンポンとハボックに頭を叩かれてエドは口元を歪める。
「……まあな」
「それよりハクロのおっさんのせいで足止めくらっちまったな。ブレダ、早く行かなくていいのか?」
「あ、ヤベ。じゃあまた後でな。ハボックもボウズも」
「ボウズじゃないエドワードだ」
「そうか。エドワード、またな」
 別れてエドワードとハボックは列車に乗り込んだが、発車の時間はまだ当分先だ。
「ブレダ准尉もマスタング中佐の部下なんだね?」
「そうだ。ブレダとオレは同期だ。顔は恐いが中身は良いヤツだぜ。オレがいない時何かあったらアイツに言いな」
「……うん」
 知ってるよ、と心の中で呟いた。
 サワ、と心の中に優しい風が吹く。
 過去を捩じ曲げ罪を犯しても、会うべき人達には会えてまた関係がつくれる。寂しさもあるが喜びもある。それが嬉しい。みんな優しい大人だった。勝手ばかりしているエドワード達を見守ってくれた。
 賢者の石を見つけアルフォンスを自由にしたら、きっと恩を返すのだと思っていた。(約一名を除き)
 でももう恩を返す事もできない。だから心の中で謝った。-----許して下さい。