#24



 心を洗う子供の声で言われハボックは自分を恥じる。エドワードを心の何処かで信じきれていない自分を指摘された気がしたのだ。
 得体が知れない、犯罪に関わっているかもしれない、その情報がエドワードの姿を歪めた。
 いつの間にかエドワードをバケモノのように思っていた。測り知れない頭脳。子供らしからぬ自信。天才の片鱗。ハボックには理解できないものばかりだ。
 子供は偽る事もできた筈だ。大人しい子供のフリ。純真で大人がそうと望む子供の姿。
 賢しい子供だ。演じる事など朝飯前だろう。なのにわざわざ自分を出して見せた。
 オレはこんな人間だけど、あんたはどう判断する? オレを信じる?
 子供は正面からハボックを見てそう聞いているのに、自分ときたらこのていたらく。大人の面目丸つぶれだと恥じる。
「エド……すまん」
「どうしたの、急に?」
「いや、何だか急に謝りたくなって……」
「変なハボック准尉」
 エドワードはけらけらと笑った。他意のない無邪気な顔だった。
 そうだよな。天才だってまだ九歳なんだ。
 知っている事と体験した事は違う。エドワードは世の中の裏を知っていたとしても実感はできていないのだ。だからこんなに汚れない。
 しかしこの子が軍に入ろうなんてやっぱりよくないと思う。何とかならないものか。
 だが母親の事を考えると所詮他人のハボックには何も言えない。綺麗事では何も変わらないのが現実だ。
「そうだ、エド」
「何?」
「オマエ黄金を何所で手に入れたんだ?」
「声がでかい!」
「あ、スマン。……で、何所で?」
「ノーコメント」
「誰にも言わないから教えろよ」
「知らない」
「エドー」
 ふんと横を向いてエドワードはハボックを無視する。金の錬成は違法だ。露見すれば子供でも罪に問われる。
「じゃあ、シンから買った薬とか植物っていうのは? 何でンなもの買ったんだ?」
「そんなの……一つしかないだろ。薬の使い道なんて」
「……あ、そっか……」
 話を盛り上げようと言葉を続けるハボックはふに落ち、再び恥じる。この賢い子供が私利私欲でヤバい事に関わる訳がないのに。
「ハボック准尉が知った裏の事は……中佐にもしばらく黙っていてくれ。いま知られると色々と面倒な事になる」
「後ならいいのか?」
「オレがアイツの下になった後なら。それにオレはガキだから……類はかあさんに及ぶ。まさかこんなガキが一人で勝手に動いているとは誰も信じないからな。裏に大人がいると決めつける。オレ一人でやった事なのに」
「それが判っていて裏の取り引きなんてしたのか? 犯罪だって判っていたんだろ?」
「軍のお偉いさんだってやってる事だ。何故オレがやっちゃいけない? 誰かが傷付いたわけじゃない。かあさんの為には必要だった。……にしても、身元が割れないように何人も人を介したんだがな。……一回だけの取り引きでも調べるヤツがいるとは。……チャンには口止めしたのに。これ以上口外するようなら口を塞ぐ事も考えないと」
「おまっ……殺すって事かよ?」
 信じられないとハボックは顔色を変える。犯罪者の口から聞くなら驚かないが子供の口から出たら流石に耳を疑う。
「誰がそんな物騒な真似するか。そんなんでいちいち人を殺してったら周りから人がいなくなるだろ。それにオレはまだ人殺しはしたことないよ」
「まだ……ってなんだよ」
 ちょっとだけホッとする。そうだよな、まだ九歳の子供だもんな。
「じゃあ口を塞ぐって?」
「それは……企業秘密」
 フッと笑うエドワードは悪い事を考えてますという顔で、一体何を考えているのやら追究するのが恐い。
 だがこの顔の方がまだ子供らしいので、まあ血生臭い事じゃなければ目をつぶろうとハボックは思った。
 ハボックはいつのまにかこの子供が気に入っている自分に気が付いた。
 生意気だがこのサイズがネックだ。こんなに小さいと不遜な態度も許せてしまう。手足は棒みたいだし、肌は乳臭いし髪からは太陽の匂いがする。生意気さを差し引けば本当に可愛い子供なのだ。
 ハボックはエドワードを見つめてニヤリと笑った。
「な、なんだよ?」
「何でもない」
「じゃあ…そんなに見るなよ」
「いいだろ、見ても。他に見るもんないんだし」
「外の景色でも見てろよ」
「草と山ばっかりで飽きた。来る時も見たしな」
「落ち着かねえんだよ、見られてると」
「どうせイーストシティに行きゃイヤって程注目されんだ。慣れとけ」
「あーーまあーーそうだけど。なんかその視線がやらしいんだけど」
「やらしいとは何事だ」
「変な笑いして、何考えてたんだよ?」
「……そうだなあ、エドはまだオネショしてんのかなあ……とか?」
「してねえよっ!」
「いいんだぜ、まだ子供なんだからオネショくらい」
「だからしてねえってば!」
「あっち行ったらオレが添い寝してやろうか? 布団濡らしても誤魔化してやるぜ」
「アーーホーーッ! 一人で寝れる! 人をガキ扱いすんな!」
「遠慮しなくていいぜ。弟の世話は慣れてる」
「オレだって長男だ! 自分の面倒くらい一人で見られる!」
「年齢一桁なのはガキなんだから諦めて『お兄ちゃん大好き遊んで』って言わなきゃ」
「誰が言うか!」
「可愛く言えたら後でアイスを買ってあげよう」
「いらん。自分で買う!」
「アイスは否定しないんだな」
「アイスには罪はない」
 ハボックとエドワードの言い合いは周りに「うるさい」と怒られるまで続いた。結構楽しかった。