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「……で、チャンさんと何所まで話したんだ?」
ブハッ!
今度こそタバコを吹いたハボックだった。
「な、な、なんで……」
「だからバレバレだって言っただろ。情報屋のチャンとハボック准尉が夜中に密談なんて……。流石に知っているのはオレを含めて少数だけど」
「だって……オレは誰にも見られてないぞ」
「本当に? 暗がりの村で窓は開いてなかったか? 人の息を殺す音は? 自分が気が付かない=(イコール)、誰もいない、じゃないぞ」
「……あーーうーー」
「唸っても遅いよ。……で? チャンはハボック准尉に何を言った?」
「いや……だから」
「エドワードってガキには気をつけろ? それとも自分の身が可愛いなら事情も把握せずに裏には接触するな?」
「……ねえ、マジで聞いてたの?」
エドワードは唇を皮肉げに歪めた。
「聞いた事、上司に報告すんのはもちっと後の方がいいぜ」
「どうして?」
「色々と面倒だから」
「……どういう意味だ?」
「チャンは軍も知ってるって言っただろ? 上が黙認してる事を下が暴くと色々面倒なことになるよ。余計な事をしたと睨まれてもいいなら吹聴してみれば」
「それって口止めにしちゃ物騒な言い訳だな。エドがヤバい事になるからじゃねえのか?」
「ヤバいのはオレだけじゃない」
「というと?」
エドワードはどうでもいいというように外の景色を追った。
「マスタング中佐に聞いてみな。ただし誰もいないところで、コッソリと」
「どういう意味だ? 中佐と何の関係が?」
「中佐の口から聞けよ」
「エド。そこまで言って焦らすなよ。教えろ」
「知らない方が自分の為だと思うけど。チャンに聞いた事は聞かなかった事にして自分の身一つに収めれば、その方がハボック准尉にとっては問題ないと思う。上層部も知ってる不正なんて『公然の秘密』だぜ? まあ公然とも言い難いけど。正義感と出世欲でわざわざ公言すれば星いっぱいつけたお偉いさんに睨まれるかも。それでもいいって言うんなら報告書を出してみる? 揉み消される可能性もあるけどな」
「……ものすごくヤバい話を聞いてるような気がすんだけど」
「だからヤバいんだって。そのくらい判断できんだろ? どうしても胸に収めておけないっていうんなら、後で中佐にだけこっそり言え」
「中佐には言ってもいいのか?」
「中佐も裏のルートの事は知ってるし」
「知ってんの?」
「情報集めもあの男の十八番だからな。信頼を得られればそのうち話してくれんじゃないのか? 今のハボック准尉はお試し期間だからね」
「何でも知ってんだな。ホントにおまえって何者?」
「何でも知ってる訳ないだろ。知ろうとして努力してるだけだ。教えてくれないから知らなかったっていうのは……甘えだ。知りたいなら耳をすまし手を伸ばして情報を集めなきゃ。何も知らないから知ろうと努力してる。本当に何でも知ってたら……今オレはこうしていない」
「エド?」
賢者の石を追い求めた三年間。伸ばしても伸ばしても届かない手。挫けそうになる心。側にアルフォンスがいなければエドワードは心を折ったかもしれない。
弟がいたから、生きてこられた。鋼の手足は重たくて。雨に傷口は痛み雪に鉄は凍り、夏は鉄が焼けた。
子供だからといって侮られ、歩き続けた足はマメだらけ。下げたくもない頭を下げて文献を手に入れても結局成果は得られなくて。三年掛かっても賢者の石一つ見つけられなかった。
今だって欲しい。あの紅い石が。アレがあればもしかしたら十五歳のアルフォンスを取り戻す事ができるかもしれない。
オレのアル。八歳のアルフォンスがいても未来のアルフォンスが欲しい。孤独に哭いた弟が。
「どうした、エド?」
「……なんでもない」
エドワードは無理に笑った。
油断すると心の闇が迫ってくる。これでいいのか、アルの事はどうするんだという声が。
だがかあさんを放っておけない。母とアルフォンスを守らなければ。あの二人の安全を確保しなければエドワードは動けない。
エドワードが見るのは遥か遠く。今はいないアルフォンスと紅い石。
「……っとにエドって判んねえな。家族の前じゃまんまガキなのに、オレを前にすると別の顔が覗く。本当のエドはどっちなんだよ?」
「どっちもオレだ。暖かい家庭で家族を愛して、一方で天才錬金術師」
「自称天才だろ」
「一年後には自他共に認める、になるさ」
「自信満々だな」
「マスタング中佐よりマシさ」
「へえ、どんなところが? あの人って本当はどんな人なんだ? エドワードは会った事がなくても、ある程度知ってんだろ?」
「そうだな。……ロイ・マスタングは自他共に認める女好き。有能な一方で人使い荒くえげつない。出世の為なら何でもする。命令に忠実、戦争で女子供を虐殺し、その手で市民も守る軍人の鏡。そうとは判らなくても矛盾を抱え、その歪みが強さのバネになっているいびつな男。部下を限界まで使うが冷酷になりきれず懐に入れると見捨てられない。その甘さゆえに部下に慕われる。……ハボック准尉もいずれそうなる」
「……エドワード」
「何? 他にもっと知りたい?」
「おまえ一体何者だ? そこまで知っていて会った事もないと言われて誰が信じるんだ?」
「信じろとは誰も言ってないだろ。嘘は言ってないけど。信じるも信じないも自分の心一つ。信じたいモノを信じれば? 信じて裏切られるも信じず心を閉ざすもそれは自分の自由だ。ハボック准尉の心だ。自分で決めなよ」
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