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第四章
「じゃあハボックさん、エドワードの事お願いします」
トリシャに頭を下げられてハボックは「任せて下さい」と胸を叩いた。
「兄ちゃん、早く帰ってきてね」
「おう、アル。オレがいなくてもかあさんの事ちゃんと守れよ。家の事は任せたぞ」
兄だけがイーストシティに行くと聞きグズった弟だが、いつになく厳しい目をした兄にアルフォンスは不穏な空気を感じ取りそれ以上我侭が言えなくなった。
どうして兄が軍人と一緒にイーストシティに行くのか何の目的なのか全く知らされずに、アルフォンスは不安を胸に抱いて素直に兄を見送った。
兄は何かをやろうとして、それが自分達家族の為だというのが何となく判ったからだ。笑顔の下に見える緊張感に自分も緊張した。
かあさんを頼むと言ったエドワードの言葉は型通りのものではなく、そこには某かの意志が込められていて、母親の側を離れなければいけない焦りや怯えその他複雑な感情がいくつか見えて、アルフォンスは兄の為に強く頷いた。
兄は優秀な人だ。だけど自分と同じ子供だ。なのに今はずっと年上に見えた。
「兄ちゃん。ボクがかあさんを守るから」
「お土産買ってくるから待ってろよな」
「お土産なんかいらないから早く帰ってきてよね」
「うん。なるべく早く帰ってくるさ」
「喧嘩なんかしちゃ駄目だよ。ちゃんとゴハン食べてね。お腹出して寝ないでね」
「判ってるって。兄を信用しろよ。……ってーか、それが兄に言うセリフか?」
「兄ちゃん……」
目で行っちゃヤだという弟を、エドワードはギュッと抱き締めた。
「すぐ帰ってくるから。な?」
「うん」
兄弟互いにブラコン全開だった。
傍目から見れば幼い兄弟のあどけない包容。母親も周りの大人も微笑ましいと見ている。
ハボックだけがうわーと思いながら一歩引いていた。
こうして見ると普通のガキなのになあ……とハボックは寝不足の目を擦りながらタバコに火をつける。
あれから怪しい自称情報屋とさらに一杯飲んですっかり寝不足になってしまった。こんな平和な田舎でミステリーゾーンを覗いた気分だ。
夕べの会話は本当に現実だったのだろか?
酔っぱらって夢でも見たんじゃないかと朝の爽やかな空気を嗅ぐと数時間前の事が曖昧になってきて、頭を振る。こんな状態を上司に見つかればまた嫌味の嵐だ。
「じゃあ行ってきます」
小さな手を窓からいっぱいに振ってエドワードは笑顔で家族と別れた。
やれやれとハボックがまたタバコを取り出そうとするとエドワードは「車内は禁煙じゃないの?」と聞いた。
「判ってるって。火はつけないよ。銜えてないと口が寂しいんだ」
「アメでも舐めたら?」
「ガキじゃあるまいし」
「口が寂しいのはおっぱいを探している赤子の時代の名残りだって聞くよ。弟が生まれた時点で母親から離されて乳離れが早かったんじゃないの?」
「……乳臭さの抜けないガキからそんなセリフを聞かされるとはね……。エドワードこそ年子の弟にかあちゃん取られて寂しいんじゃないのか?」
この子と会話しているとどうしてこう情けない気分になるんだろうとハボックは背を丸める。ガキが一人前に背伸びして大人ぶっているのではないのが判るだけに。
向いに座るエドワードは足が下に届かないくらいのチビなのに、素顔の下に見えるのは大人の顔。
ねえキミ本当に九歳?
「ちょっとはね。でもアルは可愛い弟だから。他のヤツなら絶対駄目だけどアルならかあさんを半分やってもいいや」
「へえ。エドは弟が好きか?」
ブラコン全開といった感じのさっきの兄弟の包容をハボックは思い出す。あれだけ見れば可愛いのに。
兄ちゃん大好きという弟も母に似た容姿で可愛かった。素直そうで子供というのはあああるべきだ。
「大好き。かあさんとアルさえいればオレは他の誰もいらない」
「……オヤジさんは?」
「大嫌い。一生帰ってこなくていいと思うけど、かあさんが泣くからな。かあさんの為にはあんなオヤジでもいなくちゃいけないみたいだ。オレ達じゃ埋められないものがあるのは悔しいけれど、代わりにならない人間というのは確かにいる。かあさんにとってそれがオヤジなら仕方がない」
「……ガキのセリフじゃねえよ、それ。もちっと素直にならんもんかな」
なんてガキだ。
遠くを見て寂し気に言う子供に九歳のガキにんな事言われる親の身にもなってみろと思ってしまう。
身勝手なのに根底にあるのは自己中心的思考ではなくひたすら家族愛で、その生意気さがどうしても憎めない。
「これ以上ないくらい素直なつもりなんだけど。オレは家族が大事でその為に国家錬金術師になる。力があればかあさんを助けられる。ただのガキにはかあさんは助けられない」
「エドワード」
真実なのでハボックは何も言えない。
子供らしく無知であれというのは重病を負った母を手をこまねいて見ていろということ。エドワードの言う事はいちいち正しくて大人は言葉を詰まらせる。
「ハボック准尉はお疲れみたいだね。中佐の目がないからって飲み過ぎちゃ駄目だよ」
「なんでエドはンな事まで知ってんだよ……」
小生意気な言いぐさにハボックはタバコを吹きそうになる。
「ハボック准尉の行動はみんな知ってるよ。狭い村だからな。噂好きのオバサン達が教えてくれる」
「田舎って……」
ハボックは額を押さえる。
そういえば自分の実家の周りもそんな感じだ。共同体意識の強い田舎では言動は筒抜けなのだ。楽な反面鬱陶しく面倒な面もある。リゼンブールも同じか。
「田舎では軍服着ない方がいいよ。旅人は珍しくないけど軍人は目立つから」
「……だな。今度来る時は気をつける」
そんなに目立っていたのかとハボックは焦る。隠密行動ではないが下手に目立つのも考えものだ。
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