#20



「スカウト? ……軍にかい? 軍はこんな田舎からも人を集めるほど人手不足なのかい?」
「いやあ……上司の命令なんで詳しい事は何も知らないんスけど……」
「誰の家を訪ねてきたんだい?」
 村人全員が知り合いの小さな村だ。質問は当然だった。
「ロックベルさんのとこを訪ねてきたんスけど……」
 言った途端顔が険しくなったのでハボックはマズッたかな、と思った。
「ピナコさんの所に? 今度は何だ?」
「今度?」
「あそこは息子夫婦が戦争に取られて殺されたんだぞ。おかげで村は優秀な医者を二人失った。一人娘のウィンリィだってまだ幼いのに可哀想に」
 言われてハボックも後めたい気持ちになる。自分のせいじゃないと判っていても軍人である事には変わりなく、神妙にせざるをえない。善良な村人。正しく生きていた隣人を無理矢理とられて誰もが燻った心を抱えている。空気が剣呑になったので言い訳せざるをえない。
「いや、違うんスよ。用があるのは別の人なんスけど……ロックベルさんが代理人になってたんで……」
「ピナコさんが代理人? じゃあ本当は誰を訪ねてきたんだ?」
「あの……これは仕事なんで内緒にしといて欲しいんスけど…………実はエドワード君に会いに来たんス」
「は? エドのボウズか? 何でまたあのちびっこを? まさか何か悪い事でもしたんか?」
 意外な答えにさすがに驚く。近所の悪ガキだが軍に捕まえられるような事は流石にすまい。
「いや……。悪い事は何もしてないですよ」
「そりゃあそうだろ。エドは悪ガキだが軍に捕まえられるような事はしねえよ」
「ええ。……何でもあの子の書いた論文が秀逸なんでオレの上司が目を留めて、本人に会いたいって言い出したんスよ……」
「論文? そりゃあエドは賢い子だけど……まだ九歳だぞ? 何かの間違いじゃないのか?」
 パウエルはポカンとなった。演技には見えない。
「まあ。オレも会ってビックリしました。何かの間違いかと思ったんスけど……」
「本当に間違いじゃないのかい?」
 男はグビリと喉を鳴らし酒を飲んだ。ハボックの言葉を信用してない。
 まあこれが普通の人間の反応だなと思った。あんなガキんちょをスカウトの範囲に入れる上司の方がどうかしている。
「……みたいです。あの子一体何者なんスか? えっらい頭が良くて生意気でこっちが負けそうスよ」
 冗談ではなく本音だ。
「へえ、エドがねえ。錬金術だの訳の判らないもん勉強しとるらしいが、中身は村にいるガキ連中と同じだそ」
「遊んだり喧嘩したり女の子泣かしたり畑から果物失敬したり垣根を壊したり野球してガラス窓割ったり? オレもやったしガキなら誰もがやっているサル並におバカでサル並に元気な普通のガキ?」
「おお。そんな感じだ。羊にペイントしたり垣根を壊したり……。壊れた物は自分で直しちまうけどな」
「ああ、錬金術」
「そう、錬金術。魔法みたいだよな。エドは悪戯ばっかしとんで、しょっちゅう怒られとる」
「へー。やっぱ普通のガキかあ」
「川に入っちゃ溺れ木に昇っちゃ下りられなくなり虫をとって女の子を脅かすは弟と喧嘩して泣くは、しょうもないガキ大将だぞ。そのガキが論文? 学校の作文とか理科の研究発表とかの間違いじゃないのか?」
 呆れ声に同調する。普通の人が考えるのはその辺だろう。
「本当に。話だけ聞くとうちの弟達みたいスけどねえ」
「なんだ、兄さん。あんたも弟がいるのかい?」
「ええ。エドよりでっかいけどまだまだガキなのが二人。確かにうちの弟だって論文書いたなんて言ったら作文くらいしか思い浮かばないっスけどね。エドの書いたのは……読んだけど専門的すぎてオレにはちっとも判らなかった。あれ書いたのがマジでエドなら、あの子は間違いなく天才っスよ。すげえとしか言いようがない」
「へえ、エドがねえ。頭だけは賢い子だと思ってたけどそりゃ驚いたなあ。トリシャさんもビックリだ」
「トリシャさんてエドの母親っスよね。昼間ちょっとだけ会いました。綺麗で優しそうな母親だったけど、天才児の親には見えませんでした。普通のおかあさんって感じで」
「そうだな。エドの勉強好きは父親譲りだな」
「ホーエンハイム氏ですね。何でも失踪中だとか」
「失踪というより長い旅行中って感じだな。帰ってくるつもりはあるみたいだけど、家庭より自分の研究の方が大事だっていうんだから、エルリックさんちも大変だ。子供二人抱えてトリシャさんは偉いよ。父親がいなくてもエドもアルも良い子に育ってる」
 しみじみ言われて母親の方は見た印象のままの人物像らしいと察する。しかし判らないのがエドワードだ。話を聞くだに何所をとっても普通の子供。受けた印象の孤高も天才性も誰も感じていないらしい。隠しているのか演技しているのかそれともそっちが本当なのか。
 一体どれが本当のエドワード・エルリックだろうとハボックは頭を悩ませる。
 ……ま、いっか。
 それがハボックが下した判断だった。だって(自称)有能な上官が会って判断を下すって言ってるし。
 ハボックの仕事はエドワードを上官の元に連れてくるだけだ。
 ジャガイモのフライを齧りながら男が頼んでもいないのに話を振ってくれる。
 曰くホーエンハイム氏は七年前から一度もリゼンブールに戻っていないとか、でも母子の生活に不自由は見られないので貯金はあるらしいとか、隣のロックベル家とは家族同然の付き合いだとか、村には学校が一つしかないし教師も一人しかいないとか、そんな話だ。リゼンブールも昔はもっと活気があったらしいが戦争の影響で何もなくなってしまったなど。
 ハボックは話半分に聞きながら、今度はいつ席を立とうかと迷う。情報収集は済んだし明日は早いのでそろそろ帰りたいと思っても、興の乗った男は離してくれそうもない。
 ビールの杯ばかり重なって、ハボックはこんなオヤジでなく綺麗な姉ちゃんと会話したいと切に願った。