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電話を切ってハボックはタバコを買いに外に出た。
ようやく一日の仕事が終わったという気分になれる。
仕事とはいえ上官もいないし犯罪絡みで来ているわけではないので、気分は半分休暇だ。のどかな気候と土地柄と軍の目の届かない気楽さ。いつもこんな仕事ばかりならいいのに。
今回の仕事は楽だが、しかしなんとなく嵐の前の静けさのような気がしてならない。
それというのも、平凡な人生をそれなりに楽しくそれなりに苦労して過ごしてきたハボックだが、最近人生の転機を迎えているからだ。
転機の名前をロイ・マスタング中佐という。
腐れ上官に騙されて不正を被せられそうになった所を、マスタング中佐に「私の狗(部下)になってこき使われるか、このまま牢暮らしをするか選べ」と言われて、一も二もなく飛びついた。それって選択肢とは言わないなと思ったけれど、濡れ衣で犯罪者より狗の方がマシ。
上官は御主人様と慕うには抵抗があるが、一応有能そうだし。
マスタング中佐は戦争に乗じて出世した戦場以外に使い道はない若造だと噂されているが、それはあくまで噂だけのようで、初めて会った上官は童顔の下に喰えない性格を隠し持っていた。
性格はどうあれ有能なのは間違いがなさそうで、これでオレにも運が向いてきたのかと思ったりなんかもしたが、段々そうでもないかもしれないと思い始めている。
ガキ(エドワード)に言われるまでもなく人を見る目はあるつもりだ。あの男の下でいる事は平穏な生活とは無縁になるだろう。
初めて会った時からこの男は他の人間とは違うと思った。男の纏う血と火薬と死の臭い。普通じゃない。
何故誰もあの危うさに気が付かないのか。
エドワードの『辛いぞ』という声にガキが何を言っているんだと思ったが、一瞬見せた殺伐とした昏い目付きが喰えない上官と重なり、あの二人どこか似ていると初めてエドワードを他の子供と画する理由が見えた。
戦場帰りで地獄を見たマスタングと片親とはいえ幸せ一杯の田舎暮しを満喫する九歳のガキにどんな共通項がるのかさっぱり判らなかったが、もし万が一あのガキが言うように国家錬金術師にでもなられた日には、頭のあがらない上官が二人、いや三人になってしまう。
これからオレどうなっちゃうんでしょ?
ハボックは考えながら気の抜けた気分で酒場に入って、ビールと料理を注文した。
風景は田舎だがリゼンブールは結構賑やかだ。旅人らしい人間が酒場ではチラホラ見える。
手酌で酒を飲みつつハボックは入った時から感じる視線に軍人はそんなに珍しいのかそれとも何かあるのかと気になった。
飲む時くらい私服でいたかったが仕事できているので軍服が脱げない。荷物になるので着替えを持ってこなかったというのもあるが。野営だって平気なので寝る時には裸で充分だ。
まあ軍人は何所に行っても嫌われものだし、とハボックは時々背中に刺さる視線を気にしないようにした。
「なあおっさんってここの人?」
酒も入り気持ちも弛み、元来人懐こく騒ぐのが好きなハボックは一人の飲むのにも飽きて、近くに座っている人間を掴まえて会話を促した。
「そうだけど、兄さんは軍人さんだね。一人でどうしてこんな田舎に? 目立ってるよ」
酒が大量に入っていそうな田舎のオヤジは一人で飲むのが寂しかったのだろう。ハボックの誘いにあっさり乗ってきた。給仕の人間とする会話から地元ピープルと断定。常連らしい。
「オレは人使い荒い上司のおつかい」
ヘラヘラと笑いビールの杯を上げる。
「じゃあ軍人さんはリゼンブールには仕事で来たのか。リゼンブールは初めてかい?」
おっさんも杯を上げて乾杯。これで即興飲み友達の出来上がり。
「初めてだ。田舎だけど良い所だね。オレの田舎と似ているよ。畑と緑以外なーんにもないところが特に」
「ははは。そうだろ。良い所だけどなーんにもないのがリゼンブールだ。オレはこの上の牧場をやっているジャック・パウエルだ」
ハボックの応えが気に入ったらしいオヤジは気安く笑った。同じ田舎者という共通項が警戒心を弛ませる。軍人だとて軍服を脱げばただの人。
「オレはジャン・ハボック。牧場か。何飼ってんだ?」
「牛とブタだ」
「地元なのにこんなとこで一人で飲んでんのか? 飲み友達とかはいないのか?」
こういう人間は大抵友人と楽しく杯を交すものだが、見たところ赤ら顔のオヤジは一人だった。
「いつもは家で晩酌するんだがよ。娘が出産で帰ってきてて、酒の臭いをイヤがってな。…なんで仕方なく外で飲んでんだ」
「そりゃめでたいじゃないか」
「てやんでい。二人目だぞ。外に出た娘なのに帰ってくるたんびに子供みたいに振るまいやがって。きっと旦那が甘やかしてんに違いねえ」
「んな事言って可愛いくせに」
「孫は可愛いけどな」
この手の酔っぱらいオヤジは故郷にもいたし都会にもいる。全国共通なのでハボックは慣れたものだ。家族自慢を聞いて欲しいのだろう。よくいるタイプだ。
「兄ちゃんはどうしてリゼンブールに? 誰か悪いやつでも捕まえにきたんか?」
危険な人間がこの田舎に入ってきたのかと男が心配するので。
「いや、そんなんじゃないよ」
「じゃあ何でこんなど田舎に?」
「……ちょっと……スカウト……かな?」
仕事の内容は本来なら漏らせないのだが、あまり隠すと邪推されそうなので正直に言う。こんな田舎で軍人が個人の家を訪ねてきたなど外聞が悪いだろう。
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