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東方司令部ロイ・マスタング中佐は今日も素敵にイヤミ全開だった。
「ハボックです」
「ハボックか。何だ?」
「例のレポートの作者に会ったんスけど……」
「それで?」
「電話で言葉を濁す筈です。書いたのはガキでした」
「ガキ? 正確に言え」
「名前はエドワード・エルリック。年齢は九歳」
「……九歳? 十九歳の間違いじゃなく?」
「そうス。九歳っス。まだちびっこいガキです」
「からかっているのか? それとも報告の間違いか? それとも騙されているんじゃないのか? そんなふざけた報告を聞く為におまえをリゼンブールくんだりまでやったわけじゃないぞ。私は忙しい。そんな用なら切るぞ」
「切らないで下さい。仕方が無いんです。オレがふざけてんじゃなく現実がふざけてんだから。間違いとか、かつがれてるって方がまだ信憑性がありますが」
「……おまえが見た限りでは間違いがないと?」
「オレは体力には自信がありますが学問にはさっぱりなんス。子供の説明を聞いてもチンプンカンプンです。判断しろと言われても判断できません」
「判断できないとは情けない報告だな。減棒するぞ」
「そう言われてもオレじゃなく他のヤツが見てもそう言うと思いますよ」
「ならハボックが見た感じその子をどう思う?」
「まあ……一種の天才にも見えますが。ちょこっと話しただけでは判断できないんで保留させて下さい」
「保留? 役に立たんやつだ。何の為にわざわざお前を行かせたのか判ってるのか? 休暇をやったつもりはないぞ。役に立たんなら帰って辞表を出せ」
「わあ……」
「なんだその声は?」
「そのガキが言ったんスよ。中佐に報告したら『何の為にわざわざお前を行かせたのか判ってるのか? 休暇をやったつもりはないぞ。役に立たんなら帰って辞表を出せ』って言われるって。まんま言われたんでビックリしました。中佐に独創性がないのかガキの勘が鋭いんだかどっちスかね?」
「……部下に独創性がないと言われたのは初めてだな」
(あ、怒ってる?)
「すんません。根が正直なもので。……で、そんなガキなんでこれからどうしましょう? 一旦東方司令部に戻るのも時間が惜しい気もしますし。中佐の判断に任せます、指示をお願いします」
「……ふん、まあいい。そのガキは近くにいるのか?」
「ええ」
「なら電話に出せ。私が直接話をしてみる」
「判りました。……エド」
会話を聞いていたエドワードはハボックの差し出した受話器を受け取った。
らしくなく少しだけ緊張する。
この時間のロイ・マスタングとは初対面だ。初めて会った時を思い出す。オレに焔を灯した男。嫌いで反発して何処かで心の拠り所にした煙たい大人。
新しく始める関係はどうなるのか。人体錬成を行っていない愚かでない子供にこいつはどう接するだろう。
「……アロー。マスタング中佐」
「エドワード・エルリック?」
「イエス」
「初めまして。私がロイ・マスタング中佐だ。キミがエドワードだな」
「初めまして。とりえあず自己紹介でもしようか?」
「最低限、簡潔に頼む」
「エドワード・エルリック。家族構成は両親に一つ下の弟の全部で四人だが、父親は七年前から失踪中、なので三人暮し。年はハボック准尉が言ったが現九歳。リゼンブール在住の小学生。同時に錬金術師でもある」
「錬金術師? キミが?」
「そうだ。錬金術師の卵じゃないぞ。現役バリバリ。錬成力は一流だと自負している。ちなみに得意は鉱物系」
「医療系ではなく?」
「そうだ。得意は鉱物系だが研究は主に人体だ。だから医療はその仮定で学んだ」
「錬金術師……ね」
「疑っているな。玩具が直せる程度の錬金術師だと想像している? だが生憎それはとっくに卒業している。あんたに負けない錬金術師だと自負していると言い換えればいいか? 焔のマスタング」
「……何所でその名前を聞いた?親から聞いたのか?」
「違う。父は出奔中で、母は軍など知らない善良で平凡な人だ。周りにいる大人もまた軍とは関わりのない人間ばかり。リゼンブールにそんな物騒な人間はいない」
「なら何所で私の名前を知った?」
「さてね。自分が思う以上にあんたは有名人だぞ。一部ではだが。イシュヴァール戦争の英雄。指先一つで戦場を焔に変えた人間兵器。国家錬金術師の投入により長く続いたイシュヴァール戦争は終結した。なあ、戦場は辛かったか? あんたはそこで地獄を見たんだろ?」
「………………」
「そうして二十三才で中佐か。異例出世だな。だが国家錬金術師は元々少佐相当の地位があるからな。しかしそれがなくてもあんたは飛び抜けて優秀だ。おかげで上層部に嫌われて東に左遷。それでもいっこうにクサらずに部下を発掘中」
「キミは……何者だ? 何故私の事を知っている?」
ロイの声が変わった。本気の色だ。
「さあな。それは言えない」
「ふざけているのか?」
「オレに冗談を言う暇はない。時間がないんだ。単刀直入に言う。オレを国家錬金術師に推挙しろ」
「……おい。私にも冗談を聞いている暇はないぞ」
「あんたに損はさせない。あんたには必要なんだろう?狗が、手駒が。リザさんやハボックさんだけじゃ足りない所をオレが埋めてやるよ」
「………………」
「年齢が問題か? たかが九歳の子供。本気で話を聞く価値もない? ……OK、その気持ちは判る。常識で考えれば確かにそうだ。オレだって九歳のガキの書いた医療レポートなんぞ一顧だにしない。本気で取り組む大人がいたらそっちの常識を疑う。……だが何事にも非常識というのは存在する。生憎こちらは常識外でね。あのレポートを見れば判るだろ? アレは付け焼き刃で提示できる内容じゃないとあんたなら判る筈だ、ロイ・マスタング。固定概念を外して考えろ。オレもあのレポートも現実だ。何一つウソ偽りはない」
「キミは……本当に九歳か? 子供の言葉を聞いている気がしない」
「一応九歳だ。見た目も戸籍も間違いなくな。…………一度会おう。焔の錬金術師。オレとオレの錬金術を見て決めろ。側に置いて有益かそうでないか無駄かどうか判断するのは、見てからでも遅くはない。情報だけではなく自分で見たもので判断を下せ。あんたはそうしてきただろう? オレはいい買い物だぞ」
「エドワード? キミは一体……」
「あんたが会わないというならオレは別の道を考えるだけだ。言ったろ、時間がない。考える時間は手短に頼む。オレが送ったレポートの患者の生死が掛かっている。のんびり思考している時間は無い」
「患者? 誰かこの病気に?」
「そうでなきゃこんな特殊な事、医者でもないのに調べ尽すわけないだろ」
「誰が病気なんだ? 身内か?」
「オレの…………おかあさん」
声が上擦った。
声には魂が宿るというが、音にしてみると形になってしまうものがある。
おかあさん。
病気だなんて口に出したくはなかった。他人に言うのは憚られた。けれど納得させる事は必要で。
「エドワードの……母親が?」
「……発病した」
「状態は?」
「ステージ1。初期段階だ」
「医者がそう言ったのか?」
「そうだ」
「それでキミは?」
「誰も助けてくれないなら……オレがやるしかない」
「……………………」
沈黙が落ちた数秒後。ロイは言った。
「……では一度会おう。私は今東方司令部を離れられない。キミがこちらに来られるか?」
「行く」
「いつならいい?」
「すぐにでも」
「親御さんが一緒か?」
「いや。母は病気だし弟は小さい。一人で行く」
「だが親がいる以上保護者の許可が必要だ」
「母はオレが説得する。それでいいだろ」
「かまわない。では許可が出たらハボック准尉と共に来い」
「ああ。待ってろ」
「会って価値がないと分かったらその場で送り返すからな」
「ああ」
「一つだけ聞きたい」
「何だ?」
「あのレポートは全てキミが書いたんだな?」
「そうだ」
「キミは自分が天才だと思うか?」
「国家錬金術師試験に合格するくらいには」
「国家錬金術師もずいぶん甘くみられたものだな」
「甘くみたことはない。ただオレは自分の力量を知っているだけだ」
「自画自賛か?」
「自賛するくらいならあんたの狗になろうなんて提案誰がするか。力が足りないから人の協力が必要なんだ」
「ふうむ。ではキミは自分の実力を過小評価も過大評価していないと? その上で国家錬金術師になれると思っているのか?」
「客観性はあるつもりだ」
「……会うのが楽しみになってきたな。期待外れだったらたたき出すからな」
「じゃあ御期待に添えたらオレの為に便宜を測ってもらおうか」
「言うだけのものを見せてくれるんだろうな」
「勿論」
電話を切ったらハボック准尉がオレを奇妙な目で見ていた。
「なに?」
「いや……あの上司とまともに会話する九歳がいるとは思わなかったんで」
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