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第三章
「あの……………………この子が?」
「そうですよ。ハボックさん」
「あの…………冗談でしょ?」
「いいえ。本当です」
「……本当ですって言われても…………やっぱり冗談ですよね?」
「あたしゃ忙しいんでそういう冗談だの嘘だの言う暇も必要もないんですよ」
「じゃあ…………本当だとして……もしかしてこの子はこう見えて二十歳だとか?」
「見たままですよ。エドワードは現在九歳です」
「……九歳……スか」
「そうです」
「九歳の子が…………あのレポートを?」
「そうです」
「やっぱ冗談スね」
「いいえ」
「じゃあ……もしかして天才ってやつですか?」
「天才ってやつがどういうもんか会った事がないから判らないけれど、この子の頭の中身は多分国中の九歳の子供の中では飛び抜けていると思いますよ」
「九歳の子供の中ではって言われても……。じゃあ大人と比べたら?」
「さあねえ。あたしにはこの子は測れませんよ」
「測れないって……」
「たぶんハボックさんにも無理だね」
「はあ……。じゃあ誰になら測れるんスか?」
「この子の価値はこの子にしか判らない。判断したいなら直接エドと話しな」
「ええ、まあ……」
ハボック准尉に見下ろされて見上げたオレは首が反りそうだった。頭上で行き交う会話。実は会うたび悔しいと思っていた身長差は六年前はもっとひらいていた。
六年前のハボック准尉はまだ少尉じゃなくて記憶より若かった。知らない家への訪問なので特徴である銜えタバコが口にない。
「あの……ボウズ」
対処に困っているのがバレバレな声。
「ボウズじゃない。エドワード・エルリックだ」
「オレはジャン・ハボックだ。見ての通り軍人だ」
「……で?」
「で?……って……」
「軍人なのは軍服で判る。というよりオレがアンタ宛にレポートを送りつけた段階で、ハボック准尉が軍人だというのは理解している」
「はあ、まあそりゃ……」
「だから……で?」
「だからって言われても……なら聞くけどボウズ……エドワードはオレをどうして知ってるんだ? 何処かで会った事があったか?」
「ない」
「やっぱないか。じゃあどうしてオレの事を知ってるんだ?」
「秘密」
「秘密? それじゃあ何も判らないんだが」
「秘密は秘密だ。聞いても答えない」
「あの……。それじゃあ会話が進まないんだけど」
「誰かが誰かの存在を知る。自分が誰かを認識する。またはされる。個人と個人がどう知り合おうが始点やきっかけは些末な事だ。あんたは、オレと自分の関わりあいを知りに来たんじゃない筈だ。なら会話の進行が止まる理由にはならない。ハボック准尉は仕事でここにいる。仕事の内容はロイ・マスタングが受け取ったレポートの作者に会う事。違うか?」
「……違いません」
ハボック准尉はオレの隣に座るばっちゃんに視線を移した。
「あの……エドワードって……マジで九歳スか?」
「さっきそう言っただろ」
「なんか……九歳の子と話してる気がしないんスけど」
「あたしもそう思うよ」
「ロックベルさん……」
「ハボック准尉。見た目が気になるなら目を閉じて会話しろ。既成概念を捨てろ。あんたの目の前にいる子供はただの九歳のガキじゃない」
「じゃあどう認識しろと?」
「まず外見と精神年齢が比例しないと前提して話をしよう。……とりあえず自己紹介だ。オレはエドワード・エルリック。年齢は九歳。あと五ヶ月で十歳になる。三人家族。家族構成は母と一つ下の弟がいる。親戚はゼロ。身体は極めて健康。特技は錬金術。……質問は?」
「父親は? 亡くなっているのか?」
「いや。現在失踪中。オヤジも錬金術師で自分の研究の為に家族を捨てた」
「はあ……そうスか」
「同情には及ばない。いらない男が一人消えた。ただそれだけだ」
「……錬金術はそのオヤジさんから習ったのか?」
「いや、独学だ。オヤジが残した本から知識を得た」
「そりゃすごいな」
「すごいよ。オレの錬金術は一流だ」
「自分で一流って言うのか」
「自画自賛じゃなく単なる事実だ」
「すげえ自信だな。エドワード」
「自信がなくちゃこの年で軍と関わろうとは思わない。本当なら関わりたくなどなかったけど、かあさんの事があるからな」
「かあさんて……」
「この子の母親は病気なんですよ。それでエドワードがその治療法を見つけたとレポートを書いてそちらに送ったからあんたが来たんでしょう」ピナコが口を挟む。
「病気なのか?」
同情の眼差し。
「そうだ」
オレは同情など欲しくないと、そっけなく流す。
「治療法をボウズが書いたって……病院は?」
当然の質問。
「あたしは義肢装具師だけど医者でもある。トリシャ……この子の母親はあたしが診た。死亡率の高い難病だよ。このままじゃ助からない」
「子供の前でそんな……」
ハボックは絶句した。
「エドは全部知っている。トリシャが助からない事も。だがエドワードは助かると言った。自分が助けると。それがあのレポートだ。どうせハボックさんには判らなかっただろうけど、医者のあたしが見てもあれは並外れている。断言はできないけどトリシャには助かる可能性が出てきた。けどあれだけじゃトリシャは助からない。理論を現実にしなきゃね。エドはそれをする為に軍と医者にレポートを送った。結果があんたというわけさ」
「オレって言うより上官のマスタング中佐なんスけど」
「そのマスタングさんとやらがエドに会いたいと言ってるんだね?」
「何故オレや中佐やホークアイ少尉に見ず知らずの人間からアレが送られてきたのかは知りませんが、それを知りたいから理由を聞いてこいとのお達しで。……おいボウズ、中佐には『秘密』で誤魔化すのは無理だぞ。ちゃんと理由を言うんだからな。……とは言ってもあのレポートを書いたのが九歳の子供だと中佐が知ったらなんて言うか……」
オレは揶揄うようにニヤッと笑った。
「まずは問い返すと思う。『オマエはその子供を見てどう思った? ハボック』……アイツの言葉はそんな感じだと思うが」
「エドは中佐と知りあいなのか?」
驚くハボック准尉。
「いや。まだ知り合ってもいない」
「にしては口調が中佐に似ている……」
少しイヤそうなその顏に、自然に笑みが漏れる。
「マスタング中佐に問われたハボック准尉は『あの……よく判らないスけど、見た目はただの子供だけど中身はそうじゃないらしいスよ。オレじゃ判断できません』って返すんじゃないか?」
「はあまあ。確かにそう返すかもしれないけど……」
「『判らない? 何の為にわざわざお前を行かせたのか判ってるのか? 休暇をやったつもりはないぞ。役に立たんなら帰って辞表を出せ』byマスタング」
「口調真似んなよ。それっぽくて恐いぜ」
「似せてんだよ。そう言われんのが判ってんなら模範解答用意しとけば?」
「解答用意しろって言われたって……。天才少年らしき人間に会ったけれど、それが本当に天才なのか、ただの自信過剰なガキなのか、ばあちゃんもグルで担がれただけなのか、判断が難しくて断言できませんて?」
「うん。正直が一番じゃねえ? オレがあのレポートを書いたのは本当だし、あんたはただのおつかいだろ。答えは上司に預ければ?」
「よく判ってる事で。……そういや名前は名乗ったけど自己紹介がまだだったよな。今更だけど自己紹介しようか? オレはジャン・ハボック。階級は准尉だ。准尉って判るか?」
「判る」
「へー。ボウズは軍人が好きか?」
「嫌い」
「あっ…そ」
「軍はしなくていい戦争をするからな」
「耳が痛いお言葉で」
「だからと言って軍が嫌いと公言するつもりもない。オレはこれから軍に接触するんだし。単なる個人的な意見だから聞き流して」
「ガキなんだから素直にそう思ってていいんじゃねえ? 嫌いと言われたって怒んねえよ」
「ガキの素直さを認めてくれんのは普通の人間だけだ。軍が至上だと信じる上層部には聞かせない方がいいと判るくらいの分別はある」
「……そういうとこがガキらしくないっつーか」
「あんたはらしいよ。ハボック准尉。……二十歳で准尉か。結構順調な出世だな」
「何で年齢まで知ってんだ? オレ言ってないよな?」
「あんたの事なら一遍通りの事は知ってる。階級は下から四番目、上から十三番目。年は二十歳。両親に弟二人、妹一人。長男。実家はリゼンブールに劣らぬ田舎。農業がイヤで軍に入る。重度のヘビースモーカー。メーカーはケント。女の好みは巨乳の可愛い系。でも彼女はいない。よくフラれる。軍に入った後、正義感から上官の不正を報告しようとして逆に濡れ衣を着せられる。イシュヴァール帰りのロイ・マスタングに助けられ、以後あんたはマスタング中佐の部下になる」
「………………」
「不思議か? オレがあんたの事を知っているのか? 別に調べたわけじゃない。……ただ知っているんだ。気味が悪いか? 何だこのガキは? 誰か裏で糸を引いているんじゃないか? そうでなきゃ説明がつかない?……そう考えるのは勝手だが、オレの裏には誰もいない」
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